第13話 彷徨える転移者は空を行く
小坂部麗奈は空を飛ぶ。
光に、ビームに引かれて空を飛ぶ。
眼下に遠のいて行く父と我が家。
東京。
日本。
地球。
(ななな、ナニコレ、ナニコレ! やばいやばい宇宙に出ちゃう! 成層圏で燃え尽きる! こんな摩訶不思議な死に方ってないよ!?)
宇宙人の侵略。
まず始めに頭を過ぎったのはそんな想像だ。
宇宙船に引き込まれて、小坂部麗奈と言う少女は身体の隅から隅まで調べられて辱められてしまうと言うのか。
(いやだ! 絶対に嫌だ! こんな終わり方ってないよ! ロスファンのストーリークエ最後までクリアしてないのに!?)
思考に現実逃避が混ざる。
正気ではいられない。
(あああー! こんな事なら地理の浜野先生に告白しておけばよかった! 地理の先生のくせにイケメンで格闘家みたいな体格で優しくて考古学に精通してる! って、ランディ・ジョーンズかよ!!)
麗奈の身体が空の魔法陣に到達する。
くるくると空の真ん中、魔法陣の真ん中で彼女の身体は縦横無尽に回転し、魔法陣を形成する雲か光か判別出来ない物質が凝縮されて彼女に集まって来たが、回転に目を回す彼女に感知するすべはない。
(本格的だ! 本格的にやばい! もう終わった! さようならお父さん、お母さん! 小坂部麗奈は、レナ・アリーントーンに転生します!!!)
支離滅裂な思考。
そして、状況を感知し得ない彼女の身体に、凝縮して来た魔法陣がさらに収縮してとうとう彼女の身体の内側に吸い込まれて行く。
身体が燃えるように熱い。
強烈な質量に、身体がバラバラになってしまいそうだ。
「うううあ、ぎ、ああああああああああああ!!!!!」
ヨダレを流し、涙を流して苦痛に耐える。
もう、終わりだ。
そう思った時に、脳裏に浮かんだのは、ロストファンタジアの世界、カリユガニアの美しい世界。
ヴァラカス地方に広がる広大な森林、山地。
ああ、死ぬ前に見るのって走馬灯じゃないんだ、などと脳裏によぎった一瞬。彼女の身体は唐突に苦痛から解放されて木造の船の広い船室、倉庫だろうか、の中にいた。
「・・・・・・・・・・・・ふぇ・・・・・・・・・・・・どうなって・・・?」
船は相当大きいらしく、船室には丸く加工された柱が等間隔で並んでそびえている。
天井は高く、5メートルはあるだろうか。
船室の幅は、ざっと見て30メートル。奥行きは、すごく遠い。100メートルはあるのではないだろうか。
一番奥には、何やら祭壇のようなものが見え、白い布を綺麗に敷かれている。
「何、コレ・・・」
空で振り回されて泣いた涙の跡とヨダレの跡を右手で拭う。
不快さは消えないが、それよりもこの現実離れした光景に意識は奪われていた。
不安を覚えながらも、引き寄せられるように祭壇に歩み寄って行く。
祭壇は、1メートルほどの高さで、長さ2メートル、幅50センチの木製で、正面とどうやら背面に質素で丁寧な装飾が施されている。天端には白いレースの敷物が敷かれ、左右の中程に銀製と思しき燭台が置かれて蝋燭に火が灯っている。
祭壇の背後、壁には巨大なタペストリーが掲げられており、そこには輝く光の紋章を中心に、左に風、右に炎、左下に山、右下に泉と思われる紋章が刺繍されている。縁には幾何学的な模様の金と銀の刺繍。
とても高価な物に感じられる。
グスっと、涙目のままの鼻をすすり、祭壇にそっと右手を触れた。
「何よコレ・・・。来年から大学生なのよ私・・・。まだ試験受けてないしこれからだし受かってないけど、花のキャンパスライフ送るんだったんだから・・・。こんなのおかしいし・・・」
タペストリーに描かれた文字を見る。
どこかで見た覚えのある・・・。
「って言うか、サーラーナ神殿のタペストリーじゃん。って、ここロスファンのキャラメークの背景に似てない・・・?」
『・・・オワル・・・』
「ひっ!?」
何処からともなく声が響く。
上からなのか、右からなのか、下からなのか、後ろからなのか、判別出来ないほど弱々しい反響音。
もしかしたら、脳裏に直接響いているのか・・・。
『セカイ・・・』
「何? ちょっと、なんなのよ・・・」
『マモリテ・・・』
ばっと後ろを振り向き、思わず身構える。
