第18話 グループBで見た、ような……
──ところが、救いの手はすぐにやってきた。
というか俺が本格的にゲンナリする間もなく、「ごめーん、忘れてた!」と叫びながら、古川さんがあっさり駆け戻ってきた。
忘れないでいてくれたのはありがたいけど、こいつ一体なにやってんだよってか、なにがしたいんだよ。こんなにアップダウン激しい人だったっけ?
なんか今日の古川さんは、やっぱりどこかおかしい。
「また自転車二人乗りして、岩崎くんの家に戻ろう」
バカじゃねえの? その前に古川さん、まだ中学の学校指定ジャージのままじゃん。
「そのあと古川さんだけ暗い中また戻ってこなくちゃならないし、却下。バスにでも乗って帰るから、大丈夫だよ」
「この辺、そんな都合よくバスなんて来ないよ?」
お互い意地になってそんなこんなと言い争っているうちに、妙に野太い排気音が、遠くから俺たちの耳に響いて来た。険悪な雰囲気を示すように眉間にしわを寄せていた古川さんの表情が、この音を聞きつけた瞬間、パッと明るく変わる。
「あ、お姉ちゃん帰ってきた! 送ってもらえないか聞いてくる!」
え。古川さんのお姉さん、あんな音立てて走る車に乗ってるのかよ……。
前に住んでたところでは絶滅危惧種だったある種の人たちのイメージが、不安とともに俺の脳裏をよぎる。
手を振った古川さんに答えるように方向を変え、一般車とは思えないような排気音を轟かせながら駐車スペースに停止したのは、表面上は普通に見えなくもない、白い軽自動車だった。
運転していたのはこちらも至って普通に見える女の人で、確かに姉と聞かされただけあって、顔立ちにどことなく古川さんを思わせる面影がある。
でも、アンダーリムの眼鏡に眉毛まではっきり見えるくらい前髪をカットした髪型という組み合わせのせいか、すっきりした美人という印象を受けた。古川さんもあと何年か経ったら、こんな感じになるんだろうか。
ところでそんなことより気になるのが、リアハッチの目立つ場所に貼られた、赤紺水色のストライプに赤丸の酒造会社のロゴを被せた、間違いなくどこかで見たような記憶のあるデザインのステッカーだ。
それと、白い車体なのになぜかそこだけ黒く塗りつぶされているルーフスポイラーとリアバンパーが、俺の記憶の中の、とある車を強く想起させるんだが……。
ひょっとしてこの人って、もしかして、そっち系の趣味をお持ちなんだろうか?
「これ、うちのお姉ちゃん」
お姉ちゃんと紹介された女の人は、美人という印象とは裏腹に「ニシシ」という笑い声が似合いそうな、意味深で下品な笑顔を浮かべながら声をかけてきた。
「あなたが岩崎くん? よろしく、噂は智佳からいろいろと」
「余計なこと言わなくていいから!」
猛烈に嫌な予感がしたけれども、余計なことを言わず、ここはスルーする一手だ。古川さんの表情、かなりヤバいことになってるし。
「はいはい。じゃあ乗って乗って。狭いけど我慢してねー」
ぐいぐいと運転席後方のスペースに押し込まれ、隣に古川さんが乗り込む。小柄な古川さんでも気持ち窮屈そうなんだから、高校生男子の平均身長より若干大きめな俺の状態は、推して知るべし。
ところが運転席の主は、そんな状況をまったく気にしていないような調子で、シート越しに俺に尋ねる。
「ところで岩崎くん」
「はい」
「さっきこの車のリアをジロジロ見てたけど、何か気になることでもあった?」
やべ! いろいろガン見してたのバレてら!
「いえ、別に」
涼しい顔で、俺は言い逃れを試みる。
「なんか格好良いステッカー貼ってあったのと、ルーフスポイラーとバンパーだけ黒く塗装してるのって不思議だな、とか……」
顔は見えないのに、ニヤリと笑ったような気配をシート越しに感じる。捕食者と目が合ってしまった草食獣の気持ちって、こんな感じなんだろうか。
「ふーん。ちなみに、岩崎くんは
やっぱりそっち系の人だった!
たぶん「なんですか、それ?」って、すっとぼけるのが正解だったんだと思う。
でも最近、赤紺水色のストライプを車体全体に纏った#7の白い車体が、ヨーロッパの雪道を縦横無尽に駆け巡る……という映像をネットで見たばかりだったせいか、俺はつい「結構好きです」と口に出してしまった。
マズいと思ったけれども、後の祭り。いや、好きなんだよあのクルマ。
写真とかで停まってる姿だけ見て不恰好だってケチつける人もいるけど、走り出すと問答無用で格好良いじゃん。あの無骨さ、男子のツボをガッチリつかんで離さないだろ?
まあとりあえずは、「だよね、最高だよね! キミとは話が合いそう!」と良い反応が返ってきたから、結果オーライとはいえ、初見で好印象を与えることには成功したらしい。
もう勝手にやってればって感じで、古川さんは首を左右に振っていたけど。
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