第122話 転生隠者は護り手と目覚める、その10

 中央広場はとても広い円形の公園になっている。

 コラキアの東西南北におよそ均等に広がる街並みの中心地に位置する円形広場は、直径5メートルの噴水が備えられ、石細工の大きなスクーラッハ女神像の抱える水瓶から湧き水がそろそろと流れ落ちて中を透明度の高い水で満たされていた。

 そして、噴水の四方には排水の溝が彫られ、そこから東西南北の各区へとタイル張の小川が通され生活排水を町の外まで押し出す役目を果たしている。

 その中央広場の外縁には町の繁栄を強調する2階建て以上の木造建築物が壁のように建てられており、その中の一軒、町会議堂の最も大きな会議室に、3人の身なりの良い男が長方形の大テーブルに向かいあって座っていた。

 まるで玉座の如く装飾の彫られた、上質なクッションを縫い付けられた議長席に堂々と座るのは、現コラキア領主ノアキア・エッソス。

 その左の簡素な椅子に座るのは、現盗賊ギルド頭領ダーゼム・ケファルトス。

 そして右の簡素な椅子に座るのは、コラキアのスクーラッハ寺院最高責任者の神官長バーサック・メルディル。

 それぞれが、沈痛な面持ちで広場から聞こえる祭りの喧騒に耳を傾けていた。

 扉を隔てた廊下からも男女の声が聞こえてくる。


『こっちだ、ほらおいでミーセナ!』

『キャハハ、待ってよマクス!』


 骨太な男の兵の怒鳴り声が響く。


『おい、お前達! ここは遊び場じゃないぞさっさと出て行け!』

『げっ、なんで兵隊がいるんだよっ』

『さっさと向こうへ行け!!』

『ねぇ、マクス・・・』

『あ、ああ・・・。ちぇっ、なんだよもう・・・』


 再び廊下は沈黙し、窓の外から届く祭りの喧騒だけが会議室のBGMと聴こえていた。

 盗賊ギルド長、頭領ダーゼムが重苦しく口を開く。


「それで、これからどうするつもりだ。御領主」


 神官長バーサックもまた、沈痛な面持ちで呟いた。


「まさか、こうも早く見つかってしまうとは・・・」


「ケッ、自慢の水占いとやらも当てにならんな。向こう20年は見つからないんじゃなかったのか」


運命さだめはうつろうもの。そのような侮辱はやめて頂きたいですな。ダーゼム・ケファルトス殿」


「ハズレはハズレだろうが」


「言葉が過ぎますぞ」


「やめい、二人とも」


 ノアキアは右手を額に当てて俯く。

 ダーゼムはバツが悪そうにそっぽを向き、バーサックは深くため息を吐いてテーブルの上に両手を組んで置いた。

 窓の外の賑やかな喧騒に、ノアキアは重く辛い視線を投げかける。


「時が迫っているこの時に、これか」


「男爵閣下、これこそ、魔が指すと言うものでしょう。アニアス様が表舞台に立つのは早過ぎます」


「言われずともわかっておる。だが、こうなってしまっては、な」


 遠くここではない何処かへと想いを馳せて窓の外の夜空を見つめるノアキア・エッソス。テーブルの上に置いた右手の拳を強く握りしめた。


「ファーレン・ベイルン伯爵は野心家だ。王家に連なる血筋を、それも神子たる子を知れば政争に使うくらいの事は考えよう。姫様を御守りせねばならん」


 ノアキアの言葉に、ダーゼムは納得できない様子でテーブルを力一杯叩いた。


「アイツは月の神子を守れなかったどころかこのコラキアまで流れて来たような敗残兵だぞ! アニアスを任せられるものか!!」


「ですが、女神スクーラッハは彼がアルカ・イゼスの力を受け継ぐものとおっしゃっています」


「貴様の水占いなどあてになるか! そもそも、アルカ・イゼスはサーラーナを守れなかったではないか!!」


 憤るダーゼムにノアキアが無言の視線をじっと向けると、ダーゼムは半ば持ち上げた腰を椅子に落とした。

 占いをけなされてなお、静かに座るバーサックがノアキアに向き直る。


「御領主様、それで、セージの説得の方は?」


