第105話 追撃の黒い闘犬

 レナとフラニーの装備と、彼女達が乗れる馬の準備を待って、セージはギルドのうまやを出発した。

 黒毛の大きな馬に跨がり、先頭切って通りに出ると南を目指す。

 彼の前に、股座にチェータがいまだ小さな身体で座り込んで翼の関節で馬の首筋に抱きついて身体を固定し、アルアはレナに、ビーニはフラニーに同様に抱かれて馬に揺られていた。

 厩を出て数歩進んだ所で、冒険者ギルド正面側から勢いよく地面を蹴る音が響いてセージが手綱を引いてそちらに騎首を向けると、建物の影からジェリスニーアが姿を現して韋駄天の勢いで彼等の元に駆けつけ、セージの跨る馬の右脇に跪いて頭を垂れて言った。


「只今戻りました。我がマスター」


「そこまでゆっくりしていたわけではないのだがな。速いなジェリ」


「はっ」


 さらに深く頭を垂れるジェリスニーア。

 父達の股座に収まって馬の首筋にしがみつく子供達プチハーピーは、首だけ器用にジェリスニーアを見下ろして不満げに顔を歪めるが、喉だけで唸り声を上げたチェータの頭をセージが左手で優しく撫でてやるとすぐに声を上げるのを止める。

 子供達を大人しくさせてセージが言った。


「どこまで判った」


 生人形リビングドールジェリスニーアは、深々と頭を垂れてから勢い顔を上げてセージを見上げる。


「南門にて馬車に乗り込み、南下したようです。残念ですが、馬車に関するデータが不足している為追跡に限界が・・・」


「その為に娘達がいる。だが、お前の「目」に頼る所も大きい。俺の馬に乗って地上の目になってくれ」


「いえ、現在、魔力の充填は98パーセント。稼働に影響はありません。先行して走りますので追尾して頂ければと考えます」


 なんとも荒唐無稽な言葉を聞いて、レナが顔をしかめて言った。


「いやいやいや、馬並みに走れないっしょ。乗せてもらいなよっ」


 しかし、ジェリスニーアはレナを見上げて不思議そうに首を傾げる。


「私は単体で、時速200キロ走行が可能なのですが。それに私はリビングドール。皮膚こそ魔力土マジックスキンを使用していますが骨格はミスリル製です。認めたくはありませんが私と同体格の娘に比べても倍の体重があります。馬に負担がかかる為、追撃には不向きかと」


