第14話 二人乗りは禁止です

 俺の発言を聞いた古川さんは、自転車を止めてしばらく考え込んでいる。


 俯き加減に顔を伏せつつ、不揃いの前髪の間からときどき俺の方をチラチラ見るのが妙に気になる。なんか嫌な予感もしたけれど、口を開いた古川さんの提案は、ごく普通のものだった。


「じゃあさ、岩崎くんが良ければだけど、そのうち私が案内してあげるよ。その様子だと、文知摺橋渡って、川の向こう側に行ったこともあまりなさそうだし」


「最初の年に白鳥見に行っただけかな。だから、阿武隈川の向こうは未知の世界」


「やっぱり……」


 ここで古川さんが何かいいこと思いついた! という顔をする。やべえ、さっきの「ごく普通の」は撤回、嫌な予感の方が正しかったみたいだ。


「そうだ! 岩崎くん帰宅部だし、どうせ今日も暇でしょ? 掃除手伝ってよ」


「残念。いまは自転車が使えない」


「え。まさか自分の自転車をお持ちでない、とか?」


「この街で自転車なしで生きていけるか! この前パンクしちまって、持ち合わせなかったから、まだ修理してないんだよ」


 そうだ、マンションの自転車置き場でくすぶってる俺の愛車、早く自転車屋に持ってかなきゃ。思い出させてくれてありがとな! と古川さんに内心感謝した俺は、次の言葉に膝から崩れ落ちた。


「じゃあさ、後ろに乗っけてってあげるよ。ていうか、後ろに乗っけてって?」


 どこからそういう発想が出てくるのか、まったく理解できねえ……。


「道路交通法違反だぞ?」


 呆れる俺に、古川さんはあっけらかんとして答えた。


「大丈夫。誰も気にしないよ、きっと」


 強く断る理由がなかったこと、話してるうちに興が乗ったこともあって、結局俺は古川さんの提案を受けることにした。


 自宅マンション前で古川さんに「ちょっと待ってて」と声をかけて、慌ただしく三階にある自室に駆け込む。さすがに部屋で待っててもらうなんてことはしないよ、そんな(どんな)間柄でもないし。


 掃除にふさわしい格好ってどんなだ? と一瞬悩んだものの、カットソーに薄手のパーカー、コットンパンツという動きやすい服装に着替え、パートの合間に在宅していた母親に一声かけてから家を出た。


 古川さんの通学鞄を前のカゴに入れてサドルに座り、後ろを振り向く。

 横顔からもなぜか上機嫌であることが丸分かりの古川さんは、後ろのキャリアに横向きに座っていた。小柄なせいか、特に窮屈だったり不安定な感じは受けない。


「こうやって男子の後ろに乗っけてもらうの、小さいころからの夢だったんだ。彼氏じゃないのが残念だけど」


 ニヤニヤしながら、古川さんが続ける。


「岩崎くんにも悪うございましたね。ごめんね、由希じゃなくて」


「ほっとけ! じゃあ出発するぞ。まずは文知摺橋に向かうってことでいいんだよな?」


 というわけで、不思議な取り合わせの自転車旅行(というには短すぎるけど)が始まった。

 ところで地域住民から「あんたんとこの学生が二人乗りしてるのを見た。人相は……」って、学校に通報されたりしないんだろうな。そういうことって、最近厳しいみたいだし。


 俺としては、それが一番心配だよ。

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