第8話 ヒロイン登場

 気を取り直して、一年の時のクラスメイトや中学の同級生がいないかどうか、あらためて自分のクラス名簿を確認してみる。


 お、宏樹がいる! とりあえずはこれで楽しい学生生活は約束されたも同然だな。あとは、あれ? 古川さんも一緒なのか。


 彼女とは中学の生徒会で縁があって以来、五十嵐さんの親友ということもあって、そこそこ顔を合わせたり挨拶を交わす機会がある。なにより、彼女が同じクラスなら、五十嵐さんと接する機会もそれなりにあるだろう。


 さほど親しい間柄とはいえないのに利用する気満々でいる自分が嫌になるけれど、ささやかな安堵感が自分の中に生まれたのも確かだ。他のクラスメイトはいまいちパッとしない連中ばかりでがっかりだが、最後の半年を一緒に過ごすメンツとしては十分以上だろう、と思う。


 そんなことを考えつつ教室へ向かう連絡通路を通過して、教室の扉に手をかける。


「よう、岩崎!」


 教室で俺にまっさきに声をかけてきたのは、やっぱり宏樹だった。


「おう、宏樹。また一年よろしくな!」


 お互いに右腕を上げて掌を軽く打ち合わせてから、さっそくこのクラスの構成についてヒソヒソ話──つまりこのクラスに可愛い女子は以下略といったような話だ──を始めていると、背後に不穏な気配を感じる。


 春先の陽気にも関わらず全身に鳥肌が立つような恐怖心。ヤバい、新クラスになって早々にやらかしたか?


 ビクビクしながらゆっくりと振り向くと、小柄で柔らかそうなほっぺをした、不揃いの前髪パッツンのショートヘアという不思議な髪型の女子が、はにかんだような微笑みを浮かべていた。


 普通だったら驚いてしまうところだろうが、幸いにも中学以来の知り合いでホッとする。


「なんだ、古川さんか。驚かさないでくれよ」


 なんだとは何よ! とでも言うようにほっぺをさらに膨らませて、不貞腐れた表情を作りつつも、嬉しそうに彼女は切り出した。


「岩崎くん、久しぶり。同じクラスって初めてだね」


「だな。一年間よろしく。あと、変な噂広めないでくれよな……」


「変な噂ってなんだ?」


「頼むから話をややこしくしないでくれ、宏樹」


「で、この可愛い子、知り合い?」


 さっさと打ち切りたい話題に喰い付いてきたと思ったらそれかよ。相変わらずだけど、お前のコミュ力、ハンパねえな。


「可愛い子って誰だよ」


 俺たちの会話でニコッとしたりムスッとしたりする古川さんの表情の変化を一通り楽しんでから、古川さんを宏樹に紹介する。


「えっと、この子は古川、古川……」


 あ、あれ? 古川さんと話をすること自体が久しぶりなせいもあって、名前が出てこない。


 さっきクラス名簿でフルネームを見たばかりだし、五十嵐さんが彼女と話をするときはいつも名前で呼んでいたはずだから、絶対に頭の中に入っているはずなのに。ちょっと待て、えっと、なんだったかな……。


「智・佳!」


 しびれを切らしたように、古川さんが自分の名前を強調する。悪かったよ。


「ごめんごめん。古川智佳ふるかわちかさん。中学の生徒会で一緒だったんだよ。あと、まあ、いろいろと接点がそれなりに」


 古川さんは中学時代に五十嵐さんと同じく吹奏楽部に所属していたこともあって、生徒会活動以外の用件でも、よくうちのクラスにやってきたものだった。だから当然の成り行きで、五十嵐さんと近くの席にいた俺と話す機会も多かったわけで。


 それに五十嵐さんと仲の良かった古川さんは、一緒に行動していることが多かったんだけど、そうすると五十嵐さんを無意識のうちにいつも目で追っている俺が、古川さんを目にする機会も多くなるのは必然、ということになる。


 でもそんな失礼な話を本人の前でできるわけもないし、宏樹に説明するにも面倒だから、その辺は適当にごまかしておこう。


「了解、俺は菅野宏樹。この学年は菅野姓が四人もいて紛らわしいから、みんな宏樹って呼んでる。だから、古川も気にしないでそう呼んでくれ」


「わかった。宏樹くん、よろしくね」


 クラス替え当初によくあるこんな会話は、担任が入ってきたことでお開きになった。


 これから始業式、明日からは授業開始だ。


 この土地で最後に暮らすことになるであろう高二の半年は、こうして始まった。

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