第121話 転生隠者は護り手と目覚める、その9

 冒険者ギルドの一階ホール酒場は客一人居らずシンと静まりかえっていた。

 奥の半円形カウンターでは酒場のマスターを任されている禿頭の中年男、べイン・ゲルガーが一人寂しく黙々とグラスやジョッキを順繰り磨いている。

 夜の酒場は通常は酒好きの冒険者達や吟遊詩人、冒険者達の自慢話に聞き耳を立てる一般客で賑わっている物だが、祭りの警備に駆り出されていたり祭りを楽しみに出かけている者が多いのか、ホール内は客一人おらず開店休業状態だ。


「ただいまー!」


 そんな人気の無い寂しい酒場に元気な娘の声が響く。

 アニアス救出に出ていたレナと、キンバーデ老人の救護に向かっていたはずのアミナが揃ってホールに入ってくるなり、静まり帰った店内を不思議そうに興味深げに見渡していた。


「お客様がいらっしゃいませんね」


「うーん。いないねぇ・・・」


 二人の様子に、酒場を任されている禿頭のベインがグラスを磨きながら呆れ顔で睨みつけて言った。


「おう、やっと帰って来やがったな。ギルドマスターは一緒じゃねぇのかい」


 何か言うことがありそうな不満げな物言いでレナに問いかけるが、レナの方が面食らったような表情でカウンターに手をついて丸い椅子に腰掛けて首を傾げる。


「ええ、お父さん帰って来てないの? 先に行ったはずなんだけどな」


 アミナも杖をカウンターに立てかけて腰を下ろし、店内をぐるりと見回して言った。


「変ですね。ジェリスニーアもいませんね」


「むう。本当だ。どこ言ったんだぁ、あの二人」


 不満げに店内を見渡す少女達を見て、一層不機嫌そうにベインはカウンター後ろの棚に振り向き背を向けて陳列されている酒瓶を左端から手に取って布巾で磨き始めて大きくため息を吐く。


「たくよぉ・・・。色々と面倒な事頼まれてんのに。肝心なギルド長が帰ってこねぇんじゃあどうしようもねぇなぁ」


 レナは眉根を潜めてジト目でベインの背中を見つめる。


「面倒?」


「オメェさんらにゃあ関係ねぇよ」


 背を向けたまま酒瓶を磨くベインは、背中で詮索するなと訴えかけており少し話しかけづらい雰囲気があった。

 レナとアミナは顔を見合わせて首を傾げる。


「何、勝手に不機嫌になってるんだろ」


「本当ですね。喋らないなら口走らなければいいのにって思うのですが」


「これだからモテないオッサンはダメだね」


「まぁ、それがベインさんの限界というものでしょう」


「モテ期ナッシングう〜」


「お可哀想に」


「いい加減にしろよ小娘共・・・」くるりと振り向いてカウンターを右手で叩く「何も頼まねぇならさっさと部屋戻って寝てしまえ!!」


「えーじゃあジャガイモのスープ肉入りで。あとロールパン」


「私もハムサラダとパンを一つ。あとワインを」


「あ、私もワインちょうだい!」


 ぐぬぬっと、怒り心頭な様子でベインは棚からワインボトルを取ると木のジョッキに無造作にワインを注いで乱暴に二人の少女の前に出して赤い液体が少しカウンターに跳ねた。

 ベインは憎らしそうに二人を見比べると苛立ちを隠しもせずに厨房へと向かい不満をこぼした。


「クソッタレ小娘共! 好き放題だなこのクソ共が!」


「あー・・・。おじさーん、女の子にそんな暴言吐いてるからモテないんだぞー」


「やかましい!!」


 ベインは毒付くとカウンター背後の棚に磨いたグラスを戻して奥のキッチンへと姿を消して行く。

 レナとアミナは、ワインと言うには若いアルコール度の低い赤い飲み物を一口飲んで再び店内を見渡した。


「フラニーやラーラは帰ってるはずよね」


「そのはずですね。ギルドに寄ると言っていましたから。もしかしたら宿に帰ってるかもしれませんが」


「本当に、お父さんとジェリスニーアどこ行ったんだろう」


「とうに着いているはずなのですが・・・。寄り道でもしてるんでしょうか」


「ったく、あのバカ親父! どこほっつき歩いてるんだかっ」


 不機嫌そうにむくれるレナ。

 アミナはため息を吐いて手持ち無沙汰なのかカウンターに両手をつくと、気晴らしに左右の指先でリズム良く音を鳴らした。





 セージは確かに冒険者ギルドに向かって歩いていた。ジェリスニーアをやや後ろに従えて。

 レナに呆れて歩調を早めて表通りを左に曲がり、冒険者ギルドへの道を行くと、見慣れた民家が連なる住宅街へ。

 住宅街をしばらく行くと表通りは右へと伸びる商店街へ通じる丁字路に差し掛かり、その丁字の交差する中央に冒険者ギルドが見えてくるはずだった。

 深く物を考える事もなく歩くと、裏路地へと続く人一人通れる程度の脇道に顔だけ向けて立ち止まるジェリスニーア。背後からセージに向けて抑揚のない声で呼び止める。


「セージ様」


 元々感情的な声色の生人形が抑揚を無くす時は大抵何かしらの問題が発生した時だ。

 セージは面倒くさげにジェリスニーアに向き直って睨みつけた。


「何だ」


 ジェリスニーアは物言わず裏通りへと続く狭い脇道に無機質な表情で淡く緑色に光るガラスの瞳を向けている。

 木造の民家に挟まれた脇道に視線を向けると、エッソス家の家臣と思しき男の兵士が畏まってセージに儀礼的なお辞儀をして見せて言った。


「サー・セージ。御領主様がお呼びです。御同道願いたい」


「ノアキア殿が・・・?」


 先の傭兵騒動の時も彼は呼び出されている。特に咎められるわけでもなかった。そういえばあの時も何か目的があったように思えるが、過去の記憶に心を掻き乱されてその場から逃げ出してしまった。同じ要件であろうか。

 やるせない気持ちで嘆息を吐くと、セージは兵士に正対して言った。


「用はなんだ」


「それは私には分かりかねます」


 一兵士に詳細など教えられているはずもないか、と思い直す。

 だが、と、セージは逡巡して迷うように視線を泳がせ、兵士に気取られないように道の正面を向いて側面を向かせて言う。


「俺の方は用は無い。日を改めろ」


「セージ様」


 兵士が抗議の声を上げようと口を開くより先にジェリスニーアが咎めるように強い口調でセージの背中に声をかけた。


「ノアキア・エッソス様はコラキア一体を治める貴族でございます。そのような物言いは些か・・・」


「ええい、クソ・・・」


 戦闘用生人形だと本人は言っていたが、この世界の常識的な事にも精通している。貴族からの招集命令を、ギルド長などという地位にあったとしても平民のセージが無碍にするのは相当な無礼に相当する。兵まで送って呼び出しに来ているのだ。

 悪い予感しかしないが、致し方あるまい。

 セージは諦めるように振り向くと、無表情でガラスの瞳を向けてくるジェリスニーアの左肩に右手を乗せると安心させるようにポンと叩き、兵士を睨むように見て言った。


「案内しろ」




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