第28話 カップル御用達の店、だと…?

 落ち着きはあるけれども華やいだ雰囲気の店内は、昼食どきのせいか、結構賑わっていた。

 幸か不幸か「男子高校生お断り」という冷たい目で見られることもなく、俺と古川さんは空いている席にコソコソと潜り込む。


 問題はメニューだ。

 高校生の懐事情を抉るような値段だってことは、この際置いておこう。それよりも、腹にたまりそうなものが見当たらないってことの方が致命的だ。

 こんなもので男子高校生の胃を満たせるか! と苦々しくメニューを睨みつける俺の様子を、向かいの席に座った古川さんが、おっかなびっくりで伺っている。彼女の内心がそのまま表れたような前髪を触りつつの半泣き顔に免じて、文句を言うのはやめておこう。


 俺は結局、一番腹にたまりそうに思えるオムライスのセット(大盛りがあればまだ良かったのに)、古川さんはパスタのセット(正確にはなんちゃらなんちゃらのなんちゃら風とかいう名前だったけど、頭が覚えることを拒否した)に決めた。


 店員さんを呼び止めてどうにか注文を伝えることはできたけど、この種の店に慣れていない俺には、ここまでですでに冷や汗ものだ。


「なんか、ごめんね」


 ただでさえ狭い肩幅をさらに縮めるように肩をすくめた古川さんが、申し訳なさそうに言う。


「俺もこういう店は初めてだから、ルールがよくわからなくて」


 岩崎家の外食なんて数ヶ月に一回あるかないかな上に、例外的に少し高めの店に連れてってもらえるとき以外は、外食と言ってもせいぜいラーメン屋かドリンクバーのあるファミレス程度だ。だからこんなオシャレな店での振る舞い方なんて、わかるはずがない。


「実は、私も初めてなんだよね。こういうお店」


 とんでもないことを、さらっと小声で伝える古川さん。おいこらちょっと待て。


「一人で入るようなお店じゃないって噂だったから、岩崎くんと一緒なら大丈夫かと思ったんだけど……」


 それはつまり、カップル御用達ってことじゃねえか!

 ここが教室なら大声で突っ込んでる場面だけど、さすがにここでそれは憚られる。それに古川さんも恥ずかしくて真っ赤になっているのが、俯いて顔を伏せた状態でもはっきりわかる。


「じゃあ、ほら、社会勉強ってことでひとつ。俺も一人じゃ絶対にこんなとこ来ないし」


「そうだね……。将来彼女できたときに役に立つよ、きっと!」


「古川さんに彼ができたときにもな」


 こういう場所で交わされるカップルの会話とは思えないような、バランス感覚が要求される綱渡り。

 ちょっと言葉の選択を間違えただけでも、とんでもない事態を招きそうな気がする。それでも古川さんはなぜか嬉しそうで、女の子はやっぱりよくわからん、としか言いようがない。


 そんな微妙な空気も、頼んだ料理が運ばれてくるまでのことだった。先輩から紹介されたというだけのことはあって、さすがに美味い。

 そんなのと比べるなって言われるかもしれないけど、俺の場合は比較対象がファミレスのメニューとかコンビニ弁当になっちゃうから、なおさらだ。古川さんも「美味しいね!」ってはしゃぎながら食べてたし、味の面では大当たりだったんじゃないかと思う。


「ところでさ」


 そう言いながら、パスタをフォークで器用に絡め取る古川さん。


「岩崎くんって、コース料理とか食べたことある? ファミレスのセットメニューとかじゃなくて、フランス料理とかそういうの」


「あるわけねえだろ、高校生だぞ? そんな高いもん食えねえよ」


「そうなの? 都会の人って、年に一度はそういう高級で、お洒落なレストランに行くんじゃないの?」


「なんだそりゃ? どこで情報が歪んだんだよ……」


 俺はがっくりと肩を落として、スプーンで手頃な大きさに取り分けたオムライスを口に運ぶ。


「おっかしーなー。どこかでそんな話を聞いたような気がするんだけど」


「大昔のバブルの頃の話を誰かに吹き込まれたか、ドラマの再放送ででも見たんじゃね?」


 または文知摺観音近辺で時空が歪んでいるか、平行世界に接続されてでもいるのか、だな。さすがに声には出さなかったけど。


「美味しいのかな、やっぱり」


「そればかりは実際に食ってみないと、なんとも言いようがねえなあ」


 ところでなんでこんな話になってんだ? という俺の疑問に答えるように、古川さんがボヤキ出した。


「他の学校だと、希望者はテーブルマナー講習あるんだって。駅前のホテルとか使って」


 ああ、そういう話か……と俺は納得した。


「食器の使いかたとか食べかたとか、予備知識がないと間違いなく死ぬな。というか、いまの俺だったら即死確定」


「でしょ? フランス料理とかってナイフとフォークが何本も出てきて、使う順番間違えると店員さんに陰で笑われたりするんでしょ?」 


 それもどこかで情報が歪んでるような気もするけど、実は俺の頭の中のイメージもそんな感じだったりする。まあ、普通の高校生レベルだったら、こんなもんだよな。


「いきなり試合に出る前に、練習する場は欲しいよなあ」


「だよねえ……」


 そう言って古川さんは、下を向いて「はあー」と大きな溜息をつく。そして顔を起こそうとしたときになにかに気づいたらしく、意地の悪そうな笑みを浮かべた。


「なんだよ」


「岩崎くん、本当にミルクたくさん入れるんだなって。コーヒーに」


「もうその話は勘弁してくれよ……」


 それにしてもこうやって外で食べるというのは、相手は同じでも、学校で机を囲んで弁当を食べるのとはやっぱり違うもんなんだな。

 財布の中身がごっそり持って行かれたのは痛いけど、まあここはなんとか親に社会勉強費&交際費扱いで特別手当をいただけないかどうか、交渉してみることにしよう。


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