「今は兵を迎えに行かせている。町には戻っているのだったな、ダーゼム」


「ベルナンの隊が戻ってきている。間違いないだろう」


「そうか・・・」


 ノアキアは天井を仰ぎ見て小さく息を吐いた。

 前回、彼を城に招いたときは未だ心の傷が癒えていない様子で彼の元を去っている。


「あれから幾らも時は立っておらぬか。だがしかし・・・、時は迫っているのだ。セージ・・・」


 会議室の扉がノックされる。

 一同の視線が扉に集まると同時に、廊下から張りのある兵士の声が響いた。


『御領主様、お連れ致しました』


「来たか。通せ」


『はっ』


 厚い木の扉が重苦しい音を立てて開かれ、歩哨に立ていた兵士が半身よけて右手を部屋に向け来客を促すと、漆黒の毛皮鎧を纏い大きな両刃斧を背負う大男が斧を下ろしながら堂々と入室してくる。

 メイド服の美しい人形がその後を追従して入ってくるなり、会議室の大きな長テーブルに座す三人の男を緑色のガラスの瞳で一瞥して大男の傷だらけの顔を見上げた。

 物静かに見上げて来るメイド人形に左手を上げて入口付近の壁に待機させると、大男は両刃斧をその傍らに立てかけて半ば諦めたようにノアキアに向き直る。


「祭りには出なかったのだな」


 ノアキアが大男に語り掛ける。

 窓の外からは変わらず祭りの喧騒。

 大男はため息を吐いて一同を順にみて短く答えた。


「珍しい顔ぶれだな。何の集まりだ」


 慇懃無礼な態度にダーゼムが左手の拳でテーブルを強打して立ち上がり、大男を睨みつける。


「セージ・ニコラーエフ・・・っ!」


「お座りなさい、ダーゼム・ケファルトス」


 ダーゼムの正面に座る青い神官服の初老の男が静かに言うと、ダーゼムは不承不承と言った様子で椅子に座りなおした。

 居心地が悪そうに身じろぎする大男、セージ。

 ノアキアは右手のひらを見せて椅子を差しセージを促す。


「座ったらどうだ。友人よ」


「男爵閣下のようなお偉い友人など持った覚えはないんだが」


「セージ」


 再度ノアキアが促すと、セージは不承不承といった様子で三人から少し離れた位置にある手近な椅子を引いて静かに腰を下ろした。

 窓の外の喧騒に視線を向けて一息付く。その表情にはどこか諦めのような色が伺えてバーサックが申し訳なさそうに声をかける。


「貴方の想像している通り、私達は少し厄介な事をお願いしたいと思っております。ついでに言うと、」

「拒否権はないか」


 バーサックの言葉が終わるのを待たずに割り込み、そのセリフが間違いではないとバーサックは口を噤んで目を細め、微笑んで見せた。


「やれやれ・・・。それで? 俺に何をさせたい」


 慇懃無礼ではあれど、普段の自信に満ちた荒くれ者とは思えない棘のない態度にノアキアが眉を顰める。


「セージ。もはや時間がないと言うことだけは伝えておく」


「随分と切羽詰まっている様子じゃないか。だが、俺にできることなど高が知れているぞ」


 あくまでも自身の価値を低く見積もろうとするセージの態度に、ノアキアは被りを振って静かに言った。


「貴様の過去については、幾らかの情報は持っているつもりだ。あれから五年、だからな」


 セージはつまらなそうに目を逸らす。

 その態度に、ノアキアはバーサックに視線を向けて言った。


「神官殿の言う通り、彼は私の知るセージ・ニコラーエフとは少し違うようだ」


「左様でございましょうか」


「かつてのセージならば、私であれ気に食わないと思えば睨みつけてきたものだがな」


 そしてセージに視線を戻す。


「だが、貴様が全くの別人であると言うわけでもないのだろう?」


 領主である男爵の言葉に小さくため息を吐くセージ。


「俺自身が誰なのか未だに分かっていないのに、地方領とはいえ領地を持つ貴族が何をさせようって言うんだ。あるいは、どこの馬の骨とも知れないから捨て駒に出来る、と言ったところか」


