第12話 本当に今年でお別れなの?

 いつもの時間から五分程度の遅れまで挽回して学校に到着した私たちは、指定の自転車置き場に自転車を止め、昇降口まで小走りで急ぐ。


 クラス名簿の掲示場所は多少混雑していたけれど、小柄な私にはどうってことはない。無意識のうちに前髪に触れながら「古川智佳」という自分の名前を必死に探し始めて……。あった、二組だ。


「私、二組だった。由希は?」


「残念、八組」


「またダメかー」


「仕方ない、来年のラストチャンスに期待」


「でもクラス替え五回目でもダメって、かなり引きが悪いよね」


 あまり時間の余裕がなかったこともあり、私たちは自分の名前だけを確認して、すぐに靴箱に足を向ける。


 でもやっぱり心の準備のためにも、せめて自分のクラスメイトはよく確認しておきたい。呆れる由希を先に行かせて私はクラス名簿の前に足を戻し、二組の名簿を先頭から順にゆっくり確認して──。


 先に行ったはずの由希は、靴箱の前で待っていてくれていた。


「どうしたの? なにかいいことあった?」


「別に、なんでもない」


「ホントに?」


 そこで由希は腕時計に目をやり、顔を曇らせる。


「あ、いけない。じゃあまた放課後、音楽室で」


「うん、あとでね!」


 小走りで階段を上っていく由希と別れてから、お手洗いで身だしなみをチェックしているうちに本当に遅刻ギリギリの時間になってしまい、私は慌てて教室に滑り込む。


 そしてお目当ての彼──岩崎直いわさきなおくん──が、背の高い好青年風の男子と話し込んでいるのを発見した。


 中学時代から変わらない、サイドと襟足を短く刈り上げ、柔らかい髪を自然に流す髪型。優しそうな目と、頑固そうな眉。たぶん男子の平均身長よりちょっと高いくらいの背丈だけど、それ以上に感じさせるしっかりした姿勢。


「なんだ、古川さんか。驚かさないでくれよ」


 智佳って名前をド忘れされていたのは結構なショックだったけど、岩崎くんと同じクラスになれて、私は本当に嬉しかった。


 実際のところ、彼が気にしているのは由希だってことくらい、私だって知ってる。でもそんなことは、私にとってどうでもいい。


 ずっと気になっていた彼と初めて同じクラスになれたからということ以上に、おそらく彼がこの街で過ごす、最後の半年を一緒に過ごすチャンスを射止めることができたということ。そのことになにか運命を感じてしまう。


 中学のころ、彼が生徒会活動の合間の雑談でこう言ったことを、私は覚えている。


「俺、親の都合でだいたい三年ごとに転校してるから、故郷とか幼馴染とかそういうの全然縁がなくて。みんなの話聞いてて、そういうのすごく羨ましい」


 彼が転校してきたのは中二の十月だったから、今年の十月がタイムリミットになるはず。


 ──本当に今年でお別れなの?


 担任がやってきて始まったホームルームをよそに、私は彼の背中をずっと見つめていた。

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