第43話 そんなんじゃ、ないんだから
「で、岩崎がどうしたって?」
「ちょ、ちょっと待って。なんでそうなるの?」
「違うのか?」
「違わ、ない……」
ほら見ろ、とでも言いたげな、勝ち誇った様子に腹が立つ。
でもなんとかそこを我慢して、ここ数週間気になっていたことを彼に打ち明ける。
「岩崎くんがさ、お父さんの会社の都合で三年周期で転校してるのはもちろん知ってるよね? 今年の十月で三年目だってことも」
宏樹くんは黙って頷く。
「そろそろ、なにか聞いてない?」
「なにかって?」
「いやほら、転校決まったかどうかとか……」
「あいつ絡みでお前に嘘付くつもりはないから、正直に話すけど」
といって期待を持たせた宏樹くんだったけど、続く言葉は残念なものだった。
「実のところ、俺もまだなにも聞いてない。というか、あいつもまだなにも聞いてないみたいだ」
「でも、十月までもう一ヶ月もないよ?」
「あいつも同じことボヤいてた」
そこまで言ってから、宏樹くんは周囲を見回した後に声をひそめた。
「なんでも、最近は転勤とか異動とかは、ギリギリに告知されることが多いらしい。さすがに引っ越しが必要な家族がいる場合は、少しは配慮されるらしいけど」
「なんでまたそんな……」
つられて、私まで小声になる。
「不正行為対策、だってさ。要するにズルとか犯罪とか、出入り業者とつるんでいろいろ悪さしてたりとか。そういう連中が証拠隠滅したり、口裏合わせしたりする暇を与えない、ってことらしいよ。あいつの親、管理部門だって聞いたことあるし、なおさらその辺シビアなんだろ」
「そうなんだ……」
「ただ、俺が思うにだな」
気落ちする私を慰めるかのように、宏樹くんは身を乗り出した。
「もし転校することになったとしても、岩崎はまずお前に話すと思うけどな」
意外な言葉に驚いた私は、気色ばんで反論する。
「そんなことないってば。岩崎くんが気にしてるのは、由希……」
「知ってる」
「知ってて勉強会に呼ぶとか、いい度胸してるよね、宏樹くんも」
冗談っぽくごまかしたけど、思わずキツい言葉を使いそうになってしまった。いまものすごく醜い顔をしていたらどうしよう、と私は反省する。
夏休み中の良い思い出になった勉強会。あのとき、助っ人だって言って由希が現れた時は、いったいどんな冗談かと、腰を抜かすほどに驚いた。そして、由希が宏樹くんの従姉妹だって知ったときも。
「いや、あんときは悪かった」
苦笑いを作った宏樹くんは、両手をテーブルについて、ふざけた調子で頭を下げる。
「実は俺も、その辺の事情は全然知らなくてさ。あいつと由希が同じクラスだったってことまでは聞いてたけど、それ以上は全然」
「同じ学校に進学したんだし、由希と情報交換とかしなかったの?」
「同じ学校だからこそ、俺も由希もそんなことはしないんだよ」
当然だろ? とでもいうような口調の宏樹くん。彼のこういう潔いところを、私は本当に尊敬している。だからこそ、こういう話をさせてもらっているのだけれど。
「話を戻すと、好きな奴がいるってのは仄めかしてたんだけど、相手が誰なのか、絶対に口を割らなかったんだよ、あいつ。あの日の様子を見て、そういうことかって、ようやく見当がついたんだけどな」
「そっか……」
由希を見つめるあの日の岩崎くんを思い出して俯いてしまった私を、いたずらっぽい声で宏樹くんが茶化す。
「でも俺の見た感じじゃ、お前も結構いい線いってると思うけどな。頑張るつもりなら、応援してやるぞ」
「ちょっと! 私は岩崎くんとは、そんなんじゃないんだから!」
嘘だ。いまは確かに、そんなんじゃない。だけど、でも本当は、私は……。
「そんなんじゃ、ないんだから……」
私の声は、とぎれがちに低く、細くなっていく。
「やめてよね」
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