「いい加減にしろセージ・ニコラーエフ。私はホブゴブリンの軍勢から町を救ってくれた友に恩を仇で返すような事は考えておらぬ」


 少し苛立たしげに席を立つとノアキアは窓辺に近寄り、噴水の周りに集まり山車を引きながら踊り、歌う領民達の姿を、山車の上で領民達に笑顔で手をふってみせる露出度の高い踊り子服姿のアニアスを始めとする女神役の娘達を見下ろして、辛そうな顔をする。


「よく聞け、セージ」


 有無を言わせぬ重苦しい声色に、セージは疑問符を浮かべた表情で静かに視線を向けた。

 窓の外の喧騒を見下ろしたまま、ノアキアが口を開く。


「アニアスは女神の化身。聖女の一人だ」


 聴きたくなかったと、目を閉じて俯くセージ。


「セージ・ニコラーエフ。聖女を守護するのが貴様の運命さだめだ」


「そんな事を俺に言うために、町の三大権力者がより集まったって事か。ご苦労な事だ」


「ワシとて貴様なんぞにアニアスを任せられんわ!!」


 セージの態度に怒りを爆発させてデーブルを叩きながら立ち上がるダーゼム。


「嫌だと言うならすぐにでも立ち去れっ、この町からなぁ!」

「いい加減になさってください、ダーゼム・ケファルトス。今は貴方の娘と育てていらっしゃるかも知れませんが、アニアス様はトーナ王国の第一王女であり天神サーラーナの加護を受けし聖女。そしてその聖女を守護する資格が与えられた戦士は限られている」


「それがこの北の野人だという保証はどこにあるっていうんだ、ええ? バーサック!」


「セージはロレンシア帝国の聖女を、月のグリアリスの加護を受けし聖女を守護していた戦士だ。資格は十分だとお伝えしたはずです」


 バーサックとダーゼムの、スクーラッハ寺院の神官と盗賊ギルドの頭領の言い合いに全くやる気がない様子でセージが席を立つ。


「そういう話なら他を当たってくれ。俺には関わりのない事だ」


 出口に身を向けると、壁際にじっと佇んでいたジェリスニーアが扉の前に立ちはだかって小さくお辞儀をして止める。


「お席にお戻り下さい、我がマスター」


 すっと顔を上げて真っ直ぐにセージの目を見つめる。


「私はマスターから確かに勇者力を感じております。そして、貴方の身体から流れる勇者力があればこそ、私は魔力を補充させていただけて稼働し続けることができております」


「どけ、ジェリスニーア。俺には関係のない事だ」


「我がマスター。何故、貴方はアニアス様を救出に向かわれたのですか? 関係ないと断るのはいいでしょう。ですが、その後。貴方はどうやってアニアス様をお守りするおつもりですか」


「ジェリっ!」


 ギッと生人形リビングドールを睨みつけて一歩踏み出すセージに、ジェリスニーアも一歩踏み出して見上げて言った。


「勇者の資質をお持ちの貴方が運命から逃げないで下さい!! 私は、魔族と戦うために作り出された戦人形。貴方の命で戦いに身を投じます。貴方が守れと仰られれば、全力でお守りします」


「チッ、いい加減に・・・」


「御領主様の元でなければ出来ないことがあります」


「そこにいては出来なくなる事もある!」


「お側に置かれてお守りするのであれば必要な事です!」


「運命など知った事か!」


 感情に任せてセージが右手を上げると、いつの間にか近くに来ていたダーゼムが彼の手首を掴んで止めた。


「いい加減にしろ、セージ・ニコラーエフっ。テメーが昔しくじった事はワシだって聞いている!」


 しくじった、と言われて殺意のこもった目でダーゼムを睨み下ろす。

 ダーゼムという老盗賊はそれをしっかりと睨み返した。


「帝国の第五皇女は気の毒だったな! そうやって一生後悔して生きるがいい! そんな貴様にはワシの娘は・・・いや・・・この国の聖女は、アニアス姫は任せられんという事だ!」


