番外編3 主人公の錯覚と民主主義の弱点

 私たちは無意識のうちに、"自分たちは今時代の先端にいる"という考え方をしています。現代は最も進んだ生活、技術、そして社会制度を持っているのだと。自分たちより先に生きる人の記録がないのだから、それは当然のことです。


 しかし歴史を見ると、どの時代の人々も"我らこそが新時代を担う者たちだ"と思っていたのではないかと感じる時があります。

 遠くから流れてきた見たことも無い品や新しい技術、文化、そういったものが生み出されていくのを見たときは、"あぁ人間の技術力はここまで来たか"と実感することでしょう。


 そんな彼らの人生も今では記録テープの一巻にすぎません。そして我々もそうなることは明白でしょう。


 遠い未来、例えば500年後程度に我々の思想は未来人の中でチンパンジー扱いをされているかもしれません。そう考えることはできないでしょうか。


 例えば、少し昔の、時代設定が未来や宇宙の作品を見ると、近未来的な空間なのにブラウン管っぽいモニターを使っていたり、VHSやMDのような記録媒体が登場したり、巨大ロボットが戦う傍らでガラケーが使われていたりします。

 少々滑稽な様子だと感想を持つのは今だからできることでしょう。



・人々の価値観と主人公の価値観

・現代価値観とファンタジー世界の価値観との衝突

・民主主義の弱点

・価値観の行く末


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・人々の価値観と主人公の価値観


 我々は長い時代の中で、先人たちが様々な形態を吟味選択し、作り上げ、改良してきた枠組みの中で生きています。


 国の社会体制といっても様々な要素があるのです。そのルールやシステムのパーツは膨大で、例えば小説で描写しようとしても、とても一人で考えきることなどできるはずがありません。

 小説を書く人の多くは法律の専門家でもないし、政治や経済に関する学者でもないのです。また、読む人も同様です。


 そこでなにが起こるかというかと、我々が生きる社会が持っている体系の流用が始まります。これは、ある程度必要なことで、必然的な流れです。

 しかし、その内容が明らかに世界観にそぐわないであろう、と思えるものが多々あるのは問題です。


 いかんせん我々は自分たちがもっとも優れた時代にいて、優れた技術や思想を持っていると思いたがるのです。

 進んでいる国の描写には現代日本が持つ様相に近しいものが書かれるし、遅れた社会は自由がない規制された様が描かれるのです。



 現代から日本人が転生すれば、当然民主主義、特に立憲民主主義こそが優れていると無意識に思うことになります。

 そして最も進んでいる例として彼等が挙げるものといえば、「猛スピードですすむ馬のついていない鉄でできた馬車」だとか、「動く絵が見れる箱(今では箱も時代遅れになった)」だとか、「離れている場所でも会話できる機械」だったりします。


 いや、別にそれが悪いといっているわけではありません。

 しかし自分が生きている世界こそが至上であって、過去の時代に生きる人々より優れているなどと、安易に思ってはいけないのではないかと思うのです。



 話はずれますが、テレビの使い方や車の存在を知っていて、その恩恵を享受できる社会にいたという事がそんなに特筆すべき長所なのでしょうか。

 それは我々が馬鹿にしがちな貴族の特権意識と何ら差はありません。


 もし誇れるものがあるとしたら、その中で育った"恐らく先進的であろう"考え方や価値観だけです。


 例えば、車やテレビなどは、確かに感心すべきとんでも技術の塊なのだろうとはおもいます。筆者のような文系出身者にとってはどこがどう凄いのかすら、正確に把握することはできません。その技術力こそが注目され称えられる描写は多いのではないでしょうか。

 しかし私個人としては、「時速60キロで鉄の塊が走っても事故を起こさない」という街づくりに目を向けたいと思います。


 街とは集団の生活の場です。

 つまり全員が全員、"町の中をとんでもないスピードで駆け回る鉄塊の存在"を容認している、というわけです。


 この状態に行き着くまでは社会として、長い時間と努力が必要です。

 例えば車を容認しない町は、混み入った道路を持っていたり、歴史的な価値のある建物を多く持っている地域が挙げられます。自転車が主な移動ツールとなっている地域でも、車は自由に走ることができません。

 文明の利器を問題なく享受できる社会づくり、というのは一朝一夕にはできないのです。その社会自体も、その文明の持つ遺産、成果なのではないかと思います。

 閑話休題。



・現代価値観とファンタジー世界の価値観との衝突


 社会としてみたときに、今は国際的、標準的な人権の観念と、流通システムが出来上がっています。その結果、人々が同じ土俵で活動をすることこそが尊いという価値観が育ってきているように見えます。

