第13話 ターニングポイント
高二になってから、早くも三週間が過ぎた。
この街はゴールデンウィークが近づくと、そろそろ春というには無理がある気候になってくる。帰宅部の俺が下校するような時刻だと、日差しもまだ強烈。特に快晴の日には詰襟の学生服との相乗効果もあって、辛いことこの上ない。
福島盆地のほぼ中央に鎮座する、標高約三百メートルという信夫山。
この山沿いの帰り道を選べば日差しはまだマシになるものの、そこそこ遠回りという代償を支払うことになる。要するに、暑さによる消耗と距離による消耗のどちらを取るのかという、トレードオフに過ぎない。
今日はとにかく早く帰ろうと最短ルートを選んだ俺は、強い日差しの下、できるだけ消耗を抑えるべくダラダラと歩く。
ようやく自宅マンションが視野に入ってこようかという、信号もない小さな交差点。ここまで来れば、家まで残りはあと五分ってところだ。
建物の陰で息を整えて、また灼熱地獄に戻るための気力を補充する。いつものことだけれど、この最初の一歩を踏み出すのが本当に億劫だ……というところで、後ろの方から元気な声が響いてきた。
「岩崎くーん! おーい!」
うぜえ……。
こんな暑い中いったい誰だ? 面倒くさげに後ろを振り向くと、そこにいたのは意外な人物だった。
「なんだ、古川さんか。オケの練習は?」
「さっすがー、由希の絡むことなら詳しいね」
余計なお世話だ。
確かに古川さんは管弦楽部(通称:オケ)で五十嵐さんと一緒だし、だからオケの活動スケジュールもおおよそ把握してるんでしょ? という言外の指摘は、悔しいけれど正しいと言わざるを得ない。
それはともかく、古川さんがこういう風に声をかけてくるのは珍しいというか、ほとんど記憶にない。議論の際は活発に発言する元気キャラではあるけれど、こういう軽いノリとは無縁な人だと思ってたんだけど。
「からかうんじゃねーよ。それで、部活サボってなにやってんの?」
「毎週のボランティア、みたいなやつかな。家の近所の観音様の敷地の掃除、手伝ってるの。定例かつ地元貢献だから、水曜日は大手を振って練習免除」
「観音様? あの辺の石段上がった途中にある、岩壁に彫られたみたいなやつ?」
そう言って俺は、左手の信夫山の方向を指で示す。
「でも古川さんって小学校の学区、阿武隈川の向こうじゃなかったっけ?」
阿武隈川の向こうってのは、いま指差した方角とは思いっきり反対側だ。
「岩崎くんが言ってるのは
右手のずっと奥の方を指で何回か突っつくように差しながら、百人一首を詠みあげるような調子で古川さんが言う。
「なんか聞いたことがある、ような……」
古川さんは呆れた様子で、「じゃあこっちは?」と別の句を諳んじる。
「『早苗とる手もとや昔しのぶ摺』」
「ごめん……」
「おくのほそ道、松尾芭蕉! もう! この辺の高校生、それもうちの高校で知らないなんてありえないでしょ?! だいたい中学入ってすぐの頃、遠足と郷土見学を兼ねて、文知摺観音行ったよね?」
一気にまくしたててから、古川さんは「あっ」という顔をする。
「ごめんね。あの遠足、岩崎くんが転校してくる前だったね……」
「まあ、言われてみれば確かに知らないのはもったいないかもな。今度行ってみるよ」
あまり気にされてもアレだというのと、そんな文化財というか史跡が地元にあったとはという驚きもあって軽い気持ちで言ってみたんだけど、ここから事態は思わぬ方向に展開した。
──そう、大げさに言うならば、ひょっとすると俺の人生のターニングポイントはここだったんじゃないか、というくらいに。
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