第19話 古川姉妹

 排気音がちょっとアレで、乗り心地が若干硬めなことを除けば普通の軽自動車は、二人乗りの自転車が辿ったルートを逆方向に疾走する。


「え、大学四年生なんですか」


 古川さんのお姉さんの年齢を聞いて、俺は驚いた。雰囲気的に、てっきりもう社会人なんだとばかり思っていた。


「そう、来年の四月からは小学校の先生」


「うまくいけば、でしょ? 教員採用試験の出願書類用意するの面倒くさいって、このまえ言ってたばかりじゃない」


 その言いかたは容赦なさすぎだろ。俺だったら泣くぞ、きっと。


「それにもし受かったところで、この車で通勤は無理だってば」


「大丈夫だって。マフラーだけでも元に戻しておけば、普通の人にはわからないし」


 やっぱりこのクルマ、あちこち手を入れてんのか……と俺は苦笑いを浮かべる。確かに一部児童からは熱狂的な支持を得られるんだろうけど、同僚や保護者からはクレーム出まくるのは、火を見るより明らかだろうしなあ。


 姉妹のそんな身の上話を十分ちょっと聞かされている間に、車は俺の自宅マンション前に到着した。二人乗り自転車と比較しても仕方がないけど、さすがに車は速い。


「どうもありがとうございました。助かりました」


「いいええ。智佳、結構抜けてるところ多いから、気が付いたらフォローしてくれると嬉しいというのが、姉としてのお願い。あと、今度ぜひ昔のラリーカーの話を個人的に」


「そういうのはいいから」


 またしても姉の発言をピシャリと遮る妹。こんな場面だけ見てると、この姉妹の力関係は古川さんの方が強いように見えなくもない。でもきっと、こんな風に古川さんが甘えられる、しっかりしたお姉さんなんだろうな。妹がいるだけの俺には、少し羨ましい。


「じゃあ岩崎くん、今日はありがと。また明日ね」


「ああ、じゃあな」


 そしてやっぱり一般車とは思えないような排気音を発しながら、古川さん姉妹を乗せた軽自動車は軽やかに走り去っていった。

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