「だったらさっさとその手を離したらどうだ。俺はすぐにでも立ち去る」


 勢いに任せて口走る大男の左頬に、ダーゼムの拳が飛んだ。

 一瞬、目の中に星が飛んだかのような衝撃を覚えてセージは目を大きく見開いて老人を見た。


「この・・・役立たずの若造が!! 貴様がいつまでもそんなだから娘をやれんのだ!! 男なら命に代えても女を守ると宣言してみせろ!!」


「そうやって命を張って、最後に聖女に! ナターリアに捨てられて俺はむざむざと生きながらえているんだ! 守りたかった女に遠い地に魔法で飛ばされてっ、先立たれて・・・、全てを失った男に、何の資格があるっていうんだ!?」


 怒りと哀しみに押し潰されそうな大男の目がダーゼムの心を揺さぶる。

 しかし老盗賊はもう一度大男の左頬を殴りつけ、そして静かに言った。


「愛してくれた女に命を救われて、男名利に尽きるじゃねぇか。帝国のお姫様を守れなかった事を悔いているんなら、今度こそ守り通しやがれ。アニアスが、姫様がテメーに惹かれているのはテメーが守り人だってのもあるだろうよ。だが、テメーっていう男に惹かれているからでもある。山奥に逃げて隠者なんかやろうなんてもうゆるさねぇぞ。アニアスは、狙われているんだ。近くで守ってやれる強い男が必要なんだ。そして、コラキアにはテメー以上に強え駒はいねぇ。受け入れるんだよ、いい加減にな。男になりやがれ、このクソ野郎が」


 言うだけ言ってセージの右腕から手を離すダーゼム。


「いつまでも情けねぇ事ばっかやってるから、腹が立つってんだ。いい加減にわかりやがれっ!」


 扉を塞ぎながら、ジェリスニーアも深々とお辞儀をして見せる。

 ダーゼムの激情が収まるのを待って、ノアキアは窓に背を向けてセージを真っ直ぐに見て言った。


「セージ・ニコラーエフ。本当は今しばらく私は待つつもりでいた。だが、状況がすでに許されない所まで進んでしまったのだ。アニアスを狙う貴族が一人とは限らん。そして私は表立って動くわけにはいかんのだ」


「何故、動けない。貴族として権限を持っていれば出来ることじゃないのか」


「他の領主に要らぬ詮索をさせかねん。現状でも戦争は避けられんかも知れぬが、地方領の男爵程度が王族に連なる聖女を抱えたと広まれば、要らぬ疑いをかけられて八方を敵に囲まれかねんのだ。だからこそ、盗賊ギルドの中で身を隠して生きて頂いている。貴族というのは、言うほど自由ではないのだよ。領民の生活も守らねばならぬしな」


「その為の護衛が必要だと・・・」


「そうだ。その為に、形式とはいえ私は領主権限で貴様に騎士の称号を与える。アニアス様を守ってくれ」


「だが・・・」


 セージは床に視線を落として俯き、力ない声を絞り出す。


「俺は敗残兵だ・・・。誰かを守るなど・・・」


「貴様が妻と娶った雌の魔物とその娘達は守れても、聖女は守れぬと? その違いは何だ、セージ・ニコラーエフ」


 言われて少し顔を上げる大男。

 ノアキアは長テーブルに両手をついて身を乗り出すと、力のこもった目でセージを見据えて言った。


「今の貴様には、冒険者ギルドという駒もある。聖女を守ってくれ」


「し、しかし・・・」


「一度の失敗で腐り切るつもりか。そこに守るべき聖女はいるのだ。目を覚ませ、黒騎兵チョールナカヴァリャーリア


 ぐっと何かに耐えるように目を瞑るセージ。

 生人形のジェリスニーアが下された彼の左手を両手で包み込んだ。


「必要ならば、私が発掘された遺跡から持ち出された私の姉妹機達を組み立てて稼働させれば良いのです。私を含み、12機は稼働させる事が出来るはずです。必ずお役に立ってみせます、我がマスター」


 セージは寂しそうにジェリスニーアを見て、何かを諦めるように深くため息を吐く。

 不機嫌そうに見上げてくるダーゼムを見て、相変わらず椅子に座ったままじっと見つめてくるバーサックを見て、力強い視線を向けてくるノアキアに向き直ると覚悟を決めたように言った。


