第120話 転生隠者は護り手と目覚める、その8

 祭りを祝うラッパの音が、弦楽器の音が町の方々から聞こえてくる。

 はしゃぐ子供達の声、はしゃいでいるのは大人も同じでそこかしこで即席の若いカップルが出来上がっては路地裏へと消えていく。親子連れは夫婦で子供達の手を取り、街道の両脇に点々と佇む出店を覗いては菓子だのオモチャだのを子供にせがまれ叱るようにしながらも幸せそうな時間を過ごしていた。

 冒険者ギルドの三階の窓辺から祭りの様子を見下ろしてはしゃいでいた子供プチハーピー達は短期間とはいえ飛び疲れていたのかすでに夢見心地で窓枠に両腕つばさを預けてうとうとと船を漕ぐ。

 その様子を慈愛に満ちた笑みで見て、ラーラとフラニーが手分けして子供達を窓から引き剥がすと階の廊下の奥にあるロビーをゲストルームに仕立ててゲスト用の簡易組立式ベッドに寝かしつけてゆき、子供達に毛布をかけながらフラニーがポツリと言った。


「結局、お祭りの山車には間に合わなかったわね。神様役、誰が務めたのかしら」


「やりたかったの?」


 ラーラが苦笑してフラニーを見ると、彼女は長い金髪を右手で後ろにふわりと掻き広げて背中に押しやって笑う。


「別に。アルカ・イゼス役のセージがいない山車に乗ったって、何の特にもならないしね」


「ふふふ」


「ちょっと、何?」


「別に。それにしても、子供達も今日はよく頑張ってくれたわ。飛ぶ力はまだまだ足りないけど」


 翼の関節に備わった小さな「手」を両腰に当てて、幸せそうな寝顔でスヤスヤと規則的な寝息を立てる子供達を見下ろして困ったような笑みを浮かべるラーラ。

 フラニーも釣られて笑って言った。


「ま、高く遠く飛ぶならラーラが付いてないとだめでしょうね。飛んでる最中に限界が来たら墜落しちゃうもの」


「森なら、高い木もあるし最悪木の枝で休めるけど。町の建物はそこまで高くないし休む場所がね」


「問題よね。週に何回かは森で練習させる?」


「うーん」


 フラニーの提案に、右の「手」を顎先に当てて悩むハーピーの娘はしばし考えて右足の鉤爪で床を二度軽く叩いて言った。


「森を出てだいぶ経つし、森の状況が分からないから不安ね。もうあの森にハーピーのコロニーは無いから、何も知らない狩人にられかねないし」


 フラニーもほうっと息を吐いて同意し、腕を組んで言った。


「それもそうね。安全に訓練出来る場所があればいいのだけれど」


「幸い町の商店街では受け入れてもらえているわ。私ほどは飛べなくなってしまうかも知れないけど、不自由の無い程度の練習はさせられるから」


「ま、なるようになりますか。私も出来る限り手伝うわね」


「ありがと」


 ハーピーとエルフの奇妙な組み合わせの二人は、お互いに見つめ合い、なんだか可笑しそうに互いに微笑んだ。





 馬車がコラキアに着いてすぐに、東洋人の二人組とは別れた。彼らには冒険者ギルドで仕事を斡旋する約束だけ交わしたが、それ以上の面倒を見る義理はないとセージが突き放したからだ。

 互いに戦ったその日のうちに簡単に許し合えるほど親しいわけではないからこそ、一度は距離を置くのは仕方のない事ではあるのだが。

 ベルナン達とも別れて冒険者ギルドに向かって歩く途中、レナは不服そうにそっぽを向いて言った。


「つーかさ。ラノベだったら即仲間な展開なのに、信用してないならなんで町に連れて来たのさ」


 深くため息を吐いてかぶりを振るセージ。


「少年誌の熱血モノじゃあるまいし。互いに命の奪い合いをしておいてはい今日から仲間ですとか簡単になるわけないだろうが」


「だって今日のはそういう展開でしょう!?」


「ゲーム脳が・・・」右肩の両刃斧を担ぎ直して嘆息を吐く「アニアスを攫った理由だって判然としちゃいないんだ。完全に許したわけでもない」


 セージは不機嫌そうに大股で歩き出し、三人の娘達から距離を取って行った。

 その後ろ姿を眺めて、悪戯っぽく笑って両手を頭の後ろに組むレナ。


「とかなんとか言っちゃって。あの黒髪ロングのお嬢様に惚れたんじゃないの?」


 アミナが不機嫌そうに顔をしかめて彼女を叱るように言った。


「セージ様はお慈悲をおかけになられただけです。本来ならコラキアの地を一歩たりとも踏ませられる者達ではありません」


「じゃあ踏ませなきゃいいじゃんって話!」


「少なくとも敵ではなくなった者にまで、セージ様が無慈悲な鉄槌を下されるとお思いですか? そんな非情な男に、あなたは恋していらっしゃるのですか?」


「は? 恋とか何? イミフなんですけどアンタ何言ってるの?」


 一触即発の娘達の間に、生人形のジェリスニーアが割って入りレナの横顔を見てほくそ笑んだ。


「脱落決定ですね」


「はあ!? 何言ってんのアンタ!」


「ラーラ様を、奥方様を深く愛されているセージ様が、興味にも満たない僅かな想いに振り向くことなどゼロパーセントです。脱落決定ですね」


「ぐぬっ! ・・・相変わらずムカつく人形ね・・・!」


「右拳を握りしめてプルプルしたところで、セージ様があなたに振り向く可能性はほぼないと確証が持てました。これは朗報です」


「ポッと出のエロ人形がっ・・・。アンタ、私に喧嘩売ってるわけ?」


 凄むレナにフフフと意味深な笑みを浮かべただけで、ジェリスニーアは前に向き直ると大股で歩いてだいぶ先まで離れてしまったセージに小刻みな早歩きで近付き、ピタリと左後方に付く。

 頭に来て怒鳴りそうになったレナに、アミナが冷水をかけるように言った。


「セージ様にゾッコンな私やジェリスニーアが振り向いてもらえないのに、中途半端なレナ様にどうして振り向いてくれるでしょうか。何を格好つけているか知りませんが、ご自分の気持ちに素直になるべきです」


「あ、アンタらねっ。妻子持ちなのよ!?」


「夫一人に妻一人と、誰がお決めになられたのですか?」


「はっ、そんなの当たり前っしょ。法律で決められてるし!」


 アミナは前に向き直って心底安心したようにため息を吐くと、意味深な笑みを浮かべて頷いて見せた。


「なるほど東方ではそういう法なのですね。少なくともトーナ王国では一夫一妻とは謳っておりません」


「・・・え、そうなの?」


「まぁ、経済的理由で普通は一夫一妻ですが。同意の上なら外に後妻を持っても咎める法もありませんし」


 両手の拳を軽く握って顔の下にあざとく構えるとドヤ顔をレナに向ける。


「スクーラッハは寛大な女神様です。多夫一妻でも問題ありません!」


「うっ!? ・・・アンタの信仰ってちょっと疑問に思うわ・・・」


「私はいつでもオールオッケーですからっ!」


「へ、へぇー・・・」


 可愛らしく気合を入れる青い神官娘にレナはドン引きして思った。


(お父さん、アウトオブ眼中だろうな・・・。めんどくさそうな女嫌いそうだし・・・)


 複雑な笑みを浮かべて呆れ顔のレナ。

 彼女に勝ったと勘違いして、アミナはドヤ顔で気合を入れたままセージの背中に熱い視線を送っていた。




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