第108話 追撃の黒き闘犬、その4
ピーヒョロロロロ
ヒー、ロロロ
街道を南下する荷馬車の西の空から
荷馬車に揺られるファンガン・ローが振り向いて西の空をぼんやりと見るが、鳶の姿は見えない。
「遥か西方のこの地にも、鳶は飛んでいるのだな」
「
故郷を懐かしんでゴンゾン・ウガルも西の空を眺めるが、やはり鳥の姿はない。
御者の男が右に少し振り向いてファンガン・ローを見て言った。
「何の鳥ですっ?」
「鳶だ。鷹に似ているが、もう少し小柄でな。愛らしい鳥だよ」
「あんな鳴き方の鳥なんて、この辺じゃいないはずなんですがね」
追手が人間と判断していた故に、近隣のハーピーが滅ぼされている事に御者の男は鳥の鳴き声程度に警戒心は向けていなかった。
空からの追手を警戒していれば、鳶の声の方角の空をくまなく探したかも知れないが、遥か高空から彼等の馬車に狙いを定めるハーピーの存在に気づく事はついぞ無かった。
前に向き直り、呆れるように首を左右に振る御者の男。
「鳥の鳴き声などどうでも良いことでは? それより追手が迫っていないか、背後を警戒して欲しいものですが」
ファンガン・ローは、つまらぬ奴だと呟くと後背に視線を戻す。
ピィー、ヒョロロロロ
より近く、ほぼ真上から鳶の鳴き声が響いた。
「おお、コレは近いですなっ!」
嬉々としてゴンゾン・ウガルが空を見上げて表情が凍りついた。
ファンガン・ローが訝しげに家臣の戦士の顔を見つめる。
「どうした、ウガル」
そしてファンガン・ローもまた空を見上げた時、茶色を基調として赤いラインで縁取られた衣を緑の帯で腰に留めた衣装に身に纏ったハーピーが馬車に向かって高速で降下して来るのを見て目を見開いた。
「宿の・・・奥方?」
ハーピーは彼等の武器が届かない程度に近付くと、馬車を僅か追い抜いて歌い始める。
ルー、ルララ
ウー、フー
フフーフ、ルー、ラー
ルー、ルララ
ウー、フー
フフーフ、ルー、ラー
耳心地良い澄んだ
ピーイー、・・・ヒョロロロ・・・
唄は止み、鳶の声が遠ざかっていく。
ファンガン・ローが我に返った時、馬車の中、頭陀袋を両手に抱えた緑色の髪が美しいメイドの姿が目に入って来てギョッとして身構えた。
「貴様っ、いつの間に乗り込んで来たっ!?」
メイドはゆるりと緩慢な動きでファンガン・ローに顔を向けて、
「奪還、させて頂きます」
トンと床を蹴って走る馬車から後方に飛び降りる。
走る馬車から身を投げ、数十メートル後方に降り立つと、躓く事もなく不自然なほど自然に降り立つや踵を返して街道を北上して行った。馬が駆けるほどに速足だ。
「馬鹿な、何故気付かなんだっ! この私が!?」
事態に気付いてゴンゾン・ウガルが御者を返り見る。
「御者殿、積荷を奪われた! 馬車を反転させろ!」
御者は反応する事なく、手綱を握りしめたまま微動だにしない。
流石に怒って彼の左肩を右手で掴む。
「御者殿、聞いておるのか!?」
ぐらりと揺れる御者の男は、力なく倒れて馬車から転げ落ちそうになり、慌ててゴンゾン・ウガルが右手を伸ばして腰ベルトを引っ掴んで荷台に引き上げると、二人は男が眠りこけている事に気付き顔を青ざめさせた。
「寝ている!? 何故だ!!」
「分かりませぬ。ただ、御者を失のうた馬車は、止まるか暴走するかですが・・・」
ゴンゾン・ウガルの言葉が終わらぬうちに、馬車は減速を始めてやがて停車する。
「走り詰めだったからな。馬も疲れていたと言う事か」
「幸ですな。ですが、如何いたしましょうや。娘を奪われてしまい申した」
ファンガン・ローは、荷台を前に進むと御者台に腰掛けて手綱を握りしめる。
馬車を引く馬達にそっと語りかけた。
「使役してすまぬが、戻らねばならん。今少し頑張ってくれ」
そして手綱をピシャリと打つと、馬達は緩やかに右へと旋回を始め、馬車を北に向けると再び駆け出した。
ゴンゾン・ウガルが荷台から身を乗り出してファンガン・ローの隣に腰掛ける。
「どう言う事でありましょうか。それに、あのメイドの娘は?」
「ヒト、では無かろうな。あの動き。それにどうやら、我等は短時間とはいえ眠らされていたようだ」
「あり得ませぬ、魔法か何かでもない限り。我等は武士として鍛錬を積んでおります故」
ファンガン・ローは悔しげに唇を噛むと、すでに遠ざかったメイドの姿を見て彼女の隣に馬まで黒尽くめの巨漢の戦士を目に留めて短く唸った。
「落ちたものだな。我等も。こうもしてやられるとはな」
黒い戦士の右隣に、先の衣装を纏ったハーピーが降り立つ。
戦士は馬から降りると代わりにハーピーに跨がらせる。
メイドは頭陀袋を引き裂くと、中から金髪褐色肌の娘を助け出して同じ馬に跨がらせ、自身は徒歩で北に向かって駆け出した。
それを追うように黒い馬が遠ざかって行く。
巨漢の黒い戦士は背中から大きな
ゴンゾン・ウガルがやや嬉しそうに身を捩らせる。
「立ちはだかるつもりのようですな。ですが、コレは依頼を反故にする良い機会かも知れませぬが・・・。如何なさいます。ロー様」
「ここまで追って来た者に知らぬ存ぜぬが通じる筈もあるまい。受けて立つしかない」
「真面目ですな・・・。であれば!」
緩やかに駆ける馬車を荷台に戻り、床に横たえた彼の身の丈ほどもある金棒を掴み上げて笑った。
「押し通りましょうぞ。戦人の血が騒ぐというものにござる!」
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