奴隷の存在から見るファンタジー 奴隷はどこに行くか

 中世ヨーロッパの社会では奴隷が役割を持つことはなく、ほとんどは奴隷を必要とする社会へと輸出されていきます。


 中世ヨーロッパの立場をとるファンタジー世界でも、中世的な社会形式をとるのであればやはり奴隷が必要となることはなく、外に輸出されていくことでしょう。


 とはいえ奴隷商人が金貨何枚と言いながら奴隷を売るシーンは一定数出てきます。奴隷商人が奴隷を買うのに加えて売る描写まで出てくるというのは、つまりその社会で需要があるということです。これはどういう事でしょうか。


 何度も書いてきた通り、ファンタジー世界が構築される中で何が起こるか分かりません。


 オリエンタルに相当する、奴隷を必要とする社会が存在しないか交流がない、もしくは中世ヨーロッパ風ではあるけれど奴隷が必要とされる社会になっているという場合です。



 歴史的なイベントと社会構造の中で奴隷は生み出されていくわけですが、その受け皿は必ずなければいけません。


 大規模農場は中世という社会制度とそぐわないので使うことができません。モンスターの存在によって世の中が安定せず、難民や戦禍に巻き込まれた労働者が奴隷となるような社会で、彼等はどこに行きつくのでしょうか。


・奴隷の出自、人間か他種族か

・鉱山

・娼館

・工場の可能性

・戦闘力としての奴隷


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・奴隷の出自、人間か他種族か


 これを考えるときに一つ問題があるのですが、それは奴隷の供給量と供給地です。戦争によって奴隷が生まれるのであれば奴隷の価値は下がると前の話では書きましたが、それは敵地に侵略して捕縛した場合です。


 領民から奴隷が生まれる場合、領主は利益を獲得することはできません。領主からしたら、領民はちゃんと農業をしてくれていた方がありがたいのです。史実日本ではそのために幕府は身売りを制限したわけですが、それでもファンタジー世界では飢饉やモンスターの影響で身売りする状況が出てきます。その場合は受け入れ先を設定する必要があります。



 一方で”過酷な労働を強いる”という状況を作りたいのであれば、安価な労働力としての奴隷を獲得する必要が出てきます。そこで他種族の奴隷が考えられます。エルフや獣人です。

 これはファンタジー世界の人間社会の中で人間の身分が安定としている場合、すなわち近世で奴隷貿易をした欧州社会のようになっている場合です。


 モンスターの襲撃をペストに相当するイベントと考えれば、人の価値は上がっているとすることができます。

 他人種との交流はあまり見ることができないファンタジー世界ですが、他種族は頻繁に出てきます。弾圧に関する問題をクリアできれば、奴隷を安価な労働力にして過酷な労働を負わせる設定もつくれることでしょう。


 このように人間の奴隷と他種族の奴隷では、分けて考える必要が出てきます。

 そうしたうえで、今回は奴隷が行きつく先についていくつかの可能性を考えていきたいと思います。



・鉱山


 奴隷が行き着く先としてよく奴隷商人や人攫いが口にするのは、"鉱山で死ぬまで働かされるぞ"という一文です。


 鉱山は過酷な労働環境であるというイメージがありますし、実際その通りだったことでしょう。


 では史実ヨーロッパではどのような人々が鉱山業に従事していたのでしょうか。


 鉱脈を探し採掘する技術は特殊技能ですので当然専門家がいました。鉱山労働者の一団は高度な専門性を持っていたのです。


 しかし、鉱石を産出する山は各地に点在していましたし、当然掘りつくしてしまえばその土地では仕事がなくなってしまいます。そうすると労働者が培ったノウハウは無駄になりますし、領主としても鉱山労働者を育成しなければせっかくの鉱山も宝の持ち腐れです。