 二百キロで走れると聞いて、口を真一文字に噤んで笑っているのか困っているのか分からない渋い変顔で「えー、んー」と唸るレナ。

 ジェリスニーアは彼女で、自分で言っておいて体重に傷付いたのか「2倍・・・私は2倍・・・」と悲しそうに俯いてしまう。

 セージは手綱を器用に操って騎首を南に向けると、興味なさげに言った。


「貴様はそんなに重くないだろうジェリ」


 彼の言葉に、表情こそ氷のようだが機嫌を直した様子で立ち上がるとセージの馬の前方に歩いて行く。

 レナとフラニーが顔を見合わせてセージの背中を見つめ、フラニーが恐るゝゝ聞いてみて。


「え、もしかしてなくてもジェリスニーアと寝たことあるの?」

「はっ? マジで? キモいんですけど」


 ジト目で二人の娘を振り向いて、嘆息を吐くセージ。

 否定も肯定もせず、呆れたように言ってのけた。


「ピンク脳どもが」


 そして正面に向き直り、「出るぞ、ジェリ」と短く命じる。

 生人形リビングドールは一つ頷くと、緩やかに駆け出し、セージ達の馬が駆け出す速度を「音」で測りながら走る速さを調整して行く。

 巡航速度まで到達すると、ジェリスニーアの脚は高速で回転して馬と変わらぬ速度で駆けていた。


「あー・・・。コイツ本当にロボットなんだぁ・・・」


 呆れたような感心したような感じで呟くレナであった。





 南門に到達すると、衛士達が相変わらず駆け寄ってきてセージを半包囲して来た。


「何の用だ、北の野蛮人がっ!」


「隠者の次は野蛮人と来たか。呆れるほど変わらん対応に逆に感心するぞ」


 フンっと、鼻を鳴らして蔑む目付きで見下ろすセージ。

 フラニーが馬を進めてセージに並ぶと、冷ややかに言い放つ。


「臆病もそこまで来ると表彰モノね。アンタ達、怪しい奴が通ってないかちゃんと見てる?」


 怪しい奴、と言われて衛士達は顔を見合わせてセージを見上げる。

 フラニーは気分を害してキツイ声で言った。


「虎の面をつけた東洋人の少年とか、東洋人の巨漢とか、普通この辺に居ないような怪しい奴が通んなかったかって聞いてんのっ!!」


 言われて、「あぁ」と何かを思い出したようにフラニーに向き直る。


「くっ、コイツら・・・」


 言いたい事はあったがどうにか我慢するフランチェスカ・エスペリフレネリカ。

 南門の兵士長が一歩前に出て言った。


「礼儀正しい旅人達であったが。彼等の何処が怪しいのだ?」


「時間の無駄です」


 ジェリスニーアが不機嫌そうに一歩踏み出すと、ガラスの目を明るく緑色に光らせて衛士達を威圧する。


「観察力の足りない兵士に、門番など務まるはずも無いではありませんか」


「何だと?」

「娘っ!」

「無礼な態度だ。躾が必要か?」


 一見してか弱いメイドに見えるジェリスニーアを懲らしめようと数人の衛士が詰め寄って来た。

 ジェリスニーアに触れようと手を伸ばした一人が、右手で掴まれて無造作に捻られると、ぐるりと時計回りに宙を舞って背中から地面に落ちる。

 力量の差が解らない兵達は、一気に景色ばんで剣を構えるが、セージが「厄介だから殺すなよ」とジェリスニーアに語りかけるや彼の方に向き直り、セージが余裕の表情で感慨深くもなくゴミを見るような態度を見て衛士達は初めて力量の差を解ったのか無様に後退った。

 馬を三歩進めるセージ。


「クソったれども。御領主には報告しておく。いつまでも同じ職に有り付けると思うなよ」


「ど、どういう意味だっ!?」


赤き血団レッドブラッズの一件を忘れたとは言わせんぞ。人攫いをむざむざ通しやがって。おかげで遠出せねばならん」


「人攫い?」


 チッと舌打ちするセージ。


「退け、馬で轢き殺すぞ」


 呆れた声で彼が凄むと、門を守る兵達は一斉に後退って道を開けた。

 悠々とその間を通過する一行。

 南門を出てしばらく駆けると、ポツリとレナが呟く。


「なんでお父さん、あそこまで嫌われてるの?」


「フンっ。ただ単に怖いんだろ」


「お父さんが?」


「知らん。最初からああだ」


 興味なさげに馬の脚を速めると、上空から鳥の鳴く声が遠く響いてきて一行は首を巡らせる。


『ヒーユー、ヒョロロロ』


 独特の鳴き声に、子供達プチハーピーが翼を万歳してはためかせて歓喜の声を上げる。


「「「ママーっ!」」」


 ハーピーのラーラが一行の前に、セージに並走するように低空を飛んで言った。


「セージっ!」


 ちょっと困った顔でしかめっ面をするセージ・ニコラーエフ。

 ラーラは器用に飛翔して彼の背後に、馬に跨ると左の首筋にしたたかに噛みつく。


「いっ! 何するんだっ!」


「こっちのセリフよ。なんで何も言わずに娘達を連れ出してるのっ!」


「・・・理由はある」


「理由があるのは知ってるわよ! アニアスが拐われたって!?」


「アルア達は犯人を目撃している」


「どうやって子供達を守るつもりでいたの?」


 妻である魔物の問いに、答えに困って口黙るセージ。

 ラーラが今一度首筋に噛み付いた。


「痛いっ! 痛いだろうっ」


「痛くしてるのよ! 私が守るのよ、そうでしょう!?」


「ジェリスニーアがいる。レナやフラニーも、」

「私が、守るのよ?」


 一語一句力を込めて凄むハーピーのラーラ。

 母親の迫力に、レナもフラニーのそっぽを向いて冷や汗をかいている。


(うわぁ・・・そうだよねぇ・・・怒るよねぇ・・・)


