第10話 私の髪型の理由

 高二の新学期を迎えるその日の朝、私は焦っていた。

 余裕を持って目を覚まして、しっかり身支度を整えてから家を出るはずだったのに。


 目覚まし代わりに使っているスマホのアラームを無意識のうちに完全に止めてしまったらしく、お姉ちゃんに「智~佳~、今日は早く起きるって言ってなかったっけ?」と声をかけてもらわなければ、間違いなく遅刻するところだった。


 朝ごはんを急いでかきこんでから丁寧に歯磨きをして、洗面台に向かう。薄くメイクしてくる同級生もいるけど、私はまだすっぴん派だ。


 鏡の前で上半身を左右にひねって変な寝癖がついていないかどうか確認してから、不揃いの前髪に触れる。「変」だとか「インパクトがある」とか「名前と顔は忘れても髪型見れば思い出す」とか、中学の時から散々な言われようのこの髪型。


 それでも、私はあの日以来の付き合いのこのスタイルが、それなりに気に入っている。


 ──あれは、中三の生徒会活動が始まる日、その朝のできごと。


 昨日カットしてもらったばかりだというのに、前髪がイマイチ気に入らなかった私は、よせばいいのに登校直前に少しだけ自分でカットしようとしていて……。洗面台の鏡を見ながら、慎重にハサミを入れる瞬間。「智佳~?」ってお母さんに呼ばれたときに、素直にハサミから手を離さなかったのがまずかった。


 「ジャキ」ってハサミを閉じる音がしたのと「しまった」と思ったのがほぼ同時。


 おそるおそる鏡を覗き込んでみると、一部だけが切り揃えられた前髪パッツンという、恐ろしい姿になった私がいた。


 でもあとから冷静に振り返ると、そこで諦めておけば、まだマシだったのだ。ムキになった私はさらにズブズブと深入りしてしまい、不揃いどころか、段差がついた凸凹の前髪という、中三の女子には耐えられない髪型になってしまった。


 結局その日は髪全体を無理やり左右に分けて、おでこを丸出しにするスタイルで授業時間をやり過ごした。そこまではまだ良かったんだけど、放課後の生徒会の会合で熱の入った議論をしているうちに、前髪がだんだんと落ちてきて……。


 生徒会のみんなの視線がおでこの辺りに集まっていることが気になって、私はようやく今朝の惨劇を思い出した。必死に笑いをこらえる人、気の毒そうな顔をして励ましてくれる人がほとんどだったんだけど、その日はじめて声を交わした会計担当の岩崎くんだけは、少し違った反応をしてくれた。


「失敗は失敗なんだろうけど、古川さんの元気なキャラには似合ってるような気がする」


 お世辞や社交辞令の類だってことはもちろんわかってたけど、どん底まで落ち込んでいた私の気分が救われたというか、私の性格とあわせて褒めてくれたのがとても嬉しかった。彼への好感度が爆上げしたのは言うまでもない。


 それ以来、私の前髪は不揃いの凸凹パッツンだ。


 もちろん「それなりに見える」ように、美容師さんが工夫してくれてるけど。

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