第6話 怪鳥来たれり

 鉄鍋が煮立ち、無造作に放り込んだ野菜が鍋の中で踊る。

 コーンなのか米なのかよくわからない粒の穀物を、踊る鍋の中にザッと木の丼をひっくり返して投入し、木のお玉でゆっくりと、しかし乱雑にかき混ぜていくセージ。

 やがて、スープの出来具合を目視で確認すると、部屋中をくまなく見て歩くフラニーに向かって言った。


「おいエルフ娘、それだけ見て歩けば十分だろう。キッチンの上の棚から皿とスプーンを出してテーブルにつけ」


「はーい。て言うか、名前で呼びなさいよ」


 文句を言いつつ、棚から皿とスプーンを2セット取り出してテーブルに並べるフラニー。

 セージは暖炉の右に掛けてあった麻の鍋敷きを掴むと、鉄鍋の両脇から伸びる吊り下げ式の取手を無造作に左手で掴むとテーブルに持って行き、手早くテーブルの真ん中に鍋を置くとフラニーの対面の椅子に腰掛ける。

 吊り下げ式の取っ手といっても木製の握りが付いており、直ちに火傷するわけではないのは追記しておく。

 椅子に腰掛けると、彼は不機嫌そうにしながらも左手を伸ばしてフラニーに言った。


「おい、皿をよこせ」


 言われるままに右手で木の皿を取り上げてセージに渡すフラニー。セージはスープの中身を無造作に皿によそる。


「ありがと」


「いいからさっさと食え」


 可憐に微笑むエルフ娘に、眼中にないと言った様子で無愛想に言いながら自分の皿にスープをよそるセージ。

 彼はよそり終えると一度皿をテーブルに置いて両手を合わせた。


「いただきます」


 強面に太い声に似合わず、自然な感じでそんな一言を発するのを見て、フラニーが首を傾げる。


「・・・何のおまじまい?」


 と、言われて、セージは数秒固まって合わせた自分の両手を見下ろし、そして何事も無かったかのように食事を始めた。


「いや、別に、いいんだけどさ・・・。冒険者として一年弱旅してきたけど、初めて見るおまじないだわ」


「動物であれ植物であれ、殺して食うんだ。食材に感謝して何が悪い」


「そんな考え方初めて聞いたわ・・・。まぁ、エルフも狩をした後は全能なる聖霊様にお祈り捧げるけど・・・。いただきますって、なんだか残酷な表現よね・・・」


 ジロリ、とセージはエルフ娘を睨みつける。


「嫌なら食わなくてもいいんだぞ」


「え!? いや、食べます!」


 と、ぶつ切りにされた芋をスプーンですくって口にすると、口の中に自然な素材そのもの的な香りが口の中に広がり・・・。


「あの・・・、味がしない・・・?」


「腹に入れば同じだ」


「そうだけどさ・・・何の味付けもしないの?」


「やかましい。さっさと食え」


 取りつく島もないセージの反応に、諦めるようにフラニーは食事を始めた。

 やっぱり何の味気もない。コーンのような米のような穀物に至っては、水で膨れてベチョベチョな何かとしか表現のしようがなく、口の中に湿気を多く含んだ粉のような食感が残り若干の不快感さえある。

 人間の男の一人暮らしなんて、こんな物だろうか、とも思うが、これは明らかにダメな料理ではないだろうか。

 食材の切り分け方も適当にぶつ切りにしただけで、スパイスの類は一切使っておらず、こう言っては何だがせめて肉でも入っていれば少しはダシも取れたのだろうがゴチャゴチャと食材を浮かべただけのお湯を飲んでいるようで正直食べている気がしない。

 あまり食が進まずにモソモソと咀嚼していると、セージはと言えばさっさと食事を終えてワインを一杯やっている。

 ワインと一緒ならあるいは、と思って咀嚼しながらワインを口に含むと、自家製ワインの渋味が口の中に強調されて余計に不味く感じる。

 涙目になってスプーンを皿に投入して置くと、飲み込めずにしばらく咀嚼を続けるフラニー。

 そんな彼女の様子を見て、セージは大きくため息を吐くと席を立ってキッチンの方へ歩いて行った。

 上の棚の中から、四角い木の箱を持って戻ってくるなり、泥の塊のような物をフラニーの皿に放り込み、別の箱を開けると白い小さなブロックをフラニーのワインにふた粒投入する。


