第38話 こんな俺でも、彼女の力になれればいいのに
そのまま夕方六時過ぎまで特訓は続き、今日の分の百個をどうにか覚え切ったところで、ようやく俺は解放された。
「結構ツメツメでやってたつもりなんだけど、あんまり進まないね」
言い方はサラッとしてるけど、えげつないことを平気で言う古川さん。
「そうだな。二泊三日でも良かったかな」
俺を殺す気か、宏樹。
「習慣さえできれば、勉強なんて惰性でもできるんだけど」
学年三位さまは、自分を基準にするのは自重していただきたい。
「ま、そろそろメシにしようぜ。そろそろこっち来いって、メッセージ飛んできてたし」
そんな宏樹の宣言で、ここで勉強会はいったん中断ということになった。古川さんからは不穏な雰囲気を感じないわけではないけれども、俺にとっては正直「助かった」という感想しかない。
机の上を片付けてから階段を下り、靴を履き替えてみんなで母屋に向かう、その途中。昼食の時からあることが気になっていた俺は、「なあ」と宏樹に声をかける。
「なんだ?」
「お前いつもこうやって、ご飯の時だけ母屋に移動すんの?」
「バカ言え。ちゃんとメシの準備の手伝いとか、それ以外にも家のことはそれなりにやってるよ。そんなナメた生活してたら、親父に蹴り出されちまう。昨日だって由希と一緒に家の手伝いしてたんだぜ」
なんだそれ。思わず「誘ってくれれば俺だって喜んで手伝ったのに……」という欲望で頭の中がいっぱいになりそうなところで、
「良かった。だよね、ホッとしたよ」
という自分に言い聞かせるような古川さんのひとりごとで我に返った。
その口調の可愛らしさに対して噴き出すのを我慢している気配がその辺に漂って、それがまたツボにはまってしまったらしい五十嵐さんが「ふふ」と小さい声を漏らす。それが合図になったのか、みんなで笑い出してしまった。
大皿にうず高く積まれた鳥の唐揚げとポテトサラダを中心とした夕食をいただいてから後片付けを手伝って、食後の一休み。さすがに夕食後の勉強(夜の部)は計画されていないらしく、俺は胸をなでおろした。
この後の過ごし方について「汗かいたし、先にお風呂入りたいかも」「エアコンついてたじゃねえか」って問答が古川さんと俺の間であったりしたけど、「先に風呂入ってもいいけど、花火やるから意味ないだろ」という宏樹の一言が決め手となり、風呂は寝る前にということになった。
ちなみに「男子はユニットバスでシャワーでも浴びて寝ろ」(意訳)という決定は、心身ともに健康な高校生男子として、いろいろな意味で残念極まりない。
そんなこんなで始まった、予期せぬミニ花火大会。
「花火なんて考えてもいなかったよ。さっすが宏樹くん!」
花火の特盛バラエティパックの大袋を、古川さんが勢いよく何個も一気に開封しようとするそばで、
「智佳、中身バラバラになると、片付けるときに大変だから」
と必死に抑える五十嵐さん。中学の生徒会活動で目にして以来このコンビを見ているけれど、やっぱり組み合わせというか、性格のバランスがいいなあと思う。
そんなことを考えながらも、俺は暗闇の中で、窓から漏れる灯りを吸い込むように、白く浮かび上がる五十嵐さんの手足から目が離せない。そして場の雰囲気を楽しむような、柔らかい笑顔を浮かべた横顔からも。
こんなにジロジロ見ちゃダメだと無理矢理に視線を引き剥がした先には、さっそくとばかりに線香花火を楽しむ、古川さんの横顔があった。
比較的お堅いキャラだとずっと思っていたけれども、同じクラスになって長い時間を一緒に過ごしているうちに、彼女の別の一面、魅力に引き込まれつつある自分を時々感じるのも確かだ。
「おい古川、落ちるぞ!」
「えっ? あっ!」
「どうした? ボヤッとして」
でもここ最近、古川さんについてちょっと気になることがある。
なんというか、表情が消えるというか、感情をなくしたような、無機質な表情をすることが増えたような気がする。今日も勉強会の途中あたりから、そんな表情を垣間見せていた。
何か悩みごとでもあるんだろうか。
こんな俺でも、彼女の力になれればいいのに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます