第9話 小坂部麗奈、イン、ロスファンオンライン
【ロストファンタジアオンラインにようこそ。】
【レナ・アリーントーンは、ヴァラカス地方にログインしました。】
【レナ・アリーントーンは、コラキアの町に入りました。】
レナ【パーティ】:はーい、はーい、入りましたよ〜
【パーティメンバーがいません。チャットを送信できませんでした】
石造りの建造物が多い町の中央、噴水のある広場で、噴水の周りを茶髪サイドテールの女戦士がマラソンし始める。
他にも、幾人かプレイヤーキャラクターがいるが構った様子はない。
マラソンするレナをターゲットして、首だけで追いかけて見つめてくるキャラクターが数人。
意にも介さず噴水の周りで突っ立って、頭上にアイテム販売中を知らせる看板のアイコンを出しているキャラクターが数人。
しばらく噴水の周りをマラソンして飽きたのか、レナは噴水の縁に座ると道の向こう、テナントの立ち並ぶショップ通りを眺める。
視線で追いかけていた他のキャラクターもターゲットを外して思い思いにふらつき始めた。
レナ・アリーントーン。小坂部麗奈は、このロストファンタジアオンラインのベテランプレイヤーだ。
VRMMORPGであり、北の氷に閉ざされた大地から侵略してくる魔族と戦い続ける世界観のこのゲームには、森と山に囲まれた鬱蒼としたヴァラカス地方と、岩石地帯と砂漠が主体の地形のグラーベルム地方、それにのんびりとした穏やかな感じのサバンナ地帯のシュレンテフェーベ地方の3つの大地に分かれている。
ヴァラカス地方は人間とエルフの国、トーナ王国があり、中世ヨーロッパを思わせる、ザ・ファンタジーなマップだ。
グラーベラム地方は、中東。シュレンテフェーベ地方は中華的というかギリシャ的なその中間と言った様子で、全マップの中でも一番日本人に合っているとレナ、小坂部麗奈は思っている。
それでもヴァラカス地方から始めたのは、悪の魔族と直接対峙している地方であり、何よりイケメンなエルフのNPCが多いからだ。
小坂部麗奈は、レナ・アリーントーンとして勇者を目指すからこそ、オーソドックスな中世ヨーロッパに近い地方を選んで遊んでいた。
そんな
暗黒の隠者と言うクエストは、実は既に5回クリアしている。
所属しているゲーム内プレイヤー組織、ギルド「ヴィルヴェルヴィンド」では、同クエスト実装初日からの連日の恒例クエストとしてこの半月、ギルド内イベント化していた。
クエスト自体は、集団でポップするプチハーピーという蛙のように呼び回る中型犬程度の大きさのハーピーを30体倒す第1ウェーブ。人程の大きさで空を飛び、眠り効果のある歌や足の鉤爪で突撃攻撃、又は弓矢の様に飛ばす翼から繰り出される羽マシンガンで攻撃してくるハーピー3体を撃破する第2ウェーブ。漆黒の毛皮を纏い大剣と暗黒魔法で攻撃してくる大男の戦士と戦う第3ウェーブに分かれた連戦クエストで、報酬として稀にドロップするレアアイテムは装備しているだけでHPとMPが徐々に回復して行くリジェネ性能を備え、魔法耐性も上がるという物で比較的に高額で取引されている。
ギルドメンバー達の金策も兼ねていた。
今は夜の8時。いつもならそろそろメンバーが集まる時間だが、今日は少し事情が違うようだった。
ギルドのサブマスター、「タケルくん」から直接チャット「囁き」が入る。
タケルくん【囁き】:こんばんわーっす!!!
レナ【囁き】:おこんこんwww
タケルくん【囁き】:もうクエ受けてる???
レナ【囁き】:まだーw
タケルくん【囁き】:そかそかw
レナ【囁き】:ギルチャじゃないけど、なんかあったん?
