第119話 転生隠者は護り手と目覚める、その7

 街道の中央に仁王立ちするセージの立居姿を見て、荷馬車を先導するベルナンが馬の脚を巡航速度から歩行速度に落とし、並走するレナもそれに倣う。

 減速して近付いていくと、街道に立つ大男が確かにセージだと解ってホッと胸を撫で下ろした。


「たく、いつもいつも勝手なんだから」


「レナはセージ殿の事がよほど心配なんだな」


 黒髪をサイドテールに纏めるレナにベルナンが感心したように言うと、レナは顔を赤く染めて抗議の声を上げる。


「はあ!? そー言うんじゃないしっ!」


「そうか?」


「だいたい、いつもいつも一人で戦って、子供にどんだけ心配させんのよって感じ!?」


「つまり心配なんだな」


「はっ!? う、うっさい!」


 歩行速度で大男の数メートル先に止まり、下馬するレナとベルナン。馬車も停車して状況の変化に感づいたアミナとジェリスニーアも御者台の暗幕から顔を覗かせほっと胸を撫で下ろすと落ち着いた様子で御者の男に会釈しつつ、御者台の昇降ステップから下車して来た。

 不満そうな安心したような複雑な表情でレナがセージの前に進み出る。


「む、迎え来てやったぞ。感謝しなくてもいいんだからね」


「言葉になっていないぞ小娘」


「う、うっさいな! ほら、さっさと帰るよお父さん」


 照れながら頬を膨らませてそっぽを向くサイドテールの少女を見て、セージの少し後ろに控えた戦袴の東洋美人がセージの横顔を見上げて首を傾げた。


「北方人のあなたが、東洋人の娘の父親なのですか?」


 僅か振り向いて嘆息を吐き、両刃斧を右肩に担ぐセージは、不機嫌そうに鼻を鳴らしただけで答えずに前に向き直る。

 レナに続いてベルナンがアミナとジェリスニーアを率いてセージの元に来ると軽く会釈して言った。


「アニアス様を救出していただき、ありがとうございました。お疲れでしょう、馬車に乗ってください」


「ん、すまんな」


 短く言って背後を振り向くセージ。

 彼の動きに合わせるように彼の背後を見て、今気付いたと言わんばかりの鋭い目付きで東洋美人と道標に背を預けて地面に腰掛ける大男を見て改めてセージに向き直る。


「そちらの方々は」


「旅の傭兵だ。行く当てが無いようでな」


「夜も更けてくる。コラキアに同道させますか?」


「頼めるか」


「セージ殿の頼みならば」


 右手を上げて御者に合図を送るベルナン。

 御者の男は頷くと暗幕を半分開けて荷台に何やら語りかけ、荷台の後方のステップを踏んで四人の武装した男達と古びた鋼の銅鎧に身を包んだ老騎士が降り立ってセージ達の元に近付いて来た。

 それを待たずにセージは背後を振り向いて相変わらず道標に背を預ける大男に向かって軽く口笛を鳴らし、顎で前に出てくるよう促す。

 東洋人の大男はやれやれと言いたそうな表情で立ち上がって言った。


「ようやくですかな。待ちくたびれ申した」


「同行させてやるだけありがたく思え」


「ガッハハハ! 感謝はしておりますとも! お姫様ひいさま


 大男はセージの傍らの東洋美人を促し、東洋美人はセージとベルナンに軽くお辞儀をする。


「お世話になります。お二方」


 怪訝そうにセージと東洋人達を見比べて、ベルナンも応える。


「この辺りが冒険者の巡回で安全が保たれているとはいえ、夜道は危険だ。町までは送りましょう。それでかまいませんか、セージ殿」


「それでいい」

「あいや待たれよ!」


 老騎士がセージの左手前に立ち、彼の後方に佇む東洋美人を鋭い視線で見てから彼女の後ろに立つ大男に視線を移して言った。


「其方には覚えがある! 虎の面の少年は如何した」


 言いながら東洋美人に再び視線を戻す。

 東洋人の大男もまた、眼光を鋭くして金棒を逆さに地面に立てて凄んだ。


「はて、仰っている意味が分かり申さぬが」


「シラを切るつもりかっ! セージ殿っ、その御仁達は、」

「構うな」


 左手を上げて静止するセージ。老騎士は憤慨して言った。


「セージ殿! ご存知ないようなのであえて言わせていただく! 虎の面の少年こそおらなんだが、その大男こそは姫様を攫った一味の曲者にござるぞ!」


「今は違う。騒ぐな」


「セージ殿!?」


「終わった話だ。アニアスは無事だろうが」


「そう言う問題ではござらぬ!!」


「帰ってから話す。それでは不服か」


「セージ殿は咎人を見逃すどころか、手を差し伸べようと申されるのか!」


「でかい声で喚くな。後で話すと言った」


「納得できもうさぬ!!」


 憤慨する老騎士の前にアミナが進み出て、彼の胸に右手を当てて言った。


「落ち着いてくださいキンバーデ様。セージ様はお考えあってのことで、」


「敵なのですぞ!!」


「キンバーデ様・・・」


「目の前で姫様を連れ去られ、むざむざと連れ去られて言えることでないのは承知の上。なれど、この聖騎士キンバーデ・エヴァンデイル、黙って敵を招き入れるなどどうして出来ようか!?」


