第27話 古川さんじゃん。なにやってんの?

 タイトルが気になった何冊かを書棚から引き抜き、俺は閲覧コーナーに移動した。

 幸いにも良さげな空席を確保できたことに安堵して、どっかりと腰を落ち着けようとした瞬間、


「あれ? 岩崎くん?」


 どこからか俺を呼ぶような声がする。幻聴か? いや、声だけでなく足音までこちらに近づいてくる。

 知り合い回避のためにわざわざ市立図書館に来てるのに、こっちでも知り合いに会うのか。誰だよ、俺の邪魔をしやがるのはって、


「古川さんじゃん。なにやってんの?」


「いや、なにって……」


 この暑いのに制服姿の古川さんが、抱えていた本を背中に回して隠そうとする。あからさまに怪しい挙動を見て、まさかいかがわしい書籍? と一瞬考えたけれども、公立の図書館にそんなものがあるはずもなく。


「それ、なんの本?」


 口の中だけでモゴモゴ弁解していた彼女も最終的には諦めたみたいで、差し出された本は郷土史系の専門書だった。

 あっ、ひょっとして掃除のときに開陳してた妙に詳しいネタの出処は、この辺の書籍か! 市立図書館だから地元を題材にした書籍も豊富だろうし、知り合いにも会いにくい。なんという知能犯!


 古川さんは完全にネタ元が割れたことを認識してか、小柄な体をさらに小さくしていたけれども、俺が追求してこないのをいいことに開き直ったらしい。


「隣、いい?」


「いいよ。ところでオケの練習は?」


「午後二時開始。岩崎くんは?」


「腹が減ったら帰る、つもり」


「アバウトだなあ。岩崎くんらしいけど」


 お互いの予定を確認したところで、双方の利益が合致した。


「じゃあさ、本探してる間は、お互い荷物番するようにしようよ。その方が安心だし」


「了解」


 ──特に言葉を交わすでもなく、古川さんと静かに場を共有していた一時間ちょっと。


 女子と二人きりになってしまったときに感じる居心地の悪さはなく、安心感というか不思議な心地良さだけがあった。


「あのね」


 手元に置いていた本をすべて書棚に返した古川さんが、閲覧コーナーに戻ってきた。


「なに?」


「お昼ごはん、どうするの? お腹すいたら帰るって言ってたけど」


「ああ、うん、そのつもり。そろそろ俺は撤収かな」


 時刻を確認すると、そろそろ十二時を過ぎようか、というタイミングだ。もうこんな時間かよ、と机の上に広げた荷物の整理をしようと立ち上がった俺を引き止めたのは、自信なさげな古川さんの声だった。


「岩崎くん、その……」


「なんだよ」


「よかったら、だけど。一緒にお昼食べない?」


 この展開は、まったく想定外だ。

 休日にクラスメイトと外食するなんて、一年の時に宏樹と駅前でなんか食って以来か。財布にいくら入ってたっけ? 昼飯一回くらいなら大丈夫なはずだけど……と、念のため財布を取り出して、中身を確認して一安心。


「いいけど、心当たりある?」


「オケの先輩に聞いたことがあるお店が、ここから近いと思って」


 ということで、俺と古川さんは連れ立って昼食に向かうことになった。ここから歩いてすぐらしいから、自転車を図書館の駐輪場に止めたまま、歩いて向かったんだけど……。

 目的地に到着した俺たちは、お互いの顔を見合わせてヒソヒソ話を始めざるを得なかった。


「オシャレすぎねえ? なんか男子高校生は入っちゃいけない店のような気がする」


「だ、大丈夫だと思うよ?」


「入口からちょっと覗いてみて、ヤバそうだったらそのまま出よう」


「わかった」


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