村に弓使いは何人生まれるか

 小説になろうで投稿していた際、感想欄に専門職である弓使いはどれほどの割合で存在していたのか、というようなご質問をいただいたので、考えたことを書いていきたいと思います。


 本考察にいただいた質問である以上、この質問は、弓使いをファンタジー世界に登場させたいが、どれくらいいて良いものなのか分からない、というものであるとしたいと思います。


 というのも、本考察は歴史に登場するデータに一切の興味を持っていないからです。


 内容に入る前に、もともとそういった"データ"に基づいた考察をしていなかったため、全く知識がないという話から書いていきたいと思います。


・ファンタジーとデータ

・環境に左右される人口

・数字は共通認識として必要

・数字が先か、イベントが先か

・職業人口の決定


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・ファンタジーとデータ


 割と様々なことを調べたり読んだりして本考察に使ってきた私ですが、人口等のデータを使おうと思ったことはありません。


 プロローグから書いてきたことですが、本考察ではドラゴンが物理学的にどうしたら飛べるのか、かの生物がどれほどの耐久力を持っていそうかといったことは一切触れないできました。


 なぜなら全く意味がないからです。


 それらの一切は書き手の裁量にゆだねられ、落ちた箸がどちらに転がるか程度のことでしかありません。

 作者が強いといえば強いし、殺せる存在であるといえば殺すことができます。科学的知見をもってドラゴンが一体どのような生物なのか、魔法が一体どのような原理なのか、ということを確定させようとするのはナンセンスです。

 何もないところから水が出せる世界ならば、もとより水素も酸素もないかもしれません。



・環境に左右される人口


 人口に関する話も同じです。

 そう言ってしまうと反論が出てくることでしょう。中世という時代は確かに存在していて、そこにある村や都市に何人住んでいるかということを知るのは、リアリティを出すのには役に立つと。もしくは一歩進んで作った設定全てに、史実中世のデータを持ってきて人口を定めている人もいるかもしれません。


 しかし残念なことに中世という時代では、大抵どこの地域でも何から何まではっきりとした記録が残っていません。それはヨーロッパでもアフリカでも東南アジアでも一緒です。そのため全て推定であり、結論の出ていない事柄です。



 では数千人ほどだとか、大きくて2万程度、などという数字はどこから来たのでしょうか。


 それはこういう事柄があったから、これくらいの面積の農地が広がっていたから、ここの開墾は近世以降に行われたから、などの資料があるためです。逆にいえば、新たな資料や根拠が見つかった場合、その数字は簡単に更新されてしまいます。


 言い換えるなら、ペストが流行れば人口は減るし、農業技術が生み出されれば人口は増えるということになります。


 つまり、イベント次第というわけです。

 歴史の中にある数字は全て、歴史によって生み出されています。違う歴史を歩めば当然違う数字が登場していたことでしょう。



 そんな数字を引っ張り出してきて、ファンタジー世界に当てはめることになんの意味があるのでしょうか。


 史実の数字を当てはめるという事はつまり、史実と同様の条件であるという事に他ならないのです。


 そんな思いがあって、史実に登場する様々な数字のほとんどは、世界を構築する上では全く意味がないのではないか、という路線を取ってきました。




・数字は共通認識として必要


 とはいえそれは設定を作る上での話であり、執筆の際には別次元の問題が発生すると思います。


 なぜなら、数字はだれしも共通のイメージを持つことができるからです。はっきりとしたイメージを持っていれば執筆していくうえでブレを抑えられますし、読み手とイメージを共有するための土台となります。

 30人と言えば、あぁ自分が通っている学校の1クラスくらいかなぁとか、500名が一堂に会したとあれば、中学校の全校集会よりちょっと多いくらいかな、と思い浮かべることができるのです。


 具体的な数字を出せば、比較が容易になるため優劣や貧富を瞬時に提示することができます。

 


 そういった意味で小説上に登場する数字は有効な表現方法の一つだと思われます。


 その方法を使うために、おそらくそこそこリアリティのある数字にしたいという思いで、歴史上の数字を参考にするのでしょう。


 例えば、数万の軍隊は登場させられるのか、人口的には数千規模の軍隊同士がぶつかりあうなどとした方が良いのではないか、というような迷いが出たとき、ではあの有名な百年戦争にはどれほどの人数が参加していたのだろう、と調査に走ることでしょう。


 時代によって人口のどれくらいの割合が戦争に参加するのか、というのは違ってきます。

 部族社会では戦える者はみな戦士でした。古代ローマでは親族一同盾を並べて自分たちの都市を必死に守っていましたし、中世では騎士という専門職が生まれました。近代になって鉄道が開発されれば、距離の概念が解消されるため、国民皆兵が成り立つようになります。


 つまり、中世程度の文明レベルであるという枠組み(政治体制や文化の色合いなど)を作ったのならば、中世の戦争の規模を調べることで、だいたいのガイドラインを作成することができるわけです。

 それさえも構築するのであれば、気候や耕地面積、技術、疫病の有無などの条件をもとに算出する、という無理ゲーが待っています。大体の数字を引っ張り出してくるのは、ゲーム的設定やテンプレ要素を取り入れるのと同様に、許されるべきでしょう。