「まもりて? 護り手!? 訳わかんないんだけど!?」
『救ウ・・・セカイ・・・』
「だから、なんなのよ・・・」
『魔ガ・・・メザメル・・・』
「なんなのよ一体!? 一体なに!?」
『ユウシャ・・・マオウ・・・退ケ・・・』
「・・・はい? 私、まだ高校生・・・高3なんですけど・・・』
『見ルノダ・・・』
「何を・・・」
『知ルノダ・・・』
「何を!?」
『スクエ・・・』
「訳わかんない・・・」
『セイジョノ・・・』
「・・・聖女?」
『モトニ・・・』
「なんなのよ・・・もう・・・」
『セイジョト・・・』
「・・・はぁ???」
『デアエ・・・』
「聖女と出会えってこと?」
『デアエ・・・』
「やだ、もう、わけわかんない・・・』
『黒キ・・・』
「・・・へ?」
『ヘイシ・・・』
「へいし?」
『ヨステビト・・・』
「黒き、兵士・・・世捨て人・・・?」
『トモニ・・・』
「黒き世捨て人の兵士と一緒にって事?」
『セイジョ・・・』
「え、いや、訳わかんない・・・」
『マモレ・・・・・・・・・・・・』
声の主もわからず、じっと続きに耳を傾ける。
しかし、声はそれっきり沈黙した。
祭壇から手を離して周囲を見渡す。
「・・・えええ・・・。一体なに・・・?」
タペストリーに視線を移す。
「なんだか・・・ロストファンタジアっぽい・・・」
何気なく右手を左から右にスライドするように振ると、例の淡く光るノート、メニュー画面が出現した。
「あー・・・そうか・・・これ夢だ・・・。あはは・・・メニュー開けるよメニュー・・・」
ページをめくってメニュー画面を操作すると、マップやステータス、所持品を確認することが出来る。
「えええ・・・マップこの部屋しか映ってないし・・・。所持品ストレージ空? 装備はレギンスとチュニック・・・って、着てるのジーンズとブラウスなんですけど・・・。あれ、帽子は?」
頭を両手で触ってみる。
青いキャップは空を飛んでいるうちに落としてしまったようだ。
「ステータス・・・ステータス・・・レベル8戦士? 低っ・・・。あれ? パラメータが無い。勇者力12・・・? 勇者力って何・・・? 所持金・・・ゼロ・・・。当たり前か・・・。名前・・・レナ・アリーントーン? 私、小坂部麗奈なんですけど・・・。ん、真名・・・レナ・オサカベ・・・。んんん?」
パタンっと、メニューを閉じる。淡く光るノートは、光の粒子となって霧散した。
天井を見上げる。
「はは・・・あはは・・・」
両手を大きく広げ、やや天に仰ぐ。
「あははは・・・ははは・・・」
その場に時計回りにくるくると回り出した。踊るように回り出して笑う。
「あははははははは! あはははははははは! 夢だわ、コレ! ロスファンやりすぎて夢見てるわ私! あははははははは、最高! 何この夢最高! 私は勇者だー! 勇者になるんだー、うわー! あははははははは!?」
と、足元が急に軽くなり、がくんっと身体が一段落ちる。
「は!?」
船室と思しき景色が消え、漆黒の闇に放り出されるレナ。
「はわっ、な、何!?」
無重力と思った一瞬から、ジェットコースターで落下するように身体が下に向かって引っ張られていく。
「あわわわ、なになになになに、今度は何!?」
引っ張る強さはどんどん強くなり、ついに彼女の身体は落下を開始した。
「ええええええええ、一体なにーーーーーー!?」
漆黒の闇から美しい景色にフェードインして、
「おおおおお、え、えええ。えええええええええええええーーーーーーーーーー!!!!?!?!?!?」
青い空に放り出されていた。
眼下に広がる大地、森、森に覆われた山。
小さな町が見え、
「あははははははは、まさしくロスファンの初期エリアのマップじゃん!! じゃなくてっ!、 落ちる落ちる落ちる落ちるーーーーーーーうわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」
小坂部麗奈は、落下していった。
恐らく、町に。
始まりの町、コラキアに・・・・・・・・・・・・。
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