「香草をすり潰して固めた。多少は味が出るだろう。よく混ぜて食べろ。あと白いブロックは砂糖だ。貴重だからな。味わって飲め」


 涙目のフラニーは、早速角砂糖を三つワインのコップに放り込み、木のスプーンで乱暴にかき混ぜる。


「おい、砂糖は貴重だと言っているだろう!」


 怒鳴るセージを無視して一心不乱にワインと砂糖を撹拌するなり、グッと一気に飲み干すエルフ娘。

 涙目のまま幸せそうな微笑みをこぼして天を仰いだ。


「ぷっはー! 美味しい! 生き返る!」


「馬鹿が、それはもう砂糖の味だろうが」


 嬉々として銀のポットを左手でひったくるや、木のコップにワインを注いで角砂糖を投入する。

 更に、すり潰した香草の塊を投入したスープも撹拌すると程よい香りがスープから香って来る。

 フラニーは、一口。

 スープは香草の香りと、胡椒も入っていたのだろう程よい辛みで刺激的な味になったが、ジャガイモなどの具材にまで味が通るわけではなく、やはり草の茎や粒を食べているようで口元が粉っぽい後味が残る。

 それでも、スープに味がついたのは救いであった。

 セージが不機嫌そうに、すり潰した香草を敷き詰めた小箱を片付けにキッチンに向かっている間に、掻きこむように食材を口に押し込め、留めと言わんばかりにスープで一気に喉に流し込むと、砂糖の効いたワインをコクコクとゆっくり堪能するように半分ほど飲むフラニー。

 セージはテーブルに戻るなり、銀のポットを掴み上げて自分のコップにワインを注いで言った。


「砂糖は貴重だと言った。もう片付けるぞ」


「えー!」


 名残惜しそうに角砂糖の小箱を見ると、あと15粒しか入っていないほとんど空の中身を見てため息を吐いて言った。


「い、いいわよ。仕方ないわね・・・」


「クソ、全く」


 エルフ娘の反応に、悪態を吐いて箱の蓋を閉じるセージ。

 小箱をキッチンの上の棚にしまうと、再びテーブルに戻り空になった木の皿とスプーンをわずかに白い粒々の浮かぶスープが少し残った鉄鍋に乱雑に放り込んで左手で掴み上げる。

 フラニーは、セージの行動を見て、


「あ、洗い物なら、」


 と半分腰をあげると背中で拒否された。


「要らん。奥の右の扉を使え。そっちの部屋にベッドがある。シーツと毛布があるだけありがたいと思え」


 そう言い残して、セージはロッジを後にした。

 そんな彼の後ろ姿を、窓越しに眺めるフランチェスカ・エスペリフレネリカ。

 すでに陽が落ち、薄暗い庭を井戸に向かって歩く大男の背中が寂しげに見える。


「あんな風貌でも、若い修道女を助ける為に体張ったのよね。ガランジャは人喰い熊キラーベアの中でも特に身体の大きかった魔物だったわ。それに立ち向かって行く勇気って、どれ程だったのかしら・・・」


 井戸から水を組み上げて、木の皮をほぐして作ったタワシで食器を洗う姿が、妙に愛らしく見えるのは遠巻きに眺めているからか。


「まるでけだもののような大男・・・。エルフには居ない逞しさ・・・。あの腕で抱かれてみたい・・・」


 セージの気持ちは正直に言って計り知る事は出来ないが、フラニーに向かって「犯すぞ」などと言ってのけ、彼女を値踏みするように視姦して見せたのだ。

 今更考えるべくもない。

 恍惚とした表情でセージを眺めながら、今晩ベッドに押し倒される事を想像してフラニーが内心悶えていると、薄暗い庭の端から三匹の小柄な何かが蛙のようにヒョコヒョコと飛び跳ねながらセージに近付いて来るのに気付いてドキリとする。

 庭を半分ほど飛んで来ているのに、彼は気付くそぶりすら見せない。


「何、あれ・・・。ていうか気付きなさいよ!」


 更に飛び跳ねる影はセージに近付き・・・。





 セージは洗い物をしながら毒付いていた。

 物流と生産が高度に成長した現代日本ではないのだ。香辛料にしろ砂糖にしろ、そうおいそれと手に入るものではない。

 セージ・ニコラーエフの知識としては、香草をすり潰してミックスした七味唐辛子にも似た香辛料ならば森で原材料は賄えるが、砂糖に至っては糖の取れる樹木が少ない上、精製する手間がかかることから、町に出向いて物々交換しなくてはならない。