 忘れてた、と言わんばかりのレナ。


(マズイわね。とばっちりこなきゃいいけど)


 心底困って遠くを見つめるフラニー。

 子供達はラーラが怒っている理由が解らず、父と姉達の顔を見上げて小首を傾げる。

 ラーラがセージの背中越しにチェータを覗き込んで言った。


「チェータ、危ない事しようとしてるって分かってるのっ!?」


「んぅー? だからおとうちゃん達呼びに行ったのー」


「最初はママの所に戻りなさいっていつも言ってるでしょう!」


「でも、」


 アルアがレナの股座に収まったまま声を上げた。


「ジージが一発でのされちゃったから。見てたから。おとうちゃんじゃなきゃダメって思ったから・・・」


 キッとレナの方を見るラーラ。

 レナは乾いた笑みを浮かべて誤魔化そうとする。

 アルアは構わずに続けた。


「キンクロのおねーちゃん、袋に詰め込まれて連れてかれちゃった。急がなきゃって思ったから、おとうちゃんとこ行ったの」


 深くため息を吐いて、ラーラはセージの腰に翼を回してしがみ付いて言った。


「今度はママの所に最初に来なさい」


「お言葉ですが」


 ジェリスニーアが速度を落としてセージの馬に並走してくる。


「明確に強敵と判断出来たからこそ、セージ様の元に集まったのです。判断が間違っているとは言えません。奥方様」


「親に無断で危ないことをするのが間違っていないと?」


「それは・・・お止めしましたが。子供達も役に立ちたいと強く要望されましたので」


 ラーラはもう一度ため息を吐くと、アルアに向き直って言った。


「犯人はわかるのね?」


「わかるー」と、アルア。

「お面のおにいー」と、チェータ。

「ガハハのおじちゃんー」と、ビーニ。


「セージ?」


 信じられない、と、ラーラがセージを見上げる。

 彼は多くは語らずに一つ唸って答えた。


「俺にも分からん。とにかく問い詰めんことにはな」


「わかったわ。子供達は?」


「交代で空から探させる。方角がわかれば、ジェリスニーアに先行させて追撃出来る」


「いいわ。じゃあ私は子供達と一緒に飛んで、子供達を守るわね。見つけたら、あとは私が相手を空から追うわ」


「わかった。そうしてくれ」


「それと・・・。帰ったら覚えておいてね?」


 ラーラは本気で怒っている様子で締めくくる。

 セージはその一言でこれから為すべき事から意識を戻され、憂鬱な気分になる。

 そして、ラーラは続けた。


「あと、帰ったら一回や二回じゃ許さないから」


「おい何故その方に話を持っていく」


「他の女と寝ているの?」


「そんな訳ないだろう」


「そこも怒ってるからね。何日私をほったらかしにしているの?」


「なんでそこなんだ・・・」


「だってアニアスが心配なんでしょう?」


 無言になるセージ。

 ラーラが再び首筋に噛み付いた。


「いっ!?」


「どんなに疲れてても一回や二回じゃ許さないから」


 そして、翼を大きく広げて風に乗り、低空を羽ばたくラーラはアルアに向かって声を上げた。


「アルア、飛びなさいっ、敵はわかるんでしょっ!」


「はーい」


 レナの手綱を握る馬の、首筋に立って翼を広げるアルア。

 馬の走る速度で風に乗り、ふうわりと飛びたつとラーラに並走し、ラーラはアルアを導くように高度を上げていく。

 それを確認して、ジェリスニーアは先頭に駆け出し、五十メートル先行して街道を駆ける。

 一行の、本格的な追撃が開始された。




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