第4話 夢の中でさえも言えない言葉

 ──宏樹とそんな話をしたせいか、その晩は久しぶりに、中学生時代の夢を見た。


「岩崎くん、授業面白くないの?」


 転校してきてまだ数ヶ月くらいの、中二の頃。それまであまり口をきいたこともなかった五十嵐由希いがらしゆきさんに急に話しかけられて、俺は焦ってしまった。


「え? なんで?」


 思わず顔を覗き込んでしまい、いつも「目力があるなあ」と思っていた、意志の強そうな彼女の視線と正面からぶつかってしまった。


「いつも窓の外、見てるから」


「そうかな。そんなつもりなかったんだけど」


 取り繕うように口先で誤魔化したものの、予想外の人に自分の癖が把握されていたことに、当時の俺は驚いたものだ。


 エアコンで暖められた教室の空気の匂い、窓から感じられる少しだけひんやりとした冷気、そして高鳴る鼓動。


 夢の中特有の、普段の生活では忘れていた、細かいところまで描写される感覚。つい昨日のことであったかのように、俺はあの出来事を夢の中で追体験している。

 この感覚を目が覚めてからも持ち越したい……と、夢と現実が入り混じった不思議な感覚を楽しんでいると、つながりのある記憶までが引っ張り出されてきた。


 中三になって、彼女と隣の席が続くようになってしばらく経ったころ。


「岩崎くん、最近は窓の外、見ないね」


「そ、そうかな」


 だいたい、今の俺の席から窓の外を見ようとしたら、五十嵐さんの横顔しか見えないじゃんか。ただでさえ意識しちゃって横目でチラチラ見てるくらいなんだから、これ以上意識させないでくれよ……。


 心の中でそんなことを呟きつつも、この前つい習慣でちょっと前に外を見ようとして、彼女の横顔に視線が吸い寄せられて大変なことになったことを思い出す。


「ふーん」


 どぎまぎしている俺に構わず、彼女は隣の席でゆっくりと背伸びをしてから机にもたれかかり、うたた寝を始めた。

 教室の自分の机にできた陽だまりの中、ふんわりと、気持ち良さそうに。午後の日差しを浴びて、肩に触れるか触れないかという長さの、綺麗な黒髪がキラキラと輝く。


 俺は黙ったまま、軽く目を瞑った彼女の、幸せそうな横顔を見つめ続けている。でも本当は、俺はなにかを言い出したくてたまらない。


 ふと気がつくと、彼女はそのままの体勢で、柔らかな微笑みを浮かべて俺の方を見ていた。


「どうしたの? 岩崎くん」


 彼女の優しい、囁くような声色が、俺の耳をくすぐる。


「五十嵐さん、俺、俺はずっと……」


 そこから先を伝えたいのに、なにかに縛られているかのように口が動かない。


 ──情けないことに、俺は夢の中でさえも、その言葉を口に出すことができないでいた。

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