「俺に務まるとは思っちゃいない。だが、出来る限りの事はしよう。それで構わないか、御領主殿」


「ああ、構わぬ。であればダーゼム、次は貴様の方だが・・・」


「ええいっ、わかっておるわ!! くそう・・・」


 悔しさ一杯でダーゼムはセージの胸に右手の拳を叩きつけて吐き捨てるように言った。


「でぇぇいっ、テメーはアニアスと結婚しろ!」


「なに?」


「そんで、一生聖女様を守りやがれ! 手塩にかけて育ててきた娘同然の姫様が・・・こんなクズ野郎に・・・」


「ちょっと待て、全く意味が分からんのだが、」

「王族に戻すわけにはいかんという事だ、この馬鹿者め! 娘を泣かせたら承知せんからな!!」


「ま、待て、俺にはラーラという・・・」


「魔物など子供を作れるだけのペットだろうが! テメーは人間の嫁を取れと言ってるんだ!」


「それは・・・流石に論理がおかしいぞ、盗賊ギルド長」


 呆気に取られてセージがジェリスニーアに意見を求めて視線を向けると、彼女は改めて深々とお辞儀をして見せて言った。


「私は貴方様の道具。所有物です。人間の奥方様を迎えられる事に何の不思議もありません」


「いや、ちょっと、待って・・・」


 さも当然と微笑んで頷く神官バーサック。

 苛立たしげに腕組みをしてセージを睨みつけるダーゼム。

 計画通りと力強く頷き、満足げなノアキア男爵。


「ちょっと待って・・・待って欲しい・・・。それは、おかしいだろう・・・?」


「何がおかしいものか。だから私は、貴様に騎士の称号を与えるのだからな」


 ノアキア・エッソスの理不尽な言葉に、セージは目眩を覚える。


「これで貴様には最低限の役職が与えられたという事だ。騎士であれば王家は無理だが、それに連なる王族との婚姻は認められる。アニアス様と結ばれる事に身分という障害は無くなったという事だな」


「いや・・・そんなはずは無いだろう・・・。コレは少しおかしい・・・」


「領主権限で許すのだ! アニアス様は聖女として表舞台に立ってもらう必要がある。王家に戻らせる事は考えておらぬよ」


「それを決めるのは、アンタらじゃ無いだろうが!」


「聖女は王家に戻れば政争の道具と使われて終わる。我々は魔族との来るべき戦に備えねばならんのだ」


「それは俺にも矢面に立てと言っているのか!?」


「その為の騎士だ。セージ・ニコラーエフ、貴様は冒険者ギルド長として、騎士として手駒を揃えろ。この町を守れるくらいにはな」


「無茶を言う・・・」


 恨めしそうにセージはノアキアを睨み、ノアキアはそれを心地良さそうに見返して来た。

 ジェリスニーアは嬉しそうに扉から身を避けると浅くお辞儀をして微笑んだ。


「どこまでもお供いたします。我がマスター」


「ええい、クソ・・・一体全体どうなっていやがる・・・」


 おかしな方向に話が向かって、セージは状況について行けずに頭を抱えた。

 アニアスを側に置いて守れ、と言う事なのだろうが、これはあまりにもおかしな事だ。

 権力者三人は、これこそが素晴らしい策だと言わんばかりの態度でセージを見る。

 アニアスは現にコラキアの外から狙われているというのは分かったが、守るために結婚は絶対におかしい。

 祭りの喧騒が、勢いを増していた。

 広場から北上して遠ざかって行く。祭りのクライマックス、山車に火を付けて天に送り火を焚き上げるために町の外に向かうのだ。

 そもそも、セージをアニアスとくっつけようという事自体が何の解決になるというのか。

 だがノアキアに、セージの言葉は届きそうにもなかった。


「これは良い機会です。ラーラ様も願っておられました。鞘に収まりくださいませ、我がマスター」


 当然のように微笑みを向けてくる生人形に、セージは呆れて見る。

 結婚だけは避けるべきだ、と、セージは内心に誓い、しかし彼女がサーラーナの加護を持つというのであれば守ろうと、誓いを新たにしていた。




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