 老騎士キンバーデの勢いに、東洋人の大男はニカっと笑って東洋美人の右肩に大きな右手を乗せてセージに向かって言った。


「やはり、某はここまでのようにござれば。セージ殿、お姫様をお頼み申す」


 驚いて大男を振り向く東洋美人。


「ウガルっ、何を言っているのです!」

「お姫様」


 大男は東洋美人を振り向かせると優しく笑った。


「女として生きてくださりませ。過去はお捨てくださりませ。お姫様が幸せに生きられる事こそ、このゴンゾン・ウガルたっての願いにござりますれば」


「ウガル・・・」


「おい、何を勝手に盛り上がっていやがる。この娘の面倒を見るなんざごめん被るぞ」


 セージは勝手に立ち去ろうとする東洋人の大男、ゴンゾン・ウガルに完全に振り返って不機嫌そうに吠えた。


「そもそもが、依頼者を蹴ってまでソイツを女として生きて行かせるんだろうが。家臣の貴様が放り出してどうする。だいたい俺は妻子持ちだ!」


「ちょ、まるで私が其方に恋しているような言い方はやめていただきたい! そもそも私が、」


「どうでもいい。妻子持ちの俺が、どうして他人の娘の面倒を見なければならんのかと言っている!」


 勝手に勘違いした事を言って赤面する東洋美人は、唇を軽く噛み締めてゴンゾン・ウガルに向き直って怒鳴りつける。


「勝手に立ち去ることは許しません。私の傍にいなさいゴンゾン・ウガル!」


「ですが、お姫様」


「問答は無用です!!」


 しばし睨み合う二人の東洋人を見て、セージはキンバーデに向き直ると不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「事情くらい察しろ。コイツらのことを、俺は傭兵と言った」


「言いましたな」


「依頼で動いていただけだ。今は敵というわけではない」


「それは、理解は出来申すが」


「なら、折れろよ」


 セージは数歩あるくとすれ違いざまにキンバーデの左肩を左手で軽く叩く。


「ジジイが死んでいれば、俺の考えも変わったかも知れんがな。無事で何よりだ」


「セージ殿・・・」


 一行を取り残し、アミナとジェリスニーアを従えて馬車に向かうセージの背中を追ってレナが小走りで駆け出す。


「ちょっとお父さん! いい話風に持ってってるけど、私の事忘れてない!?」

「五月蝿い小娘だ」

「小娘じゃありませんー!」

「レナ様、セージ様はお疲れですので」

「アミナは黙ってなよ! 家族の問題なんだかんね!」

「お前の父親になったつもりは無いんだがな」

「うっさいうっさい! ちったああたしを心配しろ!」

「喧しいさっさと帰るぞ」

「あーもーむかつく! あーもーむかつく!」

「レナ様、同じ発言を繰り返すのは脳の病が進行している恐れがありますので、」

「もー! 人形は黙ってろよ!」

「言葉遣いが荒れていますが、乙女の嗜みというものが欠けては殿方に嫌われます。その方が頭数が減るので私としては歓迎いたしますが」

「何の頭数だ! このエロ人形!」

「私は戦闘用の生人形リビングドールです。エロ人形ではありません。エロい事も出来ますが」

「ぎゃー、むかつくー!!」

「いいから黙れ貴様等。頭痛がして来た」

「誰のせいだと思ってんのよ!?」

「知らん、黙れ」


 無下にあしらうセージに追い縋る三人の娘達。

 彼らの背中を見て、キンバーデは深くため息を吐くと東洋人達に向き直って言った。


「セージ殿に免じて、今は目を瞑ろう。だが、二度と姫様に近づけはしませんぞ!? このキンバーデ・エヴァンデイル、命に変えても姫様守り抜く所存!」


「落ち着いてくれ、キンバーデ殿」


 老騎士を嗜めて、ベルナンは二人の東洋人に向き直って左手で馬車を指し軽くお辞儀をして見せる。


「コラキアまでは、連れて行きます。が、そこから先のことは・・・」


「分かっています。自分たちで何とかします」


「ご理解ください。敵だった者に、そこまで寛大でいられるほど、我らも心は広くはありません」


「理解しているつもりです」


 東洋美人、キョウ・レンカは寂しそうに微笑んで頷くと、馬車を指すベルナンに会釈してセージを追って歩き出した。

 そのすぐ背後を守るように歩くゴンゾン・ウガル。

 レンカは三人の娘達に背後を守られるロレンシア人の巨漢に哀しそうな視線を投げかけて心の中で呟いた。


(妻子持ち、か・・・。いや、魔物は人の法に照らせば正妻たりえまい。だとしても、これは困難だな・・・)


 自分の気持ちを受け止めながら、セージとの関係を改善していく事を踏まえてキョウ・レンカは途方に暮れずにいられなかった。

 馬車は彼らを乗せると街道を外れて旋回して向きを変え、北のコラキア目指して帰路に着いた。




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