勉強会、そして夏の終わり

第32話 勉強会のお誘い

 オケの定演も終わり、夏休みもそろそろ中盤にかかろうとする、ある日のことだった。


 なんの前触れもなく、宏樹からのメッセージがスマホに届いた。


勉強中だから後にしてほしいんだけどなあと思いつつ、もっともらしい中断の理由ができたと喜んでしまうのは、基本的にはサボりたい派である男子高校生の本性じゃないかと思う。


 クチでは一応「仕方ねえなあ」と言いつつ、俺はいそいそとスマホの画面を確認する。




『勉強会やろうぜ。俺の家で』


 突然なにを言いだすのやら、訳がわからん。脊髄反射のように『はあ?』と返信する俺。


『成績が思わしくないお前のための、強化合宿』


 絶句する俺にお構いなし、有無を言わせぬ勢いでメッセージが続けざまに送られてくる。


『成績、さすがにそろそろヤバイだろ』


『俺たちに感謝して、ありがたく受けとけ』


『一泊二日の予定だから、要着替え』


『メシはこっちで用意するから、配慮無用』


『水着は不要(笑)』


『詳しい日程は今度送る』


『で、どうだ?』




 怒涛のメッセージ攻勢がひと段落ついたところで、俺はスマホの画面を凝視する。


 一泊二日? 本当に勉強するつもりあるのか? 遊ぶ気満々じゃねえか。だいたいお前、部活の練習日程はどうなってんだよ? などなど、胡散臭いモノでも見るような目でメッセージの羅列を眺めること数分。ようやく頭に閃くものがあった。


 そうか、俺がこの秋でおそらく転校ってわかってるから、「最後の夏休みだし遊ぼうぜ」って魂胆なんだろう。


 宏樹のありがたい気遣い、そして最後の夏休みというフレーズに感傷的になっていた俺は、本来であればすぐに確認すべき文言がメッセージに含まれていることを、完全に見過ごしてしまっていた。


『サンキュー。恩に着るぜ』


 こうして勉強会は決行の運びとなった、のだが。




 前途の雲行きの怪しさを確信したのは、勉強会の前々日だった。


 夕食前の微妙な空き時間を潰そうと、俺はベッドに横になって雑誌を読んでいた。そろそろ妹のれいが呼びに来る頃合いかなと考えていると、ベッドの上に放置していたスマホから、ピコンという着信音が聞こえる。


『話したいことがあるんだけど』


 古川さん? なんだ? と思う間もなく、続きが表示された。


『電話していい?』


 なにか大きな問題でも発生したのかと、了解のスタンプをとりあえず返信した瞬間、音声通話が着信した。どんな速さだよ……。


「岩崎くん、夏休み中にごめんねー。元気だった?」


「古川さんが元気なのは、よくわかったよ」


 俺の嫌味をまったく聞こえなかったかのようにスルーして、古川さんは自分の用件を切り出した。


「明後日の件なんだけど」


「明後日? 悪いけど俺、先約があって」


「勉強会でしょ? 宏樹くんの家で、私も参加予定の」


 はああああああ? 俺は思わず耳をスマホから離し、画面を凝視する。


「もしもし? もしもし? あれ? 岩崎くん参加するって言ってたよね?」


 必死に自分の自制心に働きかけた甲斐あって、俺はスマホを放り投げることなく、なんとか平常心で会話を再開することに成功した。


「ああ。ていうか、古川さんも来るの?」


「聞いてなかった?」


「全っ然、聞いてねえ……」


 電話の向こうで一瞬戸惑った気配を感じたものの、彼女は俺のボヤキをまたしてもスルーすることに決めたらしく、自分の用件を続ける。古川さん、押しが強くなったなあ……。


「それでさ、宏樹くんの家って保原ほばらでしょ? お姉ちゃんが車で送ってくれるっていうから、一緒に行かない? って話なんだけど」


 そのあと俺のピックアップ場所や時間、そして持っていく手土産の手配などを調整して、電話自体は用件のみの十分程度で終わった。

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