第22話 桜を見よう
今までよりも一週間が過ぎるのは早かった。
リハビリして永遠くん達と話をして、眠りの海に落ちていく。
今までの私が考えもしなかった、夢のような日々。
一日が過ぎる事に、私の心が満たされていく。
笑い合える日を七回も繰り返す事が出来た。それだけが何よりも幸せに感じる。
そしていつの間にか外の桜は満開で、見頃を迎えていた。
朝起きると、ベットの上で足を曲げてみる。ゆっくりとなら、何とか曲げられるまでに回復した。それでもこれじゃあ、桜は病室から見るだけかな。
七日目の朝、私は窓から見える桜に目を細める。
病室から満開に咲く桜を見て、少しだけ寂しい気持ちになってしまう。
この病院に植えられたソメイヨシノは絶景なのに、それを近くで触れられないのは少し惜しいと思ってしまう。
そんな時、ガラガラと何かの音が聞こえた。
車輪を回しているようなその音は、次第に大きくなりそして私の部屋の前でピタリと止まった。
「おはよう、雪葉」
カーテンが開き、永遠くんが入ってくる。いつもより来る時間が早かったので驚いていると、
「まだ寝ぼけてるの、ほら早く準備して」
と永遠くんが何かを急かす。何の事か分からないでいると、永遠くんがある物を私にみせた。
「——桜を見よう。」
それは車椅子と、四人の看護士さんだった。
私が混乱していると、看護士さん達が笑顔で近付いてくる。
永遠くんは、何も言わずに廊下に出た。
「飛び切り可愛くしますからね!」
そう言うと看護士さん達は、手に持っていた鞄を開ける。
そこに入っていたのは、洋服屋やメイクポーチだった。
理解が追いつかない私の腕を上げて服を脱がしていく。
洋服を着替えさせてくれて、髪をアレンジしてくれて、メイクをしてくれて。
自分でも良く分からない間に、頭から足先まで綺麗に整われていた。
一時間程で準備が終わると、一人の看護士さんがそっと私に耳打ちしてくれた。
「いい彼氏さんですね。本当は外出禁止だったんですけど、彼氏さんが必死にお願いしてきて病院の敷地内なら外出していいってなったんですよ。」
あんな何食わぬ顔をしてたのに裏でそんなことをしてくれていたなんて。
さすがに、三年後の永遠くんの行動は推測出来ないや。
そんな事を考えながら、車椅子に乗せられ病室を出る。
出る間際に車椅子を押してくれた看護士に「ありがとうございます」とお礼を言った。
ああ、それから一つだけ間違いがあったから言わなくちゃ。
「それと私達、付き合ってないですよ。」
「え? 」
目の前には永遠くんが立っていた。何だか緊張して顔が熱い。恥ずかしかったけれど永遠くんの方を見た。すると永遠くんの耳が真っ赤ですごく嬉しくなる。
「お待たせ。どう、かな? 」
「あ、ああ。似合ってる……」
白いワンピースにピンクのカーディガン。髪は胸元まで切っていて、編み込みがしてある。冷えないようにと、看護士さんが膝掛けまで用意してくれた。
メイクは春っぽくピンクをイメージしていた。
恥ずかしさと気まずさで顔が合わせられない私達を見て、周りの看護士さん達がニヤニヤ笑っていた。永遠くんは私の後ろにまわって、車椅子の取っ手を掴む。
「じゃあ、行こうか。」
車椅子の車輪が静かに回り始めると、看護士さん達が手を振ってお見送りしてくれた。
ゆっくり動き始めた車椅子はエレベーターに乗り、病院の外に出る。三年ぶりの外の空気は暖かくて心地よかった。
日差しは私が知る温度よりも暖かくて、この太陽の下で寝たら気持ちいいだろうなと思った。
少しすると桜の花びらがヒラヒラ舞っているのに気づく。
上を向くとたくさんの桜が満開に咲いていた。
整備された道を挟むように、沢山の桜の木が並んでいる。
「見て、永遠くん! 綺麗だよ!」
永遠くんの方を見ると、彼も上を向いて目を輝かせていた。
いつか夢見てた。永遠くんと桜を見ることを。この瞬間は一生来ないと思っていたのに今、私はここにいる。桜が太陽に照らされて光っている。初めてこんなにも桜が綺麗だと思った。こんなにも暖かな日差しが愛おしいと感じた。
永遠くんがいなければこんな景色を見ることはできなかった。
永遠くんがいたから……。
「幸せだな……。」
桜並木がこんなにも美しくて、胸打たれるものなら、もっと早く見ておけば良かった。
そう思うと同時に、永遠くんと同じ感動を味わう事が出来て良かったとも思う。
二人で歩いていると、突然永遠くんが足を止めた。
そのまま永遠くんは私の前に来て、静かにしゃがむ。
私の手を優しく握って私を真っ直ぐ見つめた。
「雪葉、言いたい事があるんだけど、いい? 」
その瞳が、必死に何かを訴えているような目で、私はゆっくりと頷いた。
優しく目付きのまま、柔らかな声で話し始める。
「僕は雪葉に出会った時からずっと雪葉のことを疑ってた。でもそんな僕に雪葉はずっと笑顔を見せてくれて、気づいたらいつの間にか雪葉が僕の中では大きな存在になってた。でもあの日、本当には雪葉に僕の本当の気持ちを言えなかったから。だから今、伝えてもいいかな。」
永遠くんは深呼吸をしてからまた私を見る。
握る手から、永遠くんの熱が、想いが伝わって来て頭が真っ白になりそうだ。
永遠くんの後ろから桜が降ってきてまるで桜の雨のようだった。
私の手を握る永遠くんの手に力が入る。永遠くんは口を開いて、私に告げた。
「僕は雪葉のことが好きだ。」
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