第106話 追撃の黒い闘犬、その2

 馬車が揺れた。

 荷台の上に転がされた頭陀袋が跳ねる。

 板張りの床には、申し訳程度に毛布が重ねて敷かれていたが、衝撃を完全に吸収する事は出来ずに頭陀袋が跳ねる度に、ぼとり、と硬い物がぶつかる様な音が響く。

 コラキアを出た簡易的な荷車の馬車は、二頭の駄馬に引かれて南へ続く街道を走っている。

 雇われのくたびれたチュニックにヘタった布製の目深な帽子を被った御者が、頭陀袋を挟んで向かい合う東洋人の二人組の座っている様子を振り向いて見て言った。


「本当に大丈夫なのでしょうね。間違っていましたでは、御領主様はお許しになりませんよ」


 身なりからしてそぐわない様な丁寧な言葉遣いからして、ただの御者とは思えない男の言に、荷台の左側に座る虎の面の白い戦袴姿の少年が不機嫌そうに睨みつける。


「その方らが正確な指示を出さずにいて、間違いも正解もあるまい。そもそもが、計画の段階から破綻していたのだ。感謝して欲しいなどと思わぬが、非難されるのはもっての外だな」


 ハスキーな少年の声に、御者の男は顔をしかめる。


「まぁ、合っている事を祈らせて頂きますよ。運び手とはいえ、コラキアまで潜入していた以上、私にも責任がついて来そうだ」


「そう心配するな。ガハハッ! 浅黒い肌の金髪娘など、遥か西の砂漠の国に行ったところで早々いるものでもない。間違えようはずもないではないか!」


 右側に座る大柄な、藍色の戦袴に身を包んだ大男が豪快に笑って言うと、御者の男は一瞥しただけで汚物でも見るようにため息を吐く。

 小柄な虎の面の少年は貴族然とした風格を備えていたが、大柄な男はと言うと茶色の短髪に四角い顔、そろえられていない無精髭とおよそ高貴な産まれとは程遠く、御者は獣でも見るような目で一瞥して仮面の少年に言った。


「配下の方が武人であるとは認めますが、躾はされた方がよろしいのでは。貴殿の品位を疑われますよ、ファンガン・ロー殿」


 虎の面の少年、ファンガン・ローは狐のような切れ長の、美しい目を細めて横目に御者を睨みつける。


「進言いたみいる。私からも忠告させていただくが、見た目だけで判断するのは早計だ。ゴンゾン・ウガルは貴殿が考えているような人物ではないぞ」


「ガハハッ! まぁまぁ、良いではありませぬかっ。某もこのような風態でありますし、貴人とは程遠いのは確かですからな!」


 大男は豪快に笑うと、真剣な面持ちに切り替えて御者に言った。


「時に御者殿。そろそろ街道から外れていただけませぬかな。土地柄的にも地面が硬くなって来た様子。車輪の跡も、目立たぬでしょう」


 見るとコラキアからこの方、草原が続いていたが今は荒凉とした岩盤が目立つ平原に変わっており、硬い地盤の土地に入ったようだ。

 しかし、御者はというと不潔な印象の大男の言に含む所があるのか良い顔はしない。


「確かに、ラーゲ草原を抜けて石英採掘場の多いバレイロス平原に入りましたが。街道を外れて硬い岩盤の上を走るとなると馬車が跳ねる。車軸が損傷する恐れもありますし、積荷が壊れても困ります」


 言うことを聞こうとしない御者に、ファンガン・ローが顎を引いて上目使いに睨んで言った。


「追手を考えての事だ。道を逸れた方が良い」


「そう仰いますが、積荷が傷物になるのを、伯爵閣下は嫌います。あなた方の役割は、用心棒も兼ねていると考えていましたが?」


「戦いは避けられるに越した事はない。そうであろう」


「この先の分かれ道で、東に向かった先に合流地点があります。わざわざ危険を犯す必要もないでしょう」


「もう一度言う。戦いは避けられるに越した事はない。道を外れて東に進路を取るべきだ。合流地点への近道にもなろう」


 御者は、やれやれと肩を竦めてバカバカしそうに鼻で笑う。


「申し上げた通り、積荷を悪戯に傷つけたくないのです。盗賊シーフギルドの追手を心配されているのであれば、それこそお二人で対処していただきたいものです」


 ファンガン・ローは、軽く舌打ちすると正面に座るゴンゾン・ウガルを見た。

 ゴンゾン・ウガルもまた、肩を竦めるだけだ。


「仕方ありませんな。ロー様。まぁ、コラキア盗賊ギルドの構成員程度であれば、某一人でどうとでもなりましょうっ」


盗賊シーフ相手であればな・・・。冒険者ギルドの戦いに現れたと言う、黒い戦士が来なければ良いな」


「黒い戦士ッ! 一度手合わせ願いたいものですな、ガッハハハ! しかしながら、赤き血団レッドブラッズ解散前にもう少し情報が欲しかった所です。印象しかわかりませぬからなっ。今少し詳細な特徴が分かっておれば、対処法も考えられたのでありましょうが。ハハハッ!」


 言うな、と、ファンガン・ローは呟いて背後を見る。

 遥か遠くに、大型の鳥と小型の鳥の魔物が並んで飛行しているのを見て、目を凝らした。


(遠くて判別出来ぬが・・・)


 御者に向き直り、問いかける。


「時に間者殿。この辺り一帯には、飛行系の魔物は住んでいるのか?」


「それはないでしょう。コラキアの西の大森林に、昔は野蛮なハーピーが棲むコロニーがありましたが、冒険者達の活躍によって滅ぼされた筈です」


「ふむ・・・。なるほどな」


 直感的に嫌な予感がしてファンガン・ローが再び背後を見ると、遠く飛行していた魔物の姿は無く視線を床に転がる頭陀袋に移す。


(考えすぎか。コラキアで見た鳥の魔物は小さかった。追ってくる理由も見つからぬ)


 思いながら、宿でセージと一緒にいたファンガン・ローよりも上背のある美しいハーピーが脳裏を過ぎる。


(考えすぎか・・・)


 結局、馬車は街道を逸れる事なくそのまま南下して行く。

 御者の男は、ファンガン・ロー達の動向をそれとなく観察しながら気取られないようにため息を吐いた。

 彼の真の目的は、どうやらごまかせているようだ。

 事は荒立てず、静かに遂行する必要がある。まずは安泰といった所か。


(娘さえ手に入れてしまえば、あとは用はない。御領主様の命令は、絶対に完遂されなければならない。異国の者の手を借りたなどと、汚点にしかならないからな)


 互いの思惑を乗せて、馬車はそれなりに整備された街道を駆け抜けて行った。




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