第22話 梅雨入り間近

 うちの学校では、席替えの方法は各クラスに任されている。


 新学期の初日にクラス委員を選出したホームルームでもその件は早速議論になり、我が二年二組では二ヶ月ごとに完全無作為のクジ引きで変更、ということになった。


 六月の到来。それは衣替えによって、黒々とした制服が醸し出していた校内の重々しさと暑苦しさが、半分程度(上着分だけ)緩和されるだけではない。我が二組においては、特等席の恩恵を独占的に享受している一部の特権階級を除いて、大多数の平民が待ち望んでいた革命、つまり席替えイベントの到来を告げるものでもあるのだ。


 大袈裟だって? でもほら、席替えって胸が踊らない? 特にその、気になるクラスメイトがいる場合とか。


 そして進級による新クラスの編成以降、この二ヶ月の間に構築された諸々の人間関係にまつわる思惑が飛び交う中、公正明大なるクジ引きで私が引き当てたのが現在の──廊下側やや後ろ、岩崎くんの隣という──特等席だった。同じクラスになれたことすら望外の出来事だったというのに、隣の席だなんて! 


 文知摺観音の掃除の縁で、彼とは日常的に言葉を交わすようになった。結局のところ毎週の掃除にも付き合ってくれているし、こんなにも彼の近くにいられるようになるなんて、去年には夢にも思わなかった。

 ここでさらに、隣の席! 私と彼との距離は、日々加速度的に縮まりつつあるんじゃないかなって思う。残念ながら岩崎くん本人はどう思っているのか、それはわからないんだけど。


 今日はその肝心の岩崎くんは体調を崩したらしく欠席で、非常に残念。

 確かに梅雨入り目前の不安定な天候が続く季節ではあるのだけれど、彼が本当に体調を崩して休んでいるのかどうか、実のところ私は疑っていたりする。同じクラスになって二ヶ月、これまで知らなかった岩崎くんの高校生活の実態もいろいろわかってきたし。時々サボるんだよね、彼。


 どんよりとした空模様も相まって、隣が空席の午前中の授業は、とても退屈。

 でもまあ考えようによっては、岩崎くんがいないというのは、実は貴重なチャンスなのかもしれない。これまでどうしても聞き出せなかった岩崎くんと宏樹くんの馴れ初め、じゃなくて親しくなったきっかけを宏樹くんから聞き出せるかもしれない、という意味でだけど。


 今月の席替え以降、昼休みは宏樹くんが岩崎くんの席にやってきて、そして私がいつもお昼を一緒に食べている佐藤香織(クラス替えで知り合ったけど、とてもいい友人)とあわせて、いつも四人でお弁当を食べる習慣になっている。でも今日は岩崎くんがいないから、宏樹くんがこっちに来ないかもしれない。お弁当を食べ始める前に、なんとしても拘束、もとい誘っておかないと。


 そう意気込んでいた私だったけど、昼休みに彼が当然のようにお弁当を持ってこっちにやって来る姿を見て、肩透かしを食らったような気分になった。いやもちろん、好都合ではあるんだけどね。

 運動部だけあって、宏樹くんのお弁当は大きいんだけど食べるのも速い。で、彼がお弁当を半分くらい平らげたころを見計らって、私は今日のテーマを切り出した。


「ところで宏樹くんさ、岩崎くんとなんで仲良いの?」


「なんでって、なんだよ?」


「一年から同じクラスだったのは知ってるけど、最初のころから仲良かったんでしょ? 前に岩崎くんにも聞いたことあるけど、うまいことはぐらかされて」


「あいつが特に言わないなら、俺が言うことでもないな」


 宏樹くんは素っ気ない。こうなったら何か交換条件を提示してでも……と考え始めたときに、彼がいたずらっぽい声で、逆提案してきた。


「あいつの中学時代のこと教えてくれるんなら、考えてもいい」


 釣堀に放たれている飢えた魚のように、私はその提案に食いついた。呆れたような香織の視線を感じて、もう少し勿体ぶれば良かった! と思ったけど、後の祭り。まあいいか、ずっと知りたかったことだし。


「あいつのことを認識したのは、入学して一週間過ぎた頃だったかな」


 宏樹くんの話が始まった。

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