第124話 転生隠者は護り手と目覚める、その12

 送り火を取り囲む人の踊りの輪の中。

 女神役の娘の数は東西南北合わせても13人。に対して父神アルカ・イゼス役の男の数はその4倍近くに登る。女神役の娘に男達が求婚を迫るのが祭りの醍醐味でもあるからだ。

 その大半は、カップルが出来ることを祝うよりはあえなく撃沈する姿を笑う方を期待している。

 アニアスの周りでも、名前も知らない娘達に告白しては女神役の娘達が手にした墨棒で顔に落書きされて断られ、踊りの輪の中に逃げ込む男達が後をたたない。

 もっとも既に半分はカップルが成立しており、アニアスの前にも六人の白いローブに身を包んだ青年達が彼女の前に跪いて右手を胸に、左手を差し出して求婚を迫って来ていた。


「アニアスさんっ、ずっと好きでした! 是非この手を取ってください!!」

「アニアス、君が盗賊ギルドの娘だって構わない。俺がきっと足を洗わせてやる!」

「おお、麗しき乙女よ、貴方よどうか私の傍に居ておくれ」


 一人の声もアニアスには届かない。

 皆、彼女の目と肌の色が普通と異なる事に興味を持ち、またアニアス自身が美女であるが故に言い寄って来ているだけで、アニアス個人の人柄を知りもしない連中だ。


(コイツらはよく知りもしないで、どうしてアタシが好きだって言えるんだ。いや、そういう祭りだからか。サーラーナ役の娘と一時でも結ばれればそれだけで箔がつく。そんなものは女の間では全く役に立たんが・・・)


 アニアスは誰の手も取らず、踊り子姿で形の良く大きすぎない胸を強調するように腕を組んで素っ気なく周囲を見渡す。

 彼女の待ち人、セージ・ニコラーエフが間に合う事を期待して時間が過ぎゆく。

 六人の求婚者に跪かれ、右手を差し出されてどの男の顔も興味ないと少し離れた人込みを眺めてため息を吐いた。

 アニアスを囲む男達は誰も彼もそれなりに色男に入るだろう年頃の娘達に放っては置かれないだろう者達だったが、彼らの言葉はこの祭りの為だけに用意されてきた上辺だけの愛。

 想い人のいる娘の心に響くはずもなく、早く祭りが終わらないかと苛立たし気に送り火と燃やされた背後の山車を見上げる。

 と、送り火を囲み踊ったり囃し立てたりしていた人混みが一か所割れてざわめきが起こった。


『お、おい! 押すんじゃねえよ!?』苛立たし気な怒鳴り声。

『え? 誰? これから混ざるの?』困惑する少女の声。

『やだー! おもしろーい! 恥知らずー!』町の外から流れてきた冒険者の娘の興味深げな声。

『お、おいっ、あれ、森の隠者じゃねぇか!?』怒りと恐れの混じった男の声。

『な!? 祭りを台無しにする気か! おい誰か止めろ!?』

『あほうか! 人喰い熊を素手で倒すような戦士をだれが止められるんだよ!?』


 騒ぎが耳に入り、驚いた顔でそちらに向き直るアニアス。

 求婚する男達も気付いてか跪いたまま振り返り、白いローブに身を包んだ身の丈2メートルを超える傷だらけの巨躯の戦士を呆然と眺めていた。

 知る人ぞ知る、コラキア最恐の隠者と言われた男。

 現在はコラキア冒険者ギルドの長となり、権力を振るう畏怖の対象セージ・ニコラーエフ。

 しかし、アニアスはコラキアでも指折りの美少女だ。戦士然とした傷だらけの男が祭りでまで暴力を行使するほど愚かではないだろうと、アニアスに求婚する男達は体を起こすと壁と立ちはだかった。


「まてまて! 後からきて何様だっ」

「今は大事な儀式の途中なんだぞ、引っ込んでろ!」

「ねぇ、ぼくさ、そうやって力を振るえば周りが怖がるとか思いあがってる人嫌いなんだよね」

「下がれよ!?」


 口々にセージを罵る。

 セージはいつもならひと睨みして黙らせる所だが、今はアニアスだけを見つめて他の男の事は意識の外に無視していた。

 それでも、強引に前に出ようとはせずに男達の壁の前に立ち尽くす。

 強面で控えめな態度に気分を良くしたのか、男達が不満をまくしたて始めた時、それまでじっとお立ち台の上で腕組をして男達を見下ろしていたアニアスが周囲より半歩高いお立ち台から降りて男達を掻き分けてセージの前に進み出る。

