魔王を倒すと何が起こるのか
前回は魔王を倒さない選択を人々が取るのではないかという話を書きました。
しかしそれでは物語は進みません。魔王がいなくなって世界が平和になることを恐れていては、いわゆる"オレタタエンド"になってしまいます。
魔王的な存在を倒した後に次々と新たな敵、試練が襲い掛かるのは、要するに世界が平和になってしまうと、主人公たちが職を失うからです。
身もふたもない話をしてしまうと、主人公が職を失うということは、その作品に関わっている人達すべてが職を失うという事につながります。もうちょっとだけ続くんじゃ、というのはどうしても必要なことです。
ここでそんな話をしてもしょうがないので、魔王を倒した後のファンタジー世界の変革を考えていきたいと思います。
・中世から近世へ、戦争の変化
・ファンタジー世界の近世、冒険産業の始まり
・なぜ近世近代ファンタジーが少ないか
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・中世から近世へ、戦争の変化
イスラム教徒やモンゴル系の騎馬民族を撃破するというのは、中世ヨーロッパの一大目標でした。
これがそこそこ達成されると、社会は変わり王権は成熟していきます。近世の始まりです。
近世の区分が適用されるのは、絶対王政が敷かれて国内が一通り安定することが条件です。大きな勢力が誕生して国内が安定することで、支配層の興味は外へと向かうことになります。
戦争技術が進歩して戦争の様相が変化すれば、統治システムも変わっていきます。
というのも、中世までの戦争は要素が少なく、せいぜいが馬と剣と鎧と弓でした。確かにその中で優劣はありましたが、その優劣の差が勢力同士の決定的な差にはならなかったのです。
ところが銃や大砲が登場すると、鉱山、採掘技術、職人集団、運用スキルなどといった様々な要素を、その国家がどれほど所持しているかということが問題になってきます。所持していなければ買うか開発するしかありません。
戦争により多くお金、技術、人手がかかるようになったのです。
これによって国力と戦果がダイレクトに支配地域に影響されるようになります。
支配地域が拡大すれば、それ相応の社会体制と経済規模が育つようになり、その結果帝国主義が誕生します。
中央集権の思想が基よりあった中国ではいち早くこれが成されました。逆に日本では遅れに遅れ、中世から近世への過渡期は世界的にみても最も白熱した状況になりました。特殊な地理的条件が揃っていたため各勢力が長い間均衡し、それを打破するために(政治的な努力ももちろんおこなわれましたが)武力が異様に成長したのです。
・ファンタジー世界の近世、冒険産業の始まり
さて、魔王が倒れると近世になるのではないかとしてきましたが、そこにはどのような過程があるのでしょうか。
一大勢力に立ち向かうために、ファンタジー世界の住人は史実中世よりも統率された社会を構築していたと考えられます。
巨大生物に立ち向かう狩人の一団のごとく、強い指揮官が必要とされてまとめ役になり、人類の脅威と戦うのです。
一昔前の(まだネット小説というものが一般的になる前の)ファンタジー小説の王が中世という世の中でも強大な力を持っているのはこういう背景があったことでしょう。
一方、今のファンタジー小説では冒険者が英雄になります。
貴族は冒険者が成果を出すのを見ていることしかできず、せいぜいが利益を掠め取ろうとする程度です。時代の変化のあおりを受けずに、被害を出さないようなんとか立ち回るのが精いっぱいといったところでしょう。
特権階級に属するキャラクターは嫌われやすいというのが、なろうファンタジーの定番です。傲慢だったり狡猾だったりするキャラクターが多く、そのためか貴族が成果を上げるのは難しい社会になっています。
こういった状況のなかで戦争が終結してしまうと、統治が上手くいかなくなってしまいます。
戦争は色々な物事がひっくり返る状況ですが、それは戦時でしか役割を果たせません。
たとえば国家の危機に際してクーデターで軍事政権が誕生するとしても、それは非常時の一時的な体制であるべきだというのはよく言われる話です。軍事政権を維持し続けるのは、財政的にも国内外の世論的にも厳しいものがあるからです。
戦争が起こると、今まで下層にいた階級が力をつけるチャンスを手にします。ファンタジー小説でいうなら、冒険者がそれにあたります。普段の社会では肉体労働階級なので、それが王族との謁見を許されるまでの地位にまでなるというのは、普通ではありません。
当然社会としては異常な状況です。
本来統治機構を持っているはずの王侯貴族が力を発揮できず、またその状態で敵対勢力がなくなったとなると、せっかく築き上げてきた中央集権国家や協力体制は離散の危機を迎えます。政治は政治の専門家である貴族がするもので、冒険者に務まるはずもありません。
ここで重要になってくるのが、どんな国がいくつあるのかということです。
国が沢山あれば次の仮想敵国としてより精強な国を作ろうとするはずですし、巨大な国が数個しかないような世界であれば、群雄割拠の戦国時代を迎えることになるでしょう。
どちらにせよ、文官に当たる貴族は冒険者の首に縄をつけようと必死になります。
モンスター相手にしか力をふるえない冒険者では、人間と戦うのは役者不足だからです。中世イタリアで起こった、傭兵を従えようとする役人がした努力と同じようなことをして、実際にそれは成功するでしょう。娘と結婚させて取り込んだり、なにかしらの役職を与えたりして、一つの冒険者パーティーが力をつけすぎないように心を砕きます。
そのうち国が冒険者ギルドを従えるようになり、貴族による冒険産業が始まります。
貴族は冒険者を組織して未開拓地へ繰り出し、素材を回収したり新しい土地を開拓することでしょう。
冒険者が貴族に従えられ、世の中は安定していきます。そして人間は版図を広げて新たな国が誕生したり、帝国主義が完成したりします。
・なぜ近世近代ファンタジーが少ないか
果たしてここにモンスターの残党や魔法の存在がどのような影響を及ぼすかわかりませんが、史実のような近世への移り変わりは充分に考えられます。人口増加による社会発展も無理はないでしょう。
近代への移り変わりには、思想哲学が重要だということには注意しなければなりません。また、蒸気機関も重要な働きをしましたので、この2つがどうなるかわからないファンタジー世界では、どのような近代化が行われるかわかりません。
ただ、人口が増えていけば産業の形態は当然変化するだろうし、搾取する側の人間に対してされる側の人間が不満を持ち、社会現象となるのは充分考えられます。よって、形は違えど革命は行われることでしょう。
ここの移り変わりを細かく設定された近世末期ファンタジーを読んでみたい気もしますが、中世に現れた様々な差異が、時間が経ってどれほど巨大なものになるのかは想像しがたいものがあります。
戦争の変化と同じように、時代が進んでいくと社会は多様化し、それぞれが相互に絡み合って歴史は作られてきました。繊維が糸に、そして綱となり網となっていくような発展をしていくのです。
ここに魔法やモンスターという異分子を投入して、どのような社会になっていくのか、成立するのかというのは見当もつきません。中世という時代はそこに生きる人々から見て"分からないことと分かっていること"がちょうど半々くらいなので、ファンタジーに適しているのです。
近世、近代ファンタジーがあまり整備されていないのにはそういった理由があるのでしょう。そう思う一方で、ファンタジー世界には近世要素がもともとある上、中世ネタが切れてきている昨今、そろそろ台頭してくるのではないかとひっそりと期待していたりします。
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