タケルくん【囁き】:今ちょっとフレのギルドにお邪魔してるからね。ギルチャ出来ないのでw
レナ【囁き】:なるるw どしたん???
タケルくん【囁き】:今日のクエ、フレの所と、もう一つ別のギルドとの合同アライアンスで行くから、集まるまで時間かかりそうだからさ
レナ【囁き】:えー・・・知らない人と組むのやだなー
タケルくん【囁き】:まぁまぁ、他と連携するのも楽しいよw
レナ【囁き】:うぇーい で、どのくらいかかるの?
タケルくん【囁き】:1時か2時?
レナ【囁き】:マジで!? 全然時間あるじゃんー
タケルくん【囁き】:何時まで平気?
レナ【囁き】:まぁ、大丈夫だけど。ひまー
タケルくん【囁き】:ごめんごめん。話終わったらそっち行くからさ、適当に待っててよ
レナ【囁き】:うぇーい。じゃあ、ザコ狩りして小銭稼いでるね
タケルくん【囁き】:なるべく早く行くからw
レナ【囁き】:うぇーいw
チャットを終えるや、レナは颯爽と立ち上がってコラキアの東の出口を目指した。
コラキアを出てマップを北東に進むと深い森になり、件のクエストはそこで始まるのだ。
レナのレベルは現在80。その気になれば第2ウェーブまではソロで行けるが、最後の黒い戦士はレベル100の強ボスクラス。フルアラ18人で挑む難敵である。
つまり、手前まではソロで攻略しておけば、特段他のプレイヤーとパーティを組む必要はなくボス戦に入れるし、クリアしていたとしても未クリアのプレイヤーのクエストに参戦する事は可能だ。
先に進めるのも悪い手ではないし、ソロで複数の敵を撃破するのは爽快だ。
(ついでに採集ポイントで木材も拾ってこ)
森の木には、時折採集ポイントが出現する。
そこを攻撃すると様々な木材が入手出来て、他のプレイヤーに販売する事で金策にもなる。
何より時間を持て余していた事から、普段と違い一直線には向かわずに大きく迂回しながら素材集めをしていた。
気が付けば、目的地から大きく離れたマップの北の端に近い、山の崖が見える所まで来ていた。
(離れすぎたかな。ちょっと面倒くさいかな。ま、いっか。川沿いに下って魚のモンスでも狩って行くか)
180度振り向くと、小川が南下するように伸びており、10メートル感覚で川の上を大きな魚型のモンスター「キラーナマズ」が浮遊している。
ナマズという名前なのに形が黄色いフナだとか、なんで空飛んでるんだよとか突っ込みどころは満載だが、ゲームなので気にしては負けだ。
早速、キラーナマズをターゲットしようとして愛用の片手剣、クリムゾンレイピアを構えると、視界の端に映る小マップにモンスターを示す赤いドットから少し離れた所にNPCを示す緑のドットが一つ見えて気になり、川を渡ってそちらに向かってみる。
そこには、NPCを示す緑ネームのプチハーピーが一体と、敵を示す赤いネームのプチハーピーが二体、地面を這いずり回っているのを発見した。
レナ【周囲】:なんじゃありゃ・・・
思わず通常チャットで呟いてしまう。
緑ネームのプチハーピーは、もしかして新しいクエストのキーパーソンだろうか、とターゲットを固定する為に近付いてみると、プチハーピーが唐突に会話を始めた。
プチハーピーA:だーれ? だーれ?
と、会話イベントが始まった直後に他二体のプチハーピーがアクティブで絡んでくる。
ぴょーんと、飛んで体当たりをして来て、生意気にもダメージを30点も食らわして来た。
レベル80の戦士レナはHPは550。擦り傷だがちょっと腹立たしい。
レナ【周囲】:って、トラップイベントかよ!
