第12話 夢、現実は大地震と揺らぎ、少女は転移する

 土曜日、早朝。

 明け方までロストファンタジアオンラインをプレイしていた小坂部麗奈は、クマの出来た顔を画面の消えたモニターに映してボーッとしていた。

 夕べ新しくフレンド登録をしたアイとポニーという二人組と、北エリアへ行くダンジョンに出現する宝箱を求めて攻略を進めていたのだが、鍵を落とす巨人が思ったより強く、新装備のアイスブランドに属性耐性があったことから思った以上に手こずり、挙句、やっと宝箱を開けたと思ったらハズレアイテムのMP回復薬、ブルーポーションしか出ずに3時間を費やしてしまったのだ。

 おまけに途中、暗黒の隠者討伐クエをやっている所属ギルドのギルマス、アーサー丸から何度も直接チャット囁きで、フレごと合流しないかとしつこく誘われて断るのに随分と神経をすり減らしてしまった。

 小坂部麗奈は、ギルド内でもリアルとキャラが同性と明かしており、その為か姫扱いされている上、どうやらアーサー丸からは少なからず好意を寄せられている事は察していた。


「とはいえ、ゲームはゲーム。リアルはリアルなのよね・・・」


 パソコンデスクの上、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)の横に置かれたジュースの入ったペットボトルを右手で掴んでキャップを開けると、温く温まってしまったオレンジジュースを一口飲む。

 左手に持ったコントローラーをデスク左のフックに引っ掛けると、両手にはめたモーショングローブ(キャラクターの細かい動作を補助する周辺機器)を外してディスプレイに載せるように掛け、大きな欠伸をする。


「ま、いいや。眠いし。今日休みでよかったー。寝よう・・・」


 椅子を立つとディスプレイの天端中央に載せたモーションキャプチャーカメラを外してカメラをデスク上に伏せ、立ち上がって部屋の隅にきっちりと収まったベッドへ向かう。

 布団に潜り込むや、枕がわりに使っている白熊のヌーさんヌイグルミを抱きしめてうつらうつらし始める。

 彼女にとって、新たに「彼氏枠」に追加されたNPC、暗黒の隠者ニコラスの面影を妄想しつつ、ゆっくりと眠りに入っていった。





 どの位眠っていただろうか。

 麗奈はベッドが車にはねられたかのごとく揺れを感じてパチリと目が覚める。

 部屋が、家がごとごとと音を立てて揺れていた。

 階下で、恐らく居間でテレビがつけられた音が微かに聞こえてくる。かなりの大音量にしているようだ。


『東京近郊で発生した局地的な地震は、地域によっては震度7を超えるという情報が入っておりますが、地震観測機による観測はされておらず、詳細は不明です』


「ナニソレ、観測機故障? 政治家怠慢?」


 一気に覚醒した頭だが、まともに働いていない為、ヌーさんヌイグルミを抱えたままベッドに腰掛ける。

 階段下から母親の怒鳴り声が聞こえて来た。


『麗奈ー! 起きてるんでしょう!? 避難地区行くからすぐに着替えなさいー!』


「ぅう〜・・・」


『麗奈、聞こえてるのー!?』


「うー、はーい! 今行くよー!」


 何で怒鳴る必要があるんだろうと不満を漏らしながら、麗奈は部屋のテレビをつけるとパジャマを脱ぎ、タンスを開けて明るい青のスカートを手に取り、集団の場所に行くならやめた方がいいかと思い直してジーンズに持ち替える。

 ジーンズに脚を通して真っ白なブラウスに腕を通すと、ちょっとミスマッチな感じの青いキャップを被る。


「この地震による被害の詳細は今のところ報告されておりませんが、幸いにも死傷者は少ないと言われています。ただし、工事現場等において足場の倒壊や高所作業車の転倒が発生していると伝えられており、現在調査中です。区民の皆様においては、落ち着いて速やかに避難所への移動をお願いいたします」


 ニュースキャスターのアナウンスに眉根を潜める麗奈。


「こわ。こんな時に高い所登らなきゃいいのに・・・」


『麗奈ー!!』


「わーかってる! 今行くよー!』


『早くしなさい!!』


「ったく・・・」


 テレビからニュースキャスターのアナウンスが続いている。


「たった今入りました情報によりますと、局地的に発生した地震は以下の通りになります。千代田区、新宿区、目黒区、八王子市、それに埼玉県大宮市、大宮区。繰り返します」


 キョトンとした表示で、小坂部麗奈はテレビを眺めて言った。


「ナニソレ・・・。震度7でそれだけ? ていうか、場所随分飛んでない?」


「たった今環境庁から入った情報によりますと、地震観測計は一切故障しておらず、地表のみが左右に揺れたと情報が入っております。具体的な事は調査中との事ですが・・・」


「バカじゃないの、地表だけ揺れるとかありえないでしょ。視聴者馬鹿にしてんの?」


「なお、GGGYHHHHHHHH・・・(ブツン)」


 テレビが唐突に消える。

 外からカラス達が一斉に騒ぎ出し、窓の外に目を向けると、空が真っ赤に染まっていた。

 パソコンデスクの上の時計を見る。

 正午12時だ。

 窓に駆け寄って外に半身乗り出す。


「空が・・・雲が・・・魔法陣みたいになってる・・・?」


 下の庭から父親の怒鳴り声が響いた。


「麗奈、何してる! 早く降りてこい!!」


「お父さんすごい! あれあれ! 空真っ赤で魔法陣出て来てる!」


「魔法陣なんかないし空も赤くなんてなってない! 早く降りてくるんだ!」


「何で、真っ赤じゃん! 空真っ赤!」


「いい加減にしろ麗奈! 早く降りてこい!!」


「だって、まほうじーーー」


 小坂部麗奈の言葉は、そこで途切れた。

 魔法陣が高速で旋回を始め、大きな地震が襲って来たのだ。


 ただし、


 麗奈の部屋だけに・・・。


「は???」


 麗奈の部屋がメキメキと音を立てて家から分離していく。


「何何何何!? 何が起きて!?」


「麗奈! 飛べ! 飛び降りろ、早く!!」


「わわわわわー! お父さん助けて!!」


「飛ぶんだ、麗奈! 窓から飛び降りなさい! 早く!」


「やーーーーー! うわーーーーー! 助けてーーーーー!!」


「飛ぶんだ麗奈! 麗奈ーーーーー!!」


 激しい揺れの中、小坂部麗奈は精一杯の力を振り絞って窓枠から身を乗り出し、目を瞑り、一か八か飛び降りた。

 一瞬目を開ける。

 父親が両手を広げて懸命に受け止めようと前に出るのが見えた。

 同時に、遥か上空からまるでゲームの効果音のようなギューン、という言葉で言い表せない音が響き、地上に身を落下させながら空を見上げると、魔法陣から麗奈目掛けて眩い光のビームが伸びてくる。


 ビームは小坂部麗奈を捉えると、空高く彼女の身体を引っ張り上げて行く。


「やだやだやだやだなにこれアリエナイ嘘でしょ嘘でしょ助けてナニコレ助けてー!」


 父親の怒鳴り声が遠のいて行く。


『麗奈! 麗奈ーーーーー!! 麗奈ーーーーー!!!!!』


(うそ、嫌だ、何これ、嘘でしょ!? 私、どうなっちゃうの・・・)


 小坂部麗奈の身体は、遥か上空に引き上げられ、魔法陣に呑まれた。

 魔法陣は麗奈を取り込むや瞬時に萎縮して行き、消滅した。

 赤く染まっていた空は、青く平穏を取り戻し、局地的に発生していた地震はピタリと止んだ。




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