第127話 誕生、準騎士セージと花嫁アニアス
エッソス城謁見の間。
玉座と置かれた蛇の絡みあう彫刻を施されたソファクッションを縫い付けられた椅子に座るノアキア・エッソスは、一段高くなった床に置かれた樫の木のテーブルの前に座り、草色のカーペットを道と敷かれた上にノアキア男爵の前に跪く男女を見下ろして満足げに微笑んでいた。
男の名はセージ・ニコラーエフ。身の丈2メートルを超える巨躯の戦士。その背後にはスクーラッハ寺院最高責任者のバーサック神官長。
女は盗賊ギルド幹部の一人にして金髪に褐色の肌の美女アニアス。その背後には彼女の父にして盗賊ギルドのギルド
ノアキア男爵の左側には、花の彫刻を施された椅子に初老とはいえ美しい女性が腰かけてノアキアの横顔を楽し気に見つめていた。ノアキア男爵の妻、マリエ・エッソス。背中まで伸ばした深い栗色の髪を髪飾りで肩の高さまでふっくらと折り畳み、緑と白の配色のドレスに身を包んだ大人しい感じの女性だがコラキア領の内政を取り仕切る聡明な男爵夫人だった。
ノアキアが彼らの前にひれ伏す面々に優し気に声を掛ける。
「各々、面を上げよ」
四人の男女が寸分違わず顔を上げると、ノアキアは立ち上がり右後背に控える騎士ガッシュに向かって振り向きもせずに右手を上げる。
ガッシュは物言わず、背後の壁に飾られた鹿狩りの様子を彫刻された鞘から銀の剣を引き抜いて刃を両手で丁寧に持つと剣の柄をノアキアの右手にそっと差し出す。
ノアキアは銀の剣を右手に握ると一度眼前に構えてすっと正面に平行に差してセージに声を掛けた。
「セージ・ニコラーエフ、前へ」
領主に呼ばれて、セージはやや面倒くさげな顔をしながらも素早く立ち上がると大股に数歩歩いて団を上がり、横に長いテーブルを挟んでノアキアの前に立って軽く頭をたれた。
真剣な眼差しでノアキアが銀の剣の切っ先をセージの左右の肩に触れる。
「この者の剣は王国を守る。この者の盾は王国の民を守る。
そして、切っ先がセージの眉間に向けられ、マリエ夫人の左後背に控えていた女騎士メレイナが凛とした声を上げた。
「コラキア領、領主、ノアキア・エッソス様による誓約である! 宣誓を!」
セージは微動だにせずに半眼で頭を垂れたまま低く、重い声で宣誓した。
「我が剣はコラキア領を守り、我が楯はコラキア領民を守る事を約束する。我が誓いは王国の為に」
ノアキア男爵はおおらかに笑うと力強く頷いて銀の剣をセージの頭にそっと翳して宣言する。
「セージ・ニコラーエフ。貴様をこの日、この時より、ノアキア・エッソスの名においてトーナ王国準騎士として任命する。新たな騎士の誕生を、ここに宣言するものとする!」
左右に控える兵士長たちが一斉に剣を両手で正面に構えて天に掲げ、声高らかに叫んだ。
「「「「「新たな騎士の誕生に!」」」」」
「「「「「セージ・ニコラーエフに祝福を!」」」」」
ノアキアが銀の剣を右腕だけ後ろに向け、ガッシュがそれを粛々と受け取って壁の鞘に納めると、ノアキアが両手を左右に広げて楽し気に大きな声を上げた。
「さあ、次は婚礼の儀だ。皆の者、宴の支度をせよ!」
「「「「「宴を!」」」」」
「「「「「宴を!」」」」」
「「「「「宴を!」」」」」
兵士長達が叫ぶと、使用人達が謁見の間に雪崩れ込んできて長テーブルを、椅子を、料理を手際よく並べだした。
セージとアニアスの結婚式を立て続けに上げるためだ。
セージは姿勢を正すと一段上がった床から、ノアキアの前から謁見の間を見渡してため息を吐いた。
「えい、クソ・・・。なんだってこんな面倒な・・・」
「そういうな友よ。アニアスには一応王族の血が流れているのだしな。何より、私の可愛い姪っ子のようなものだ、このくらいは祝わねばな」
何食わぬ顔で不機嫌なセージを楽し気に眺めて言うノアキア男爵。
セージは呆れるように言った。
「表立っては隠してきたんじゃないのか、今更だが」
「祝うくらいよかろう。いい加減覚悟を決めるのだな」
「覚悟・・・覚悟か・・・」
深くため息を吐いて、複雑な顔をするセージ。
それまでずっと見守っていたマリエ夫人がそんな大男に優しく声を掛けた。
「守って差し上げなさい。それが男という物ですよ」
「承知しております。奥方様・・・」
「そうかしら? それならばよいのですよ」
にっこりと慈愛の笑みを向けて来るマリエ夫人がセージは苦手だった。
それにしてもハーピーのラーラと所帯を持っているというのに、王族といきなり知らされた女性を妻に迎えるというのはセージにとっていくつもの背信行為をしてしまっているようで気が滅入る気分だ。
(本当に、この選択は間違っていないのだろうか。そもそも俺が何者であるか、俺自身解らなくなってきているというのに・・・。ナターリア皇女・・・)
かつて、大槻誠司が転生する前の誠のセージ・ニコラーエフが愛した女性を思い出し拳を強く握る。
宴の支度が進む中、彼の右にやって来たアニアスが彼の右手を両手で包み込んで嬉しそうに見上げて言った。
「悩まなくていい。あたしが望んでたことだ。お父様も叔父上も祝福してくれている。これからはあたしの事もちゃんと見ていておくれよ?」
「わかっている。わかっているよ・・・」
セージはアニアスに、悩みながらも精一杯の笑みを向ける。
そして彼女の肩をそっと抱いて浅くため息を吐いた。
(これで幸せに、などと平和な世界じゃない。アニアスと結婚するのは彼女を間近に置いて守るためだ。アニアスを、天神サーラーナの巫女を狙うのが誰だか知らないが、必ず思い知らせてやる・・・)
セージは半ば終わってきている宴の準備を見守ってアニアスを抱きしめる力を込めて、新たな誓いを胸に立てた。
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