 先進国は帝国主義の負債を支払おうと躍起になっているようにもみえます。


 そんな思想が"最も進んだ我々が持つ価値観"なわけで、最先端で洗練されたものであるとしばしば誤解されがちです。


 歴史に登場する多くの人間たちの行動は、素直に納得できるものではありません。


 しかしファンタジー世界は、その納得しがたい価値観を持つ人々が暮らしていることが多いと言えます。


 結果として、創作物の中で我々と近しい価値観を持つ登場人物たち、特に主人公が行動すると、社会に似合わない平等を振りかざしているように見えてしまうという現象が起こるのです。


 また奴隷に対する嫌悪であるとか、宗教や貴族といった我々になじみのない、言ってしまえば旧時代的な機構を持つ者たちへの侮蔑が、物語の進行においておおきなカギとなっている場合も多いでしょう。



 このページまでを読んでいただいた方々はお分かりだと思いますが、奴隷も宗教も貴族も、必要だからそこに存在しているに他なりません。


 もしこれらに対して否定的な描写を入れたのなら、その小説のテーマは自然と統治体制の崩壊、という面が書かれることになると思います。

 なぜなら悪く書かれるということは、それらが社会に置いて自らの責任を果たしていないということになるからです。


 たとえば密輸を行う商人だとか汚職に塗れる官僚だとか、そういったものは社会という枠組みの中で、本来の役割を正しく果たしていない言えます。聖職者が俗世の欲の中で生きているとしたら、教会の権威は失墜することになります。


 その社会で生まれている職業は、その社会に必須の役割を持っています。

 それが腐敗していれば、社会を崩壊させる原因となるのです。


 彼らありきで社会のあらゆる法や制度が定められているのに、それらが機能しなくなったら社会が上手く回らない、というのは容易に想像できることです。



 あらゆる職業、社会階級は例えるなら道路やガス管のようなものです。

 それらは後世から見たら、危険なシステムで今にも大事故を引き起こしかねない、時代遅れなものかもしれません。しかし現状は、多少の問題を引き起こしつつも人々の暮らしになくてはならないものなのです。


 統治体制とはインフラのようなものです。後ろで威張るばかりで働きもしない貴族がいる場合、その社会はまもなく終焉を迎えるということになります。


 よってみだりに批判したり、否定するような描写をしていては、その社会全体の在り方を否定していく流れになってしまうことでしょう。つまり、統治体制の崩壊がテーマになってしまうのです。そんな物語を主軸におくファンタジー世界は、その描写と比較して少数ではないでしょうか。



 もし役割につく人々がそれぞれ己の仕事を全うしているという状態に、主人公が押し入っていって旧時代だと指摘したとして、現場に生きる人々の誰が賛同しえるでしょうか。


 職業やシステムなどといった世界に根付いたものを糾弾するというのは、それなりの状況が手元に揃っていなければ難しい、ということは不自然なことではありません。


 私たちが異世界に転生した際には、よくよく社会を観察して、彼らの生活を理解しようと努めなければならないでしょう。

 

 そこには何万という人々が、それぞれの歴史の中で作り上げてきた国家体制があるのです。

 ポッと現れた青年が、進んでいる(と思われる)知識や驚異的な力ですべてを問答無用に覆していくようでは、それは暴力と一緒です。多くの人の職や安定した生活を滅ぼすというのは、無差別テロと同様です。


 宇宙人や未来人が我々から電気ガス水道を、危険だから、野蛮だからといって一方的に奪うようなものかもしれません。あなたはそのような事件があったとして、どのように感じるでしょうか。



・民主主義の弱点

 

 私たちは民主主義こそが至高の国の在り方であると思っていますが、本当にそうなのでしょうか。その問題点について考えていきたいと思います。



 民主主義は人1人の持つ力ができうる範囲で、最大限に強まった社会制度といえることでしょう。集団の方針を決める際に、決定にかかわる人数がどんどん多くなっていき、結果的に今の社会になったのです。


