第2話

 ある晴れた冬の日の事、夏男と春子は暇潰しに屋上にいる。


「あーあ、明日で卒業かぁー……」


夏男は溜息をつき、缶コーヒーを口に運ぶ。


K高校の屋上には、夏男と春子の他には誰もいない。


「あーあ、この場所ももうおさらばね、色々な事があったわねえ」


「ああ、そうだな、お前ここで電子煙草を吸ったらむせていたしな」


「あれは単なる悪戯よ」


一年生の時に煙草を吸っていたら上級生にカツアゲされたり、二年生の時にたまたま同じクラスのオラオラ系の男女が性行為をしてたり、漫画本を読んだり――だが、その、くだらない事で盛り上がっていた高校生生活ももう明日で終わりであり、彼等は深い溜息を付く。


「あんた、音大決まってよかったんじゃないの? しかも奨学金でさ……」


夏男は夏休みからの猛勉強の甲斐があり、音大に特待生で合格しており、卒業式ライブの曲を練習するだけとなっている。


「そういえばお前はどこの大学に行くんだよ? 誰も知らないって言ってたぞ」


「んな、別に良いじゃん、それよりも明日ライブやるんでしょう? 卒業式の後に。行くわよ、どうせ暇だし」


「そっかあ……」


(こいつ一体どんな進路を辿るんだろう?)


夏男は春子の今後の進路が分からずに、雲を見上げてアイコスをカバンの中から取り出して口に銜える。



  「えー、皆、卒業しても今日の夜は忘れずにいようぜ!」


金髪のオールバックの男は、ミュージシャン気取りなのか、黒のレザージャケットを羽織り、ギターをかき鳴らす。


卒業式後、夏男達軽音楽部は最後のライブを行う事になっており、最後という事もあり、沢山の在校生や卒業生が集まっている。


(春子は何処にいるんだろう?)


夏男はマイクを握り締めて、この場所にいるであろう春子を探す。


「えー、先ず一発目は、『THE BACK HORN』の『ハナレバナレ』だ!」


夏男達の演奏が始まる。


――だがそこには、春子はいない。



  ライブが終わり、誰も居なくなった教室に、ただ夏男は椅子に座り佇んでいる。


「夏! あとで打ち上げな!」


先程ライブを行った金髪のオールバックは、学校に彼女がいたのか、女の子と手を握り締めて何処かへと行く。


(あーあ、竜が羨ましいぜ、俺は彼女が今までいなかったなあ、でもこれから、一世一代の大勝負をするんだ!)


足音が聞こえ、夏男は緊張をして足音の主を見やる。


「春子……」


「夏男、さっきのライブ凄かったわよ、あんた本当にミュージシャンに……」


「俺はお前が好きだ!」


「え!?」


「俺はお前が今まで好きだったんだ! 俺と付き合ってほしい!」


「……」


春子は、複雑な表情を浮かべて、夏男を見やる。


(もしかしたら、彼氏がいるって事か!?……うわあやべえ、ミスったなあ……)


「夏男、私ね、家の事情で、海外に行く事になったの」


「え……?」


「私を見て不思議に思わなかった? いつも全国模試でトップになっているのに、大学をどこにするか決めてなかったって……実はね、海外の大学に行く事になったのよ……」


「……じゃあ、俺とは……?」


「ごめんね、付き合えない……じゃあね」


春子は、素っ気なく、その場を立ち去る。


――数分の静寂が流れ、夏男の目から涙が零れ落ちてくる。


(俺はフラれたんだな……)


「何お前フラれちゃったのか?」


先程の金髪――竜という名前の少年が、にやにやと笑いながら教室に入ってくる。


「お前……」


「一部始終を見てたぞ、てかな、お前が烏丸さんを好きだって事はみんな知っているんだよ、残念だったな、飲みに行くぞこれから!」


「ああ、クソッタレ、よっしゃ、大学に行ったら、女とやりまくるぞ!」


「その意気だ!」


竜は夏男の肩を叩き、二人は教室を後にした。



   あれから春子と夏男は全く連絡を取ろうとはせず、お互いにLINEをブロックして、数日が過ぎた。


夏男と竜は、K高校の傍にあるゲームセンターで太鼓の達人をやりながら、大学入学前の時間をただ無為に過ごしている。


「あれっ?」


夏男は、何かに気が付いたようにしてはっと鞄の中を見る。


「どうしたんだよ? 犬の糞でも踏んだのか?」


隣にいる竜は、不思議そうに夏男を見やる。


「いやな、俺ピックを学校に忘れちまったんだよ」


「ああ、そりゃあ、戻った方がいいな」


竜は、「もう俺高校出たから、酒もたばこも関係ねえよ」と言った具合でセブンスターを口に銜えて、太鼓の達人に興じている。


「ちょっと行ってくるわ」


「ああ……」


夏男は、ゲームセンターを出て学校へと足を進める。



  誰も居ない教室――


(ここに戻ってくるのは、ほんの数日ぶりなのだが、何故か、何年振りかのように感じるんだよなあ……)


くだらない事で馬鹿騒ぎした日々はもう帰っては来ない、目の前にあるのは、社会の荒波だけである。


(大学に通う事が出来た俺にとって見たら幸せなことかもしれない、他の連中は大半が就職組だ……)


夏男は溜息を付き、自分の机に足を進める。


「ん?」


ふと、夏男は何かに気が付いたかのようにして黒板を見やる。


『私とあんた、お互いの夢をかなえた時にまた会いましょう――春子――』


黒板にはそう書かれている。


(春子、俺は絶対、ロックでトップになるからな……!)


まだ寒い3月だと言うのに、夏男の体は熱がこもり始めた。



   飛行機の中、春子は親と共に乗り、ただ外の光景を見ている。


(これでしばらく日本とはおさらばかあ……)


『俺お前の事が好きだったんだ』


『俺と付き合ってくれ』――


春子の脳裏に浮かぶのは、夏男との事。


似合わないのに煙草を吸い、全身黒だとかダメージジーンズと似合わないファッションをして春子と街を闊歩していた事。


卒業式でのライブ、普段よりも100倍かっこいい夏男がいた。


――だが、自分とはもう付き合えないだろう。


春子は、瞼を閉じる。


耳に着けてるイヤフォンからは、夏男の歌声が聞こえている。

 

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