 そろそろ矛盾してると怒られそうなので、何を言いたいのかということを単刀直入に書いてしまうと、数字を出すなら根拠をさらりとでいいから入れるべきだという事です。

 いわゆるフレーバーテキストです。ゲームに登場する一振りの刀ですら、その武器がもつ数値や特殊能力の根拠とする設定が書かれているのです。


 今回の件に関していえば、食料事情が改善し人口は上向いていると貴族が執事に向かって言っただとか、モンスターの大増殖によって王国の穀物庫たる領地が壊滅した、だとかあれば数字をだされても納得がいきます。



・数字が先か、イベントが先か


 これは蛇足かもしれませんが、ここでもう一つ問題が出てきます。数字ありきでイベントを作るのか、それともイベントありきで数字を作るのかということです。


 これはそのイベントが物語のどこに置かれるかによって違ってくるはずなので、どちらもありなのだと思います。


 ドラゴンが現れたというイベントの場合、作者によってそのドラゴンを倒すのに必要な冒険者の数が設定され、その数がギルドの受付嬢によって冒険者に提示され、その数より冒険者が多ければドラゴンは容易に倒せますし、少なければ初めから苦しい戦いだという事が分かります。


 各地でモンスターが襲来していれば参加する冒険者が少ないことへの理由づけができ、主人公の力を覚醒させることもできます。むしろ作者がドラゴンとの戦いで覚醒する主人公を描きたいがために、苦しい戦況を作るのが常でしょう。



 こうしたプロセスなしにポンと数字を出すと、無能な為政者が出来上がってしまいます。厳しく言い換えるならご都合主義です。

 ご都合主義になってしまうのは、数字に納得のいく理由がないからです。戦力もなしに領土は広げられませんので、広大な領土を持つ国家はそれ相応の防衛力を持っています。

 モンスターの侵攻が始まったというイベントに際し、すぐに騎士団だけでは無理だという結論に行き、更に騎士団が高圧的な態度で冒険者に命令を出して不快にさせるという展開がよくありますが、これでは領主の政治手腕に疑問しか残りません。


 冒険者を勘定に入れた防衛網なら王や貴族は冒険者を懐柔しなければいけないのです。もしそうでないならよほどの大災害以外、騎士の数は充分である必要があります。 



 このように条件によって数はさまざまに揺れ動いていきます。

 よって、都市や村の人口であれば、よく言われる数字、つまり中世最大都市であったパリで8万程度、それ以外は主要都市と言っても1万~2万程度などといった数字をガイドラインとし、史実で起こったイベントとファンタジー世界で起こったイベントを足し引きして決めるのが良いでしょう。

 前に書いたように小麦よりも生産効率の良い作物があるなら村あたりの人口は増え領土は縮小されます。



・職業人口の決定


 さて、では最後に質問にあった"専門職であったであろう弓使いがどれほどの割合でいるべきなのか"というのを考えてみたいと思います。


 結論から言ってしまえば、"やはり状況による"でしょう。


 極端な例を出すと、クレシーの戦いではイングランド軍には8000強のロングボウ兵がいたと考えられています。しかしこのロングボウ兵は農民に訓練を課して兵士にしたものです。


 金銭的な余裕なく当時の最新兵器であるクロスボウを十分な数用意できなかったイングランド軍は、農民に労働の他に訓練を課して射撃兵をかけ集めたのです。因みにフランス軍は6000のクロスボウ兵がいたようなのですが、これはジェノバの傭兵部隊です。領土外から兵士を招いたわけです。


 当時のイギリス人口の推定値は出ていますので、ここから弓兵の割合を知ることができますが、ロングボウの話は"必要になれば増える"ことを示唆しているとも言えます。これは弓兵に限ったことではありません。専門職の数は必要に応じて変わるのです。


 現代の生活でも同様で、必要性の高い、つまり儲けが大きい専門職は常に一定数供給されます。需要が増えれば賃金もあがり参入も増えることでしょう。需要と供給のバランスがあるのです。


 生きるか死ぬかの決断を常に迫られている領主は必死に対応策を練ります。その選択と災害や技術発達などが合わさって、数は決まっていきます。



 ファンタジー世界に置き換えるのであれば、空を飛ぶモンスターが多い地域であれば、冒険者は全員が弓のスキルを学んだことでしょうし、もし鱗があつく矢を通さない爬虫類や鉱物系のモンスターが沢山生息する地域なら、槌を手に取ることでしょう。


 これはプロローグで書いた通り、生物が病原菌に対して抗体を持つようなものです。


 ある程度のガイドラインを踏み越えた数でなければ、必要に応じて増やしていいのだと思われます。


 例を上げるならば、定期的に鳥モンスターの大規模襲撃があるという一文をいれてしまえば、500人の村で子供と老人を除く300人の弓使いを産出することだってできます。この村には男女問わず幼いころから弓矢で遊ぶような環境が作られているかもしれません。

 主人公の出身地であるその村が物語序盤で大規模攻勢によって滅ぶとき(主人公が旅に出るため村には滅んでもらいます)、現役を退いた老人達が弓を手に無双する展開まで作ることができます。



 すべては設定次第です。

 それでももし史実古代、史実中世に存在した具体的な弓兵の割合を出したいのであれば、先ほども書いた通り戦闘に参加した弓兵の数とその軍の指揮官の領地の人口を調べれば、知ることができることでしょう。だいたいは事実と推定と伝説が入り混じってしまった数字ではありますが。

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