第5話 思い出の場所

 もう残り少なくなってきた春休みのある日、俺はどうしてもあの場所に行きたくて家を出た。


 福島盆地を南北に貫く一級河川、阿武隈川。初春の吹き抜けるような青空の下、その流れに沿って堤防の上に整備されているサイクリングロードを、ゆっくりと歩く。

 日差しは暖かいけれども、まだ風は冷たい。春はまだ眠気混じりで、生命の息吹もまだらにしか目覚めていないようだ。


 そういえば、この街に引っ越してくる前は「冬は近くに白鳥が来るんだぞ」って親に言われて、楽しみにしてたっけ。でもその白鳥も、実際に見てみると数が多すぎて、ありがたみなんてあっという間に消し飛んでしまった。

 感動したのは最初の一冬だけだったなあ……などと、この街に越して来たばかりの頃を思い出しながら、枯れ草に隔てられて、ここからはかなり離れて見える川面を眺める。


 どうせ秋には親の転勤に合わせて転校だ。だから、春休み中のこの風景も、きっと今日で最後。転校なんて別に初めてでもないし慣れてるけど、改めてそう意識すると、なんとも言えない寂寥感がある。


 これまでこの街で過ごした二年半のこと、そして残されたあと半年のこと。

 そんなことを考えながら、サイクリングロードを行き交う自転車や人の邪魔にならないように、堤防の斜面部分に腰を下ろし、周囲を見渡す。


 支流である松川との合流点がすぐ近くということもあり、サイクリングロードはここから、松川の流域に沿って大きくカーブする。だからこのカーブの頂点、まさに俺がいま座っているこの場所からは、二つの河川の様子をすべて見下ろすことができる。


 視野の左手から中央にかけては遠くにそびえる奥羽山脈、右手側には間近に迫る阿武隈山地。背後には母校でもある信東中、そして福島盆地のほぼ中央に鎮座する、この街のシンボルでもある信夫山が控える。空いっぱいに広がる澄んだ青色と合わせて、目の前に広がるのはパノラマの絶景だ。


 中学生の頃、俺はここからの眺めが大好きだった。


 景色ももちろん気に入っていたけれど、それ以上にこの場所は、俺の初恋の思い出と強く結びついていたからだ。

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