 そこで領主と契約して鉱山を掘り、終わったら次へ行くという形を取ることになります。


 中世の業種の中では鉱山業はハイリスクハイリターンな物だったといえるでしょう。山の中にどれくらい鉱山が埋まっているのかは領主にも鉱夫にも分かりませんので、契約のリスクは双方にありました。鉱山の価値は掘ってみるまで分からないのです。さらに、鉱山は設備の開発費や維持費もかかります。


 鉱山の収益管理やリスク軽減のために、当然ギルドが誕生することになります。採掘権を購入し採掘をするわけですが、その莫大な採掘権料や開発費を負担する人がギルドの中にいなければなりません。

 そこで投資家に頼ることにします。鉱山の収益の一部を約束し、開発資金等を得るのです。そうしてギルドの中には2種類の鉱夫が生まれることになります。


 採掘権を購入するだけの鉱夫と、実際に労働する鉱夫です。やがて資金を持つ鉱夫は労働者を雇って鉱山で働かせるようになり、投資家と労働者には力の差が産まれていきます。



 ファンタジー世界で奴隷を鉱山で働かせるならば、ここに隙があるでしょう。史実では東方への重要な輸出品だった奴隷ですが、そういうところがないのであれば、労働力として買われることになるでしょう。


 鉱山という高額な収入が見込める場所であれば、人を買ってまでして働かせる意味があるかもしれません。オリハルコンやミスリルなど、より上位の鉱石が期待できるならなおさらです。


 鉱山にもモンスターがでるのであれば、さらに維持費が掛かるので、その穴埋めに安価な労働力が必要となるのです。



 人の奴隷だった場合は先ほどもかいた通り人の価値は上がっていますので、当然労働力としての値段も上がっています。危険で苦しい労働をさせる一方で、そこそこの待遇をしたことでしょう。小説の設定の中で、鉱山は農地の代わりとして機能していきます。


 もちろんこれは一例です。オリハルコン等の架空金属の他に、もともとドワーフという鉱山業に特化した種族がいるのです。その存在の有無や所持技能の種類といったことまで考えれば、複雑な時代背景が生まれるでしょう。



・娼館


 よく異常な性癖を持つ領主が物語に出てきて、奴隷商人から奴隷を買っています。何人もの女性を殺害する統治者は定番です。


 定番ですがこれは社会としては健全な状態ではありません。虐げられる存在であっても、労働力として扱うなら社会の基盤になりますが、嗜好品として消費されるのであれば、安定した供給が見込めないといけないのです。


 対外政策によって社会が安定しているのであればまだしも不安定な社会では、このような領主を社会の一部として組み込むわけにいきません。

 当然倫理的にも許されるわけがないので、一時的な悪役として登場するにとどまることでしょう。



 しかし奴隷商人が商品として美しい女性を売る、というのは世界観としては不自然な事ではありません。最近のファンタジー世界では娼館もよく見かけるようになりました。


 娼館はもっとも古い歴史を持つ業種の一つだと言われています。


 中世ヨーロッパでは公的な娼館がありました。公娼という存在です。キリスト教も娼館を認めることで、教義を守ろうとしました。近代にもなると公娼制などというものが登場します。性病、私生児、暴行といった社会的な問題を抑制する意図があり、現代でも性病や貧富の差に悩む国では採用されているようです。


 中世の娼婦はギルドを作り、裕福な商人や貴族、司教を相手に公営の娼館で働きました。


 性交渉の他にコンパニオンとして働いたり、貴族の手ほどきをするという役割があったので、虐げられていたかと言えばどうやらそうではないらしく、特権のようなものをもっていたようです。


 妙な言い方になってしまいますが、これは古代ローマにおける特殊技能を身に着けた"高価な労働力"に似通います。


 奴隷商人に女の子を売り飛ばさせたいのであれば、このような要素が役に立ちそうです。


 ファンタジー世界でも女性を買い取り教育を施して、豪商や貴族相手にやりあう娼館ギルドは、強力な地位を持ったことでしょう。

 仮に物語に出てくる娼館が劣悪な環境だった場合、それはおそらく私的な娼館なのでしょう。当然私的な娼婦は娼館ギルドからは目の敵にされているのでリンチされたり、領主が摘発に乗り出すこととなります。



