第15話 史跡 文知摺観音

 さすがに幹線道路の歩道を二人乗りで走る勇気はなく、通行量の少ない裏道を選びながら、そして人目が多そうな場所は一人が降りて歩きながら、たらたらと進む。


そんな二人の行路は出発してから二十分ほど、文知摺橋にもう少しで到達するというところで一時停止した。

 この辺は阿武隈川の中流にかかったあたりということで川幅もそれなりで、橋自体も結構大きい(確か全長が二百四十メートルちょっと、だと聞いたことがある)。おまけに立地条件のせいなのか橋の設計・建造が古いせいなのかはわからないんだけど、橋の中央に向かって緩やかな上り坂が延々と続く構造になっている。


 というわけで、いくら小柄とはいえ、高校生女子を後ろに乗せたままこの坂を登りきるのは、さすがに厳しい。


「古川さん、悪い。橋の真ん中に着くまで、ちょっと降りて」


「私が重いっていうの?」


 そうは言わないけど、ほら、古川さんって小柄だけど、どっちかというと華奢とは言えないタイプだし(婉曲表現)。

 ま、それよりも彼女にあわせて調整されたサドルの高さじゃ、うまく力が入れられないという方が問題なんだけどな。さすがに上り坂かつ二人乗りじゃ、立ち漕ぎするわけにもいかないし。


「いや、そういう問題じゃなくて、勾配きつくてこの自転車じゃさすがに無理。なんだよこの橋、16号線の陸橋じゃあるまいし」


 思わず以前住んでいた場所で苦しめられた陸橋を思い出し、怨嗟の声をこぼしてしまう俺だったが、


「16号線? なにそれ?」


 という冷静なツッコミに我に返った。


「ひとりごと。気にしないでくれ」


 阿武隈川の向こう側には、初めて見る風景が広がっていた。

 郊外ではあるけれどもそれなりに都市化が進んでいるこちら側とは違って、幹線沿いに広がるのどかな田園、という感がある。


 前に住んでいたところでも少し郊外に出るとこんな感じだったけど、家の数や一軒あたりの広さ、そして建物の雰囲気がまったく違う。でも、農村のような風景というのとはまた違う、というのが説明しにくいところだ。


 そんな風景に見とれながら自転車を漕いでいるうちに、前方に立ちはだかるように見える阿武隈山地の山々が、手の届くような近さに迫ってくる。

 まさか自転車ロードレースの山岳ステージみたいなことにはならないだろうな……と内心ビクビクしていると、後ろの古川さんが「あ、その信号左に曲がって」と声をかけてきた。


 歩道橋のある交差点を曲がってしばらく進み、新緑に溢れる山の麓にぶつかる寸前。道なりにゆるく左に曲がったところで、「とうちゃーく」という元気な声がする。

 自転車を止めて周りを見回してみると、「史跡 文知摺観音」という看板が立っていた。


「ちょっと待ってて。着替えてくるから!」とあっという間に自転車を奪い取った古川さんは、少し離れた家に姿を消した。そして驚くべきことに、五分も経たないうちに上下ジャージ(しかも中学時代の学校指定ジャージ)に身を包み、小走りで戻ってきた。


 女子高生がその格好でいいのか? という俺の視線に答えるように、古川さんはあっさりと言い切った。


「どうせ汚れるし、こんなんでいいのよ」


 別に俺に気を使えというつもりはないんだけど、もうちょっといろいろ尊重してほしい。やっぱりほら、その、年頃の男子高校生としては少し傷つくよね?


「こんにちはー」「智佳ちゃん今日もありがとね」とすれ違うお寺(なのか?)の職員の方と挨拶を交わしながら、古川さんはずんずん先に進んでいく。


 そして周囲を木に囲まれた用具入れから竹箒や塵取りを取り出し、彼女はこう宣言した。


「さて、始めますか!」

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