 一般人が国の政治に参加するというのは、よく考えればとんでもない話です。

 我々は一票に責任を持たなければならないと、責任なく教えられます。


 一人一人が部族社会でのリーダーのように、「この先どうするか」という事を真剣に考え、悩み、決断を下した結果の選択が、今の国の在り方なのです。

 要するに、国民全員が運営に参加する、中世の領主のような立ち位置です。民主主義は決して「個人の責任を分散し無責任である人が居て良い社会」を生み出すための制度ではありません。


 当然領主がうっかり選択をミスすればその家は滅んでしまいます。それを防ぐためにその家では領主の子息にはたっぷりと教育を施すし、何人か子供をつくってあらゆる事故に備えます。


 よく見る描写です。

 同じように育てられたのが、まさに我々であり、そうでなければなりません。



 現状はさておき、民主主義とはそういったシステムという事ができます。

 つまり国民全員がレベルの高い教育を受け、高度な思考水準をもっていること、という非常に耳が痛い前提があるのです。


 国民が聡明で真剣であるという前提条件がなければ民主主義は脆いといえます。


 これは重大な弱点です。

 たとえば官僚制を取ることで爆発的に発達してきた中国と言う文明は、なんどもその官僚の腐敗によってその身を滅ぼしてきました。前提条件や必要なパーツが揃っていなければ、力になるどころか毒になるのです。



 こういった背景があるゆえに、ファンタジー世界に民主主義をかざして突撃しても、全くうまくいかないだろうと思うのです。

 環境によって適した制度は変わってきます。


 現状完璧な社会制度などありません。

 以前、エルフは実は少人数でも生きていけるほどの高度な社会を築いているのではないかと書きました。

 彼等のもつ社会体制がいかなるものかは実例がないのでわかりませんが、民主主義の次にあるものはそれかもしれません。



・価値観の行く末


 また、人々の価値観という面ではどうでしょうか。

 太古では沢山の獣肉を得ることが大事でした。

 次に農作業が始まれば、効率よく作物を生産したり、計画的に貯蓄できるものが優位に立つことになります。

 やがて中世になれば土地の奪い合いが始まり、近世になると確立した領域を守りきるために、血が尊重されるようになります。

 近代が始まると個人の思想や才覚に重きが置かれるようになり、社会の成果として奨励されるように進みます。

 現代ではそれを如何に物品、ことどうやってお金に変換するかということが問いただされるようになったのです。

 

 ではこの先どこに行きつくのでしょうか。

 昨今人工知能が騒がれています。


 数々のボードゲームの世界では、人間の様々な要因から成り立つ"直感"、というものが"学習"に敗北し始めています。

 人工知能やロボットに仕事を取られる、というネット記事は人気です。


 数多くのSF物で見ることができる、人工知能が人間を統治する世界、というのも現実味を帯びてきたのではないでしょうか。そんなバカなと言えないのが、今の世の中の有りようです。


 そんな中で何が重視され、価値がある物として重宝されるのでしょうか。


 

 今の環境に身を置く私は当然想像することしかできないが、おそらく人間を人間たらしめるものはなにかという観点から、肉体だとか、感性だとか、そういった原始的なものを再確認する流れになるのではないかと考えています。


 例えば、将棋では人工知能の力は上がりましたが、相変わらず棋士の活躍はメディアを賑わせています。

 そうすると、五感や三大欲求などの、人間を形作っている感覚を実感することがありがたがられるようになるかもしれません。


 そして果ては宇宙世紀の新人類的な、ああいった悟りだとか新境地というもの、つまりはロボットや人工知能が到達できない場所の探求、という観念がテーマになるのではないでしょうか。



 もしくは少子化が進み、そのサポートをロボットが担当することになれば、生命そのものこそが尊ばれる時代になるかもしれません。


 とにかく、私たちが生きているうちにその変化が行われるかは分かりませんが、時代によって尊ばれるものというのは変わっていくのです。



 ファンタジーの魅力はそこに生きる人々の文化や価値観を体験、観察し、味わうことができるところにあります。


 中世という時代に加え、魔法にモンスター、神までいるのです。現代日本ではとても経験できない事柄が、山のように転がっています。まるで大容量のオープンワールドゲームです。

 広大な世界を垣間見た時の高揚感を持つことを、まだ許されています。


 これからもたくさんの魅力的な物語が生まれることを願っているし、それに運よく出会えることも楽しみにしたいと思います。



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【追記】

 以上、ここまでが大きく分けての第1部となります。連載当初の予定ではここまでで終わる予定でしたので、今後ここまでを本編と呼んでいます。

 本考察そのものは3部構成ですので、今後ともよろしくお願いいたします。


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