 いったいどんな結果になるのかと、事態に気付いていた外野が騒ぐのをやめて徐々に大人しくなっていく。

 左右に掻き分けられて驚愕する男達の壁を無視して、アニアスはセージを見上げて睨みつけた。


「いつまでそうしてるのかしら? 恐ろし気な大男」


 ぐっと歯を食いしばってアニアスを見下ろし、セージは何を思ったのか大股で送り火に歩み寄り、身を投げるのではないかと外野から悲鳴が上がる。

 セージは送り火の縁で力いっぱい拳を振り下ろして火の粉を高く上げた。バラバラと火の粉がセージに降りかかり、白いローブが煤だらけに汚れてさらに悲鳴が上がった。

 意にも介すことなく、セージは何事もなかったかのようにアニアスの前へと歩み戻ると、徐に跪いて頭を垂れる。


「戦うしか取り柄はない。貴様にふさわしい男になどなるつもりも毛頭ない。いらぬと思えば捨ててくれて構わん」


 自分を卑下する男の言葉にじっと耳を傾ける金髪に琥珀色の瞳、浅黒い肌の美女は次の言葉を待って静かに見下ろしていた。


「今回、俺は貴様を隣で守ってやることが出来なかった。そんな俺が・・・」


「何だっていうんだい?」


 言葉に詰まるセージを促すサーラーナ役の美女。

 セージは一度右に顔を背けたが、すぐに顔を上げて強面に似合わない泣きそうな目で彼女の眼をまっすぐに見て言った。


「俺の傍にいろ。俺に守らせろっ。いつか貴様にふさわしい男が現れるまで、貴様の傍に、いさせてくれ・・・」


「ぷっ・・・」


 セージのセリフが面白くて思わず吹き出すアニアス。

 羞恥から顔を赤くして怒り出しそうになるセージを楽し気に見下ろしてアニアスが跪き、彼の右手を両手で包み込むように胸元に手繰り寄せた。


「やっと振り向いてくれたね?」


「な、に?」


 セージの手を引いて立ち上がり、立ち上がらせてその胸に飛び込むアニアス。


「捕まえたからな! もう離さないからな! あたしにふさわしい男が他にいるもんか! あんたはあたしの夫だ、あたしのものだ、あたしはあんたのものだ! でも、まだ大切なセリフを聞いてない。あんたの口から言っておくれ!?」


 期待に満ちた笑みを浮かべて熱い視線で見上げて来るアニアス。

 しばし圧倒されてその瞳を見下ろしていたが、セージが大きく息を吸い込んで口を開き、やや置いて奥歯を噛み締めて重苦しい声で言った。


「俺と・・・結婚してくれ。アニアス」


 アニアスは彼の言葉を耳に焼き付けるようにじっと言葉を脳裏に焼き付け、一呼吸おいて彼を力一杯抱きしめ、熱いまなざしで応える。


「・・・はいっ!!」


 求婚していた男達が蚊帳の外と目を丸くしてその場に膝を落とし、成り行きをじっと見守っていた外野がわっと色めき立つ。


『3年ぶりの祭りプロポーズだー!』

『おめでとーーーーー!!』

『すげー、絶対無理だと思ってたのに!』

『久しぶりの求婚成功だー!』

『めでてーやめでてーや!!』


 騒めく人混みを見渡し、赤面する二人。

 セージはそこからどうするべきか悩み、結局解らず、ただアニアスを抱きしめた。

 祝福される中でキスされることを期待していたアニアスだが、そんなセージの不器用さに残念そうに微笑むと彼女も抱きしめ返して応える。

 送り火が煌々と空を照らす祭りは夜通し続き、祭りに熱をあげる人々に囲まれて町の中央広場に作られた宴会場まで強引に連れていかれるセージとアニアス。

 カップル成立を果たした者達だけが座れる主賓席にセージとアニアスは座り、祝福のワインをと人々が代わるがわる杯を満たし、セージは戸惑いながら、アニアスは満面の笑みを浮かべてワインを飲み干して行った。

 いつしか祭りの熱は異様な熱気を帯びて主役達はやがて忘れられ、賑やかな宴会が夜通し続いていく。

 アニアスが攫われたなどという事件が無かったかのように。

 空が明るみを帯びてくるまで、幸せな時間は延々と続いて行った。





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