第123話 転生隠者は護り手と目覚める、その11

 クソが・・・普通、父親だったら既婚者の男に娘を押し付けるとかあり得んだろう!

 何が天神サーラーナの神子だっ。アニアスがそうだという根拠は!

 いや、彼女が二十年前の伝説の通り王家から逃がされた子供だというのが本当なら、そうなのか・・・?

 いや、待て。

 そもそも俺は女神グリアリスの神子を守るために戦ってきたのであって、サーラーナの守護者になど・・・。それでは彼女を、ナターリア皇女を裏切ることになる。俺はサーラーナの神子の守護者にはなれん。

 それに、今の俺にはラーラがいる。魔族との戦など知った事か。俺には守らなくてはならない家族がいる。他の女にかまけている余裕など・・・。


 余裕・・・。


 そんなものは無いが、何故俺はアニアスを必死になって追いかけた・・・。


 解らん・・・。だが、いずれにしても、俺のすべき事はアニアスへの求婚ではない。あの娘には俺なんかよりもっとちゃんとした男がいるはずだ。俺なんぞが隣にいていいはずがない・・・。


 俺には、

 もう、

 家

 族

 が

 い

 る

 の

 だ

 か

 ら





「心は決まりましたか、我がマスター」


 コラキアの三大権力者にそそのかされて曖昧な返事で濁そうとしたセージだったが、いつもは「私だけを見て」とのたまうジェリスニーアの異様な張り切りで手を引かれて祭りの終着点である郊外の山車に点火する開けた土肌の露出した場所まで連れてこられていた。

 そこはコラキア近郊の農家の畑で、新年度を祝うこの祭りの送り火に選ばれるとその付近は豊作が約束されるという言い伝えがあり、実際には天候によるのだが畑を所有する農家は送り火の地に選ばれる事を名誉に思っている様子で、まさに送り火と点火された燃え盛る山車を囲んで多くの住人や観光客が踊り唄いはしゃいでいた。

 ジェリスニーアがセージの手を引いて言う。


「各区の山車が燃える前では、女神役の娘達が男性からの求婚を待っております」


「だから何だ」


 自身よりかなり小柄な少女(に見える人形)に手を引かれながらぶっきらぼうに答えるセージだが、求婚と聞いて内心は穏やかではない。

 その心理が働いたのか、手汗を感じながらジェリスニーアはイタズラっぽく微笑んで顔だけ振り向かせる。


「アニアス様はサーラーナ役だったそうです。サーラーナは毎年すごい人気なのだとか」


「ちょっと待て、最近起動したばかりの生人形リビングドールがなぜそんな情報を持っている?」


「大破して機能停止しんでしまった姉のデータバンクにありました。次回は私も山車に乗りたいものです」


 そして、セージを引っ張る力をより強くする。


「本当はちょっと妬けますが。これも勇者力を持つ者の運命なのでしょう。ですが、どうかセージ様。我がマスター。あなたの心の正直なままに行動なさって下さい」


 セージ・ニコラーエフは迷っていた。

 頭ではラーラだけを愛すると宣言していても、やはり心のどこかにアニアスがいるのだ。

 そして、転生者である大槻誠司はそのセージ・ニコラーエフの秘めた想いに戸惑いを隠せない。

 自分が魂が、大槻誠司とセージ・ニコラーエフの混ざり合った物だとしても、そこにある想いが本物であると自信を持って言えるだろうか。

 ラーラとは、状況の流れで肉体関係を持ってしまった。それは大槻誠司の心の弱さであっただろう。それでも、アルア、ビーニ、チェータという娘達を通してラーラとは夫婦の関係が築けている。そこにある絆は本物だと自信を持って言える。

 だが、意識的に距離を置いて来たアニアスに対してはどうだろうか?

 セージの記憶を掘り起こせば、アニアスと初めて会った時に恐らく一目惚れしているのだ。

 当時、五年前といえば、彼が長く付き従い守って来た、相思相愛であった皇女ナターリアを失って自暴自棄になっていた頃。セージは自身のその感情を憎悪して荒れに荒れた。町では揉め事ばかりを起こし、アニアスから迫られた時には散々に侮辱した挙句に西の山中の森に逃げて隠者生活をする始末。


(今更・・・。こんなものはただの道化ではないか・・・)


 自分が傷付くのを恐れている。

 そんなものは下らないプライドの問題だからいいだろう。

 だが、こんなちっぽけな自分が、アニアスに告白などしていいのか?

 ラーラを、娘達を裏切ってまで?

 何度も足を止めそうになる度に、彼の手を引く生人形リビングドールのジェリスニーアは叱るように手を引く力を入れてくる。


(俺に愛されたいとのたまうロボットが、どうしてそこまで俺をアニアスにくっつけたがる・・・?)