颯爽と攻撃を食らわしてやると、緑ネームも赤ネームに変わって攻撃してくる。
サクッと一撃でプチハーピー達を倒すと、メッセージが表示された。
【プチハーピーBを倒した。15exp獲得】
【プチハーピーCを倒した。15exp獲得】
【プチハーピーAを倒した。0exp獲得】
【Failured】
Failured?
失敗?
・・・え、何が?
(って、まさか、新しいクエスト!? 倒すんじゃないの!?)
レナが呆然としていると、2分ほどでプチハーピーがポップする。
緑が一体、赤が二体。
(ひょっとして、絡まれないように会話イベントやらなきゃいけないって事?)
今度は、赤ネームから離れた、反対側から緑ネームのプチハーピーをターゲット固定してみる。
プチハーピーA:だーれ? だーれ?
レナ【周囲】:あああ、怪しい者じゃ、ないわよー
プチハーピーA:ゴブリン? ゴブリン?
レナ【周囲】:誰がゴブリンだ!!!
【プチハーピー達が襲いかかって来た】
レナ【周囲】:よっしゃ、これでクエスト開始ね! ぶったおーす!
【プチハーピーAを倒した。0exp獲得】
【プチハーピーBを倒した。0exp獲得】
【プチハーピーCを倒した。0exp獲得】
【Failured】
レナ【周囲】:なんでよ!!! しかも、全部経験値ゼロになってるし!
再びポップを待つ事2分。
プチハーピーA:だーれ? だーれ?
レナ【周囲】:お、おねーさんだよー?
プチハーピーA:ゴブリン? ゴブリン?
レナ【周囲】:ち、違うよー。何か困ってるのかなー?
馬鹿馬鹿しいが、話をNPCに合わせてみる。
すると、他の二体のプチハーピーもネームが緑に変わり、レナの近くに寄ってきて彼女の周りをウロウロしだした。
プチハーピーA:ママ、ママはどこ?
レナ【周囲】:げ、まさか、迷子系お使いクエスト?
プチハーピーA:ママ、ママはどこ?
レナ【周囲】:知らねーし・・・。あ、そだ、会話が成立するなら・・・。
レナは、プチハーピーAをターゲットして話しかけてみた。
レナ【周囲】:ねぇ、君達はどこから来たの?
プチハーピーA:おうちー
レナ【周囲】:じゃあ、お家はどっちかな?
プチハーピーA:あっちー(と、南東を指す)
レナ【周囲】:じゃあ、お姉さんと一緒にお家探そっか
プチハーピーA:わーい
プチハーピーB:わーい
プチハーピーC:わーい
(何このシュールな絵面・・・)
早速プチハーピー達が南東に向かって進み出す。
こういうクエストは、大概途中で敵に絡まれるものだと相場が決まっているが・・・。
早速、レーダーに反応が出た。
赤ドットが、1、2、3、・・・5、・・・10、・・・・・・・・・30。
レナ【周囲】:って、多い多い多い!! って、プチハーピーレベル10なのにレベル50ゴブ30って鬼か!!
颯爽と前に出てゴブリンを狩り始める。
レベル80のレナが本気でスキルを連発すれば倒せない敵ではない。
クリムゾンレイピアの特殊スキル、吸血で擦り傷を癒しつつ、単体連続斬り攻撃スキル、ハイトリプルカッターで一体ずつ仕留めて行くが、数が多すぎる。
一体倒すのにHPが50削られている。
多勢に無勢だ。
流石に死ぬか、と、撤退を考えた時、
【プチハーピーAが倒された】
【プチハーピーCが倒された】
【プチハーピーBが倒された】
【Failured】
そして、何事も無かったかのようにフェードアウトして消えていくゴブリン達。
(・・・・・・・・・・・・・・・)
レナは、天を仰ぎ、大きくうな垂れ、肩を震わせて、
叫んだ。
レナ【周囲】:ソロ、無理だろコレーーーーー!!!!!
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