2
『
ドアはすぐに開き、一人の女性が顔を覗かせた。
「いらっしゃい、健ちゃん。待ってたわ」
にっこりと笑う彼女が自分と同じように小柄で、しかも個性的な見た目をしていたため、七笑は面食らってしまった。
中学生と言っても通用しそうな童顔に、やたらと大きい玩具じみた眼鏡。しかも髪型が茶髪のツインテールなので、《Kisaragi》と肩口に刺繍された白衣も逆にリアルさが乏しく感じる。なんだか、コスプレイヤーみたいな院長先生だ。
そんな女医と「同級生」だと語っていた司が、片手を挙げて軽く頭を下げる。
「日曜に悪い。よろしく頼む」
「全然気にしないで。雑用もたまってるから、どうせ出勤しようと思ってたし。とりあえず入って」
二人を中に招じ入れてソファーを勧めた如月医師は、すかさず自身も対面に座り、七笑を興味深そうに見つめてきた。
「こんにちは。あなたが患者さんね。あ、患者ってわけじゃないか」
「は、はい。鈴野七笑です。よろしくお願いします」
「こちらこそ。あたしは如月
「はあ」
「もっとも、あたしは医学部で彼は文学部だったけど」
医学部と文学部なのにどうして知り合いなのだろう、と七笑が内心で首を傾げると、如月は心を読んだかのように教えてくれた。
「情報学の授業、ようするにパソコンの授業で仲良くなったの。プレゼンソフトの使い方とかを健ちゃんが丁寧に教えてくれて、実習とかでもかなり助かったんだ。あたしが無事医者になれたのは、健ちゃんのお陰でもあるってわけ」
「そうだったんですね」
納得した七笑が頷くと、いたずらっぽい口調で付け加えられた。
「あ、でも別に付き合ってたとかじゃないから、心配しないでね」
「おい、真――」
不機嫌そうに割って入る司をあっさりと無視して、如月は続ける。
「ず~っと、ただの友達のまんま。健ちゃんったら一緒に食事するとき、あたしがノーブラでお店に行っても、わざわざ自分のジャケットかけてくれるぐらいだし」
「おま……! あれはわざとだったのか!?」
「当然でしょ。あたし、あんたがゲイじゃないかって今でも疑ってんだから」
「俺はストレートだ!」
どうやら司は、このとぼけた女友達には完全にペースを握られてしまうらしい。逆に言えば、それだけ素の自分をさらけ出せるということか。
ふーん。
七笑がなぜか複雑な気持ちでいると、まったく同じ言葉が如月の口から聞こえてきた。
「ふーん」
にっこりと笑った彼女が、ますます興味深そうにこちらを見つめてくる。
「な、なんでしょう」
「七笑ちゃんて、ウエイトリフティングの選手なのよね?」
「あ、はい」
自分のプロファイルに関しても、事前に司から伝えられているのだろう。
「そっか。ウエイトリフターかあ」
「あの……」
「そんな風に見えないわね」
「そうですか?」
先生こそ医者に見えないんですが、とつっこみそうになった七笑がなんとか踏みとどまっていると、如月は笑顔のまま軽く両手を振った。
「ああ、ごめんね。可愛いなあって思っただけだから」
「ど、どうも」
とりあえずぎこちなく下げた頭を、だが七笑はすぐに跳ね上げる羽目になった。
「でも良かった。健ちゃんにも、やっとこんなに可愛い彼女が――」
「違います!」
「違う!」
期せずして、返事がハモってしまった。はっとして隣を見ると、司はバツが悪そうにあらぬ方向を見ている。
「あはは、失礼。でも息が合ってるのはたしかじゃない。結構、結構。素直じゃない残念イケメンだけど、今後とも仲良くしてやってね」
「真、俺をからかってる暇があったら――」
「はいはい、七笑ちゃんのMRIでしょ。いつでもいけるわよ」
友人の抗議をふたたびスルーした如月は、そう言って七笑の両脚を手で示した。
「七笑ちゃん。膝の中身、ちょっと確認させてくださいな」
「膝、ですか?」
「うん。もちろんどこも悪くないのは知ってるし、単なるメディカルチェックだから安心して」
たしか司さんもそんなこと言ってたっけ、と七笑が隣に目を向けると、視線に気づいた彼が、やはり安心させるように首を縦に振ってくれた。
「わかりました。じゃあ、お願いします」
心強い気持ちが湧いてきた七笑は、童顔の女医に向かってしっかりと頭を下げた。
MRIの撮影自体は、至って簡単だった。大きなトンネル状の機械に、仰向けで胸から下を入れる形で入って二十分程度。撮影中の音がうるさいと七笑も聞いたことがあったが、大型のヘッドフォンを貸してくれたので、それもほとんど気にならなかった。むしろ適度な固さのベッドについ、うとうとしてしまったほどだ。
「はい、おしまい。ほんとに怪我してたら、他にもいろんな角度から撮んなきゃいけないから、この倍以上かかるんだけどね」
如月の声がヘッドフォンから聞こえて七笑は、はっと意識を取り戻した。
「ふふ、七笑ちゃん、寝てた?」
「す、すみません!」
「ううん、かまわないわよ。でも健ちゃんに、寝顔見られちゃったわね」
「ええっ!?」
「断じて見ていない!」という必死な声をマイクが拾ってくれたので、七笑はほっとしながら撮影を終え、如月に勧められるまま自分も操作室へと入った。
「よし、んじゃ一緒に見てみよっか。綺麗な膝だし、クリアに撮れてるわよ」
如月の声を合図に、大きなモニターの前に司と並んで座る。
「これが七笑ちゃんの、膝の中身。当たり前だけど、どこも痛んでるところはないわ。ていうか、むしろ丈夫な膝って言っていいわね。ウエイトリフティング選手だから
「へえ」
モニターはタッチスクリーンになっており、七笑を挟んで司とは逆側に座った如月が、画像を指先で拡大しながらわかりやすく、そして丁寧に説明してくれる。きっと患者さんに対しても、こんな感じなのだろう。もし怪我をした友人がいたら、このクリニックを紹介してあげようと七笑は純粋に思った。
「もちろん、骨と骨を繋ぐ靭帯も無事。ほら、メインの四本とも綺麗なまんま。あたしは素人だからよくわかんないけど、きっといいフォームでバーベルを持ち上げてるんじゃない?」
「ありがとうございます!」
コーチではないが、スポーツドクターからそう言ってもらえるのはやはり嬉しい。
にっこり微笑んだ七笑だったが、ふと頭の片隅に何かが引っかかるのを感じた。
あれ?
「どうかした?」
会ってすぐに感じたことだが、如月は相手の心の機微を読み取るのがとても上手い。今も、七笑の微かな表情の変化を見逃さなかった。
「いえ、ええっと」
なんだっけ。なんか、違うような……。
何がどう違うのか、自分でもはっきりしない。けれど、違和感があることだけはたしかだ。間違いない。どこかが、何かが違う。
すると。
「それで、五本目の靭帯はどうだ?」
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