・工場の可能性


 安い労働力と聞くと工場制手工業、マニュファクチュアが思い浮かびますが、これは可能でしょうか。


 工場制手工業は中世末期のイギリスではじまります。工場は効率よく大量の製品を生産することができます。もちろん奴隷とはちがい、労働力に賃金を払っています。


 しかし工場は止めた方が無難です。

 この工場制手工業は、いわゆる中世のギルドとは対極にあるもので、ギルド解体の一因となりました。


 工場を上手く回すには、安定した原料の供給源が必要になります。それを得るためには区画整備、いわゆる"囲い込み"をしなければなりません。これは先祖代々積み重なって来た契約によって生まれた、複雑な土地の所有権を全て破壊するという事であり、慣行や伝統といった中世の要素と真っ向から対立するものです。


 あらゆることが史実より早く起こりうるだろうとしてきた本小説ですが、ギルド解体は今現在のファンタジー小説がもつ普遍的な世界観にはそぐわないイベントです。


 領地経営をする転生主人公がたまに工場を作ろうとしますが、あらゆる社会的な機能をぶち壊す可能性があるので、慎重に行う必要があります。もしもギルドが腐敗していたり領地経営の障害となっている描写があれば、大義が得られることでしょう。



・戦闘力としての奴隷


 前にも書きましたが、中小規模の農業を家族単位で経営する中世では、奴隷は戦争で活躍することになります。


 しかし、マムルークやイェニチェリはもともと特殊技能を持った奴隷の集まりであった、ということには注意しなければなりません。

 様々な種族は専門技能を持っているので、それを使うことになるでしょう。



 ファンタジー世界の戦闘力といえば、冒険者が挙げられます。

 彼等の出自についてはドイツ的な社会で商人の護衛だとするものと、イタリア的な社会での傭兵だという考察を本小説では行いました。


 農地不足や他種族への侵略によって生まれた奴隷を、冒険者ギルドが受け持つというのはあり得る話です。


 冒険者ギルドは所属する冒険者チームに冒険者の育成を義務付け、それによって冒険者を増やし、ギルドやチームに対する共同体を高めます。


 死傷率が高そうな冒険者という職業ですので、ギルドはその派遣先には十分注意しなければならないでしょう。しかし上手く運べば、労働力としての品質維持を成功させることができます。



 奴隷や流民に出自を持つ冒険者という団体であれば、当然社会的な地位は低くなります。ただ戦争という状態はヒエラルキーを打ち崩す可能性を持っています。


 イタリアに関する話で書いたように、貴族や商人相手に高品質な戦力を提供すれば、都市運営に関わるチャンスも充分に出てきます。その都市で市民権を得る機会もあるという事になります。


 このような冒険者ギルドであれば、転移した主人公がもぐりこむ隙ができることでしょう。


 ただ特殊技能を持った奴隷でなければ、戦争に活用はできません。ここに問題が出てきます。冒険に連れ出してもすぐ死なせてしまうようでは、あまりに効率が悪いのです。


 冒険者ギルドでは商人や領主の投資を基に、それこそ古代ローマの剣闘士の訓練場のような、過酷な訓練期間を設けているのかもしれません。




 ファンタジー小説には奴隷のような存在が出てきますが、中世ヨーロッパには働き場所がありません。宗教的にも許すわけにはいかなかったことでしょう。


 もしそのファンタジー世界に奴隷がでてくるのであれば、やはり同じくファンタジー世界特有の要素によって処理するのが上手いやり方かもしれません。奴隷商人が公然と動けるようにするには、宗教的な思想や法律、人々の価値観まで含め、大局的に構築する必要があります。


 当然、その中で生まれ育った人々も、中世イスラム社会のように奴隷制に嫌悪感を持つことはないでしょう。

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