第118話 転生隠者は護り手と目覚める、その6
コラキアへと繋がる街道を、2騎の武装騎馬に先導されて前照灯のランタンを掲げた馬車が南下して走る。
比較的に整備された街道だが、舗装された真っ平らな道ではなく所々に起伏があって時折馬車の車輪がゴトリと音を立てて跳ねていた。
走る速度はのんびりしているわけではなかったが、火急の目的があるほどには急いでいるようには見えない。
少し欠けた月の明かりは開けた平原を優しく照らし、前照灯無しでもどうにか馬を走らせる事ができる程度には明るかった。
先導する右の黒いマントの男が遠く見える大きな石を指差し、左の東洋人の少女は右手を眉根に当ててそれを見て首を傾げる。
どうやら彼らの目的地に近付いているようだった。
セージはレンカ達が眠りにつくのを待って北上するつもりでいたが、流石「逃亡生活」を続けて来た所業か、セージの前で油断を一切見せない東洋人達に流石と感嘆しつつも別れるタイミングを取れずに辟易していると、街道の北から馬車の車輪の音を微かに聞いて身構えた。
レンカとゴンゾン・ウガルもまた馬車の気配を感じたのか首を街道の北に巡らせる。
セージはしばらく車輪の音に耳を集中させていたが、やがて何かに気付いたのか立ち上がって街道の中央に進み出て
馬車の物と思われる二つのランタンの灯りが揺めきながら近づいて来る。
じっと見据えるセージの傍らに、レンカが控えめに近付いて言った。
「
「貴様らにとってはな」
ぶっきらぼうに答えて興味なさげにレンカを見下ろすと、再び街道を南下してくる馬車を遠く眺めるセージ。
ゴンゾン・ウガルは
「ウガル、いつまで座っている。いつでも動けるようにしておくのです!」
「ううむ。御言葉ですがお
当のセージはというと、ゴンゾン・ウガルの物言いに面倒臭げに一度だけ振り向いて言った。
「貴様らがどう扱われようと知った事ではないんだがな」
「いっそ、我らを縛ってくれた方が面倒も少なそうではありますがな。ガッハッハハ!」
「クソが。何故俺が貴様らを気にかけねばならん。いい加減にしろ」
「やれやれ致し方のうござるが、これは嫌われており申すなぁ。ガハハハハッ!」
軽口を叩くゴンゾン・ウガルに、レンカが鋭く睨みつけて叱った。
「ウガルっ、何を呑気に構えているのです。我らの行く末をここで決めねばならないのですよ?」
「それは良いのですが。お姫様、本当にコラキアへ戻られるおつもりか。我らは一時とはいえ、彼らと敵対した身にござる。そう話は良い方向に転がりはしませぬぞ」
「そんな事はわかっています・・・」
セージはレンカの様子を盗み見て浅くため息を吐いた。
彼女達の身の上を考えれば同情の余地はあるし、レンカ自身没落した大名家の姫だと考えればどこか安全と思しき比較的に大きな町に身を寄せたいというのもわかる。
とはいえ、盗賊ギルドと事を構えた身でよく戻ると決意したものだ。
(あるいは、コイツらの依頼主とやらがよほど信用ならぬか。だとしても、コラキアに戻って素性が知れれば只では済まんと少し考えれば分かるもんだが)
呆れるやら感心するやらセージがチラリとレンカを見ると、視線に気付いてか慌ててそっぽを向く東洋美女に彼は浅くため息を吐いて正面に向きなおり馬車の到着を待った。
どうせなら遠く
「セージ殿」
彼の思考を勘付いてか、ゴンゾン・ウガルが苦笑して言った。
「迷惑はかけ申さぬ。揉め事になるようであれば、何処かへと旅立ちますゆえ。せめて一晩の宿でも」
「何も言っちゃいないし、貴様等がどうなろうが俺には関係ない」
「ガッハハハ! 分かっており申すとも! 故に、如何なる思いやりも不要にござれば」
「それは遠回しに気遣ってくれと言っているのと、同義なのだがな」
「知っていてあえて申しておりますとも! まこと、気遣いは無用という事にござる」
ゴンゾン・ウガルの言にレンカは寂しそうな顔を浮かべながらも力強く頷き、それを横目にセージは余計に心の中で頭を抱えて渋い顔で迫る馬車を見やって小さく首を二回振った。
(本気で言っているんだろうが、言われたこちらとすれば無下に出来ないのが人情ってもんなんだがな・・・。いや、未だ敵同士のようなものだ。あえて考える必要も無いか?)
思考を巡らせながら左手の掌を開けて視線を落とす。
(やれやれ、余計な事を考えるようになった。俺はセージ・ニコラーエフ、ロレンシア帝国で恐れられた黒騎兵なんだぞ)
ギュッと左手に拳を作って視線を前に戻す。
(クソっ。大槻誠司じゃあるまいし。甘い考えなど・・・)
再び湧き上がってくる自分自身の正体という疑問に、自身の有り様に今更ながら不安が込み上げてくる。
(ラーラの元に早く帰りたいな。あの
軽く天を仰ぎ、夜の星々を数えるセージ。
(なんで、急に俺はこんなにも不安になっているのか。わからん。・・・俺は、転生者の大槻誠司なのか。それとも、その魂を喰って命を繋いだセージ・ニコラーエフなのか。それとも、すでにどちらでも無い誰かなのか・・・)
馬車が近付いてくる。
先導する騎馬に目を凝らして、考えるのを一度やめた。
今は目先の問題をどうするかを考えなくてはならない。
二人組の東洋人が、せめて生きて行く事が出来るようにはしなくてはならなかった。
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