 ほぼあり得ない来客用にとわずかな備蓄しかない角砂糖を遠慮なくワインに放り込んだエルフ娘には、不満がふつふつと湧いてくる。


(そもそもが、犯すぞと脅しても付いてくるとか、恐れ知らずなのか犯されたいのか。犯されたいはないか・・・。クソ、それにしても俺が手を出さないとタカを括りやがって)


 洗い終えた皿とスプーン、お玉をを、井戸の右脇の四角い石の上に並べ置く。

 鉄鍋の中身を井戸の左脇に並べて詰んだ石の上に置いた大きな笊の上にぶちまける。

 水分が笊の隙間から地面に流れ落ち、残飯が笊の上に残った。

 残飯をそのままに、鉄鍋に水桶から水を移してタワシで洗って行く。

 鍋底についた汚れを浮かせると、再び笊の上にぶちまけて水を汲み直し、鍋を前後に回して更に笊の上に。

 一通り汚れが落ちたのを確認していると、庭の向こう、森からやってきたと思しき三体の小動物がヒョコヒョコと飛び跳ねるように近付いて来るのが見えた。

 顔は人の少女のよう。腕は鳥の翼のようになっており、下半身も鳥のそれだ。

 飛行する力が無いのか、飛び跳ねるように前に進んでいる。

 大きさは中型犬程度で、不気味さと愛らしさを併せ持つ奇妙な生き物だ。

 警戒しながらも鋭く声をかける。


「おい、何だ貴様ら」


「「「おとうちゃん、おとうちゃん」」」


 言葉が返って来ると思わなかったので、セージは眉根を吊り上げて不思議そうに小動物達を見る。

 それにしても、鳥人間に「おとうちゃん」呼ばわりされるいわれはないのだが、もしかすると人の言葉に似た鳴き声で油断させて襲いかかって来る類の魔物であろうか。

 そうこうして、鉄鍋の縁を右手で力一杯握りしめると、上空から女の声がして彼と小動物の間に何者かが降り立った。

 頭部から下腹部にかけては美しい女の姿をしており、両腕は荒鷲を思わせる茶色く力強い翼。両脚の太腿から下もまた、頑強な鉤爪を備えた鷲の脚になっている。よく手入れされた毛並みの美しい魔物であった。

 魔物は小動物達に向かって叱りつける。


「こら! ママより先におとうちゃんに近付いちゃダメっていつも言ってるでしょ!」


 ああ、と、セージは納得がいった。

 大槻誠司としては、警戒すべき魔物であったが、セージ・ニコラーエフの知識としては度々彼の元を訪れて野菜などの食料や一時の住処を求めて来て、夜を共にしたりもする間柄の女種族の魔物、ハーピーだ。

 という事は、あの三匹の小動物はセージとこのハーピーの子供であろうか?


(複雑だ・・・。だが、今の俺はセージ・ニコラーエフとしているわけだから、問題ない、のか?)