 生人形は、そんなセージの心を読んだかのように振り向きもせずに言った。


「我がマスター。聖女を守る運命を背負っているのは我がマスターだけではありません。私達対魔アンチデーモン戦人形ワルキューレも一緒です。だからといって私が貴方様をお慕いする事に何の揺るぎもございません。たとえ貴方様の想いが他に向こうとも、私は生涯貴方様を愛し続けます。しかし、それとこれは別です」


 ジェリスニーアは一度言葉を切って送り火を囲んで歌い踊る人混みを掻き分けながら続けた。


「聖女が一度に二人も同じ時代に現れた。そして、そのうちの一人は魔族の手にかかって失われてしまった」


「魔族だと・・・?」


 セージを、ナターリア皇女を亡き者にせんと背後から刃を向けて来た第一皇子を思い出して憎悪が込み上げてくる。

 ジェリスニーアは厳しい顔で振り返って緑色に光る美しい目で睨みつけて言った。


「魔族は人です。人の心に巣食う暗闇の使徒の意思。暗闇の使徒の意思に侵食された人間は魔族へと落ちます。が、その姿が歪に変化する事はありません。【人】として当たり前に隣人として存在するのです」


 セージはジェリスニーアの言葉に恐怖した。

 多くのライトノベルでは、魔族に転身した人間は角が生えたり肌の色が変わったりと何らかの影響を受けている。影響なく精神の変質だけでそこに存在すると言うのであれば、どうして敵と見分けられる事が出来ようか。


「それを見分けられるのが聖女と、聖女の魔力を基礎ベースに開発された私達戦人形ワルキューレです。ロレンシア帝国はきっとずっと昔から魔族によって支配されていたのでしょう。魔族は闘争を好みますから。そして、聖女として成長して力をつけて来た少女がいよいよ邪魔になって来た」


「だから、ナターリアは殺された・・・?」


「その聖女に忠誠を誓う戦士達も。もちろん、聖女と愛し合う男も。つまりセージ様、貴方は聖女共々暗殺されるべき対象だったと言う事です」


 歌い踊る人混みを掻き分けながら進むが、祭りの熱に絆されているためか人混みを割って進む存在が山の隠者、荒くれ者のセージと気付く者は少なく、また、美しい娘に手を引かれる困り顔から誰も脅威に感じずに道を譲られていた。

 あと十数メートルで女神役の娘達と、求婚を迫るであろうアルカ・イゼス役の男達が集まる送り火に近付く。


「だからこそ、貴方の死を悲しんだ聖女ナターリアは最後の奇跡チカラを使って貴方を転移させ、新たな聖女の守護者と今世いまに残したのです。そして、貴方様とアニアス様の間に確かに絆は生まれた。たとえそれが偽りの感情だったとしてもセージ様。貴方は彼女を守り抜かねばならないのです。それが、運命というものです」


 セージが立ち止まる。

 困惑した、今にも泣きそうな大男に、ジェリスニーアは右手で彼の手を引いたまま左手で頬を叩いた。


「お心を確かにお持ち下さい。貴方の魂は、異世界の貴方と融合させてまでこの世に繋ぎ止められた。果たさねばならない運命が残っているからに他なりません。どうか・・・」


 言葉の途中でジェリスニーアが思わず顔を歪め、右目から魔力液イコルが涙のように零れ落ちた。

 ハッとしてジェリスニーアを強く抱きしめるセージ。


「ずるいぞ・・・それは・・・」


「目の前で貴方を他の女に取らせる辛さが判りますか・・・?」


「・・・すまん・・・」


「このまま逃げてしまいたい。だけど、私も貴方も背負ってしまったんです、運命を・・・。どうかお逃げにならないで・・・」


「・・・わかった・・・。辛い思いをさせる。許して欲しい」


「・・・はい・・・」


 彼らの抱き合う姿に気付いた幾人かがやんややんやと騒ぎ立てるが、祭りの喧騒に掻き消されて二人は気付かない。

 セージはジェリスニーアを抱きしめる手を離すと、繋がれた彼女の手をそっと離して送り火に力強く向き直った。


「すまん、ジェリ・・・。俺は行く」


「はい、我がマスター・・・。他の男に負けないでくださいね?」


「さてな。俺みたいな醜い男に振り向く女がいるとも思えんが」


「アニアス様はそんな貴方様を見ておられます」


「・・・そうかな・・・」


 寂しそうな笑顔浮かべて、セージは今度こそ自分の意思で歩み始める。

 そんな傷だらけの大男を勇者と付き従う生人形は、両手を下腹部の前に控えめに組みながら毅然とした足取りでその後を追って歩いて行った。




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