第107話 追撃の黒い闘犬、その3
荒凉とした平原を縦断する街道。
三騎の騎馬と、先行するローツインテのメイドが疾走する。
騎馬より先行して走るメイドの脚は、残像が残るのではないかという速度で高速回転しており、勢い関節が立てる「シュン・シュン」という金属が潤滑に稼働する音が聞こえることからおよそ人間ではないと、近くを通った者がいれば思っただろう。
そのメイド、
「ビーニ、お姉ちゃんの馬に乗せてもらって休みなさい」
「はーい」
ラーラに言われて素直に従ってエルフ娘が騎乗する茶色の馬の方に緩やかに下がっていく
ラーラは人間では到底なし得ない速度で駆けるジェリスニーアの左側を並行に飛行して言った。
「馬車が一台いたわ。例のお客さんと大きな袋を乗せているようね」
「馬車の構造はいかがでしょうか。詳細が分かれば教えて頂きたいのですが」
「二頭の馬に引かれているわ。天幕のない簡単な、よくあるタイプの馬車ね。他には御者が一人だけ」
「承知しました。どうやら最も一般的な木製馬車と推測します。車軸も強度はそれなりでしょうから、逃走には不向きなはずです」
ジェリスニーアはわずかに速度を落として、セージが跨る黒い馬に並走して見上げた。
「追いつけそうです。我がマスター。いかがなさいますか」
セージは馬を速足で走らせながら右側に並走する生人形を見下ろして言った。
「敵の戦力は」
「例の客人二人と、御者が一人いるようです」
「伏兵がいると思うか?」
「そういった状況ではないと推測します。どこかで護衛と合流する可能性はあるでしょうが」
「そうだな」
セージは彼の前に座って馬の首筋にしがみつく末娘のチェータの背中を右手でポンと叩いて言った。
「チェータ、レナお姉ちゃんの馬に乗せてもらえ」
「んぅ〜?」不思議そうな顔で振り向き「どしてー?」
「アニアスお姉ちゃんを迎えに行ってくるからだ」
「どしてー? チェータもいくよー?」
「少し危ない事をしないとならん。お姉ちゃん達と一緒に、後から来なさい」
セージが低い声で、有無を言わさない重い声で言うと、チェータは不満そうにしながらも馬の勢いに風に乗ってレナの乗る灰色の馬へと飛翔してレナの背中に抱きつくように馬に跨った。
チェータが抱きついてきたのに少しだけ振り向いて微笑む。
「えらいえらい、もう十分に飛べるようになったのねっ」
「うんー、えへへ〜」
にこやかに笑ってギュッと抱きついてくるチェータ。
レナとフラニーは、馬の速度を少し上げてセージに並走すると彼の方を伺う。
「それで、見つけたの? チェータよこしたって事は、また一人で行こうとしてるのかしら」
「偵察とはいえ、流石に子供を前線には出せん。守ってくれ」
「やれやれね。私だって戦えるって、そろそろ証明しておきたいんだけど」
「そう思っていたら、子供のお
「その程度には、認めてくれてるって事か」
「じゃあ後から追いつくとして、お父さんの馬ってそんなに速く走れるの?」
少し不満げなレナが苦し紛れに言うと、セージの跨る黒く大きな体躯の馬が機嫌悪そうに嘶いた。
ジト目で黒毛の馬の首筋を見てため息を吐くレナ。
「がんばっちゃう心意気は感心するけど、重装備のお父さん乗せて疾駆出来るか見ものよね」
さらに嘶く黒毛の馬。
セージは機嫌を悪くした大馬の首筋を右手で軽く叩いて言った。
「小娘はお前の実力が分からんのだとよ。戦う必要はない、俺を送ったら少し休んでいろ」
彼の愛撫にブルルッと鼻を鳴らすと首を左右に振り、正面にしっかりと向き直る。
セージは黒毛の馬を手綱で制しながらラーラとジェリスニーアに向かって大きく声を上げる。
「ラーラは空から大きく迂回して敵に向かってくれ。追手と気付くかも知れんが、判断を誤らせる事が出来る」
「分かったわ」
「ジェリは俺と全力疾走だ。そのまま戦闘は可能か」
「問題ありません。各関節の魔力コーティングは良好。いまだ95%の魔力残量がありますので、通常戦闘であれば八十時間は戦えます」
「よし。行くぞっ!」
ヤっと鋭く息を吐き出すと馬の腹を両足で軽く蹴り、手綱を鞭打つセージに呼応して、黒毛の馬が全力で駆け出した。
気配を察したジェリスニーアもまた恐ろしい勢いで両脚で地面を蹴り、僅か土煙を上げて加速する。
一気に後続を引き離して駆けていく姿に、レナとフラニーは目を丸くして、子供達はその勢いに歓声を上げて両手の翼を小刻みに羽ばたかせた。
人間の夫の勇姿をしばし見守り、ラーラもまた風に乗って高速で天高く舞って行った。
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