 警戒心を解いて鉄鍋を下に降ろすと、セージは立ち上がって言った。


「何の用だ。食い物か?」


 彼のぶっきらぼうな物言いに、ハーピーは振り向いて怒るように翼を両手でそうするように腰に当てて言った。


「ガランジャに貴方がやられたって、小鳥達が噂してたから様子を見に来たのよ!」


 セージは何食わぬ顔で肩をすくめてみせる。


「この通り、五体満足だ。不服か」


「心配したんだから・・・」


「それほどのことじゃないだろう。人間をどう思っているか知らんが」


「人間なんてどうでもいいけど、貴方はこの森の最後の一人だった私を助けて、子供まで授けてくれた人よ。貴方の事を心配するのは当たり前じゃない」


 そう言って大きな翼を広げて歩み寄って来るハーピーは、セージを包み込もうとその美しい肢体を見せつけるように歩み寄るが、凛としたエルフ娘の声に立ち止まった。


「それ以上その人に近付くんじゃないわよ! 卑しいハーピーが!」


 金髪を背中まで伸ばした深緑色の衣にレイピアを構えて威嚇して来るエルフ娘に向き直り、美しかった顔を鬼のような形相に歪めてハーピーが牙を剥いた。


「貴女、誰?」


「誰でもいいでしょう。ちょっと、あんた! 魔物がそこまで近付くまで気付かないって、どれだけ鈍感なのよ!」


「ねぇ、セージ。このエルフ娘誰?」


 鬼の形相のハーピーを見て、エルフ娘の方を伺って、彼は関心がなさそうに言った。


「ただの宿無しの冒険者だ。泊まる宿が見つからなかったから今日だけ泊めることにした。明日には追い出す」


「本当に?」


「ただの旅の冒険者だ。気にするな」


「貴方がそう言うなら信じるわ。でも、今日は私もここに泊まるわね」


「好きにしろ」


 セージとハーピーのやり取りに、気が気でない様子でレイピアをかざすフラニー。


「ちょっと、ねえ、本気!? 男を歌声で誘き寄せて殺して食べる、凶悪な魔物なのよ!?」


 エルフ娘の言う事に、ハーピーが歪んだ顔で牙を剥いて言った。


「勝手にそうやって多種族を猛獣にして! 人肉を食べるハーピーなんか、この森には居なかった。それを冒険者共は害獣だと寄ってたかって攻撃して! 今じゃ、私と娘達しかこの森には居ない。その私達の居場所を奪うつもりならこのハーピー、ラーラは容赦はしない」


「やるって言うの? 受けて立つわよ、この醜い害獣が!」


 一触即発の二人を横目に、セージは不機嫌そうに低い声を上げた。


「いい加減にしろお前ら。おい、エルフ。その女に向けたレイピアをさっさと下ろさなければ、陽の落ちた夜の森の中に放り出すぞ。それからラーラ、お前もいい加減にしないと寝床を貸さんぞ」


 ぴたりと、動きを止める二人。

 エルフ娘は警戒を解く気はない様子で、ハーピーに向けていた切っ尖を地面に向けると数歩後退り、ハーピーもまた、翼を上半身を覆うように閉じると歪に歪んだ顔を和らげてしかし牙を剥いたまま小さく唸り声を上げる。

 その間に近付いて来ていたのだろう三匹の小動物が、セージの両脚に抱きついて来て不満げに声を上げた。


「「「おなかへったー。おとうちゃん、おなかへったー」」」


「全く・・・」小動物達の頭を代わる代わる撫でてやる「おい、ラーラ。何も食わせてないのか」


「最近は、巣の近くにゴブリンが住み着いて、思うように狩が出来ないの。本当は、兎や魚を取ってあげたいのだけど・・・」


「ゴブリンが?」


「不用意に狩をしていると、奴らの弓が飛んでくるのよ。ゴブリンにとっては、ハーピーは美味しいお肉に見えるのでしょうね」


「そうか」


 しっかりと抱きついて来る小動物達の頭を撫でて、畑の方を顎で示して言った。


「キュウリでも食べるか」


「「「きゅうりいー!」」」


 嬉しそうに翼を広げる子供のハーピー達。

 ピョコピョコとセージの周りを飛び回って催促してくる。


「きゅうりいー!」


「しゃくしゃくー」


「ぱりぱりー!」


 飛び跳ねながらついてくる小動物達を連れ立って、大きくはない畑に行くと、少し育ち過ぎにも見える大きなキュウリを三本捥いで小動物達に一本ずつ与えてやると、翼の関節の先で器用に それを持って噛り付いた。


「うまうまー」


「しゃきしゃきー」


「おいしー」


 モロキュウのまま美味しそうに齧り付く娘達に、母ハーピーのラーラが心配そうに近付いてくる。


「セージ、あんまり食べさせないでね。子供って制限がないんだから」


「一本だけだ」


「そう言ったって気がすむまで食べるのが子供よ」


 ラーラは大きな翼で子供達を覆うと、そっと馬小屋の方に行くように促す。


「ほら、こっちにいらっしゃい。あんた達制限がないんだから。それ食べたら寝なさい」


「「「あーい」」」


 幸せそうなハーピー親子を見て、複雑そうにレイピアを鞘に収めるフラニー。

 セージはそんなフラニーにも一本のキュウリを投げてよこして言った。


「さっさと寝ろ」


「って、ハーピーが安全な魔物のはずがないでしょう!? いい加減にしなさいよ!」


「いい加減にするのはお前の方だ。冒険者が森の生き物をどれだけ知っている。知った風な話をするな」


 そして、大きなキュウリを一本と、今にも潰れそうに熟れたトマトと鞘付きの豆を一握り採集すると、セージは馬小屋の方に足を向けた。

 母ハーピーのラーラに持って行くのだ。

 エルフ娘のフラニーは、言いようのない気持ちになってそれを見送り、不愉快そうにロッジへ駆け戻って行った。




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