第5話 隠者の山小屋
山の中腹、森の獣道を歩く一組の男女。
大柄な男、セージはエルフの少女を伴って道と呼べないような険しい獣道を進んで行く。
時折、大きな枝が通りを妨げるが、意にも介さずにそれを時には潜り、時には押しのけて行くが、決して枝払いしようとはしない。枝払いして進みやすくすると、招かれざる客が偶然入ってきてしまうからだ。
普通の人間ならば、枝払いしていないような獣道に足を踏み入れようと考える事は稀で、そのような道を通ろうと思いつくのは木こりや狩人位であり、そういった類の人間は山で生活する厳しさを知っているからこそ、セージの隠れ住む山小屋を見つけても必要としない限り近付かない。
彼らは、深い山林での長い狩りが数日に及ぶ時や、急な天候の変化で休息を余儀なくされた時だけセージに山小屋で休ませてほしいとやってくるだけで、彼の住処の存在を町で大々的に知らしめるような真似はしない。
冒険者に知られれば、恐れ知らずな彼らの事だ、興味本位でやってくるようになるであろうから。
セージは険しい獣道を歩きながら考えていた。
(エルフって言えば、ロズトゥ島戦記で一気に有名になったザ・ヒロインキャラだな。気難しくて排他的な種族だと思っていたが。ここでは比較的に社交的な、森の種族。のはずだ)
横倒しになった比較的に大きな木の幹を跨ぎ、時折不規則なカーブを描く獣道を颯爽と歩いていく。
(TRPGか。昔よくやったな。エルフのディー、美しかわいかったなぁ・・・。それにしても、北の戦場ではエルフは敵対勢力だったっけ。よく帝国軍にゲリラ戦を挑んできていたな。奴らは何故、帝国に敵対していたのか。まぁ、一兵士だった俺が気にする事ではなかったが)
半分倒れた大木を潜って、道を完全に塞ぐように枝と枝の間に引っ掛かる風で落ちてきた細かい枝の塊を左手で掴んで脇の茂みに放り投げる。
(やめだやめだ。考え出すとどうも二つの記憶がごちゃ混ぜになる。全く、どっちが夢でどっちが現実なのやら・・・)
「ちょっと!!」
背後から懸命に付いてきているエルフ娘が抗議の声を発した。
「黙って歩け」
「っていうけど! この獣道は流石にひどくない!? あんたそんな大層な斧もってるんだから枝払い位しなさいよ! か弱いレディが付いてきてるのよ!?」
ひた、と立ち止まって背後を振り返る。
「か弱い? そんなレディが何処にいる」
「ここよ! こ! こ!! 私!」
「自分で言っていたら世話がないな」
「ふざけないでよ! エルフだから獣道でもいいとかありえないから! エルフは文明的な種族よ? 獣道使うにしても、枝払いして整備くらいするわよ!」
「安全な町の中じゃないんだ。エルフの里でもない。俺がどう使おうが知った事じゃないだろう」
「いい、道っていうのはね、整備してこそ文明の位が高まるの。こんなのは道とは言わない、ただの荒野よ!」
「密林と言え」
「みっ!? とにかく!」
「やかましい。勝手について来ているのは貴様だろうが。俺が何度拒否したか数えてみろ」
ん? っと不思議そうな顔をして立ち止まり、指折り数えるエルフ娘。
「拒否してないじゃない。私の身体目当てなんでしょ?」
「・・・・・・。お前は底抜けの馬鹿か?」
「底抜けの馬鹿ってなによ!?」
一体どこに、犯すぞ宣言しているような見た目熊さんな傷だらけの大男相手に平然とついていくようなレディがいるというのか。
セージは考えるのをやめて道を急いだ。
あわててついてくるエルフ娘。
「ちょっと! なんか言いなさいよ!」
「黙れ、あきれて物も言えん・・・」
「ふざけないでよ! それに、こんな険しい道、町に出るのも大変じゃない!」
「必要がないからな」
「通いにくいでしょうが、町に!」
再び歩を止めるセージ。不機嫌そうにエルフ娘を睨みつけて言った。
「ちょっとまて、何日泊まるつもりだ」
「え? あー・・・それなりに?」
「今晩だけだと言った。明日の朝には追い出すからな」
「私の身体を弄んでおいて、一日で済むと思ってるの? どうせ毎日毎日私の身体要求してくるでしょうに」
「おい、ちょっとまて。お前の頭の中はピンク色か?」
「え?」
「なんで俺がお前を抱くのが前提になっているんだ。大体、女なら間に合っているぞ」
「・・・え? そうなの? どうせ雌の魔物でも手懐けて飼ってるとかでしょ?」
当たらずとも遠からずでしばし固まるセージ・ニコラーエフ。
ゴホンっと咳払いして、諭すように言った。
「いいか、俺は冒険者とは関わらないと言ったはずだ。貴様を泊めるのは一日だけだ。明日の朝にはコラキアの町に戻って、改めて宿を探してもらう。戻ってくるのも無しだ」
「わ、私の身体に興味ないとでもいうわけ!?」
「無いな」
「即答・・・」
「黙って歩け、陽が落ちたらこんな獣道だ、一メートル先も見えなくなるぞ」
「だったら、枝払い位しなさいよ!?」
「はぁ・・・振出しに戻りやがった・・・」
「何よ!?」
「いいから黙って歩け、亜人のジャリが・・・」
それから終始無言で獣道を進むセージ。
エルフ娘はというと、どうにか宿を確保したいのかセージの気を引こうと休まずに話しかけるが、いつか疲れて黙るだろうとセージは黙々と進み続けた。
やがて、獣道が途切れるとおよそ百メートル四方の広場にたどり着く。
そこには、高床式の決して大きくないロッジが建てられており、キュウリ・豆・ジャガイモを育てる畑、薪を積み上げるための棚、使われていないのに何故か脇に設えられた馬小屋があった。
井戸も掘られており、屋根付きの滑車台と縄でくくり付けられた二十リットルの大きさの桶が置かれている。
そこそこの生活空間に、エルフ娘は息を切らせながらも満足げに見渡して言った。
「な、なかなか、快適そうな住処じゃない。及第点ね」
セージはそんなエルフ娘をじろりとひと睨みするとロッジの入口に向かって歩いて行った。
慌てて後を追うエルフ娘。
「そ、そういえば、私の名前だけど、」
「知らん、興味ない」
「フランチェスカ・エスペリフレネリカっていうの」
「長い。聞き取れん。忘れた」
「特別にフラニーって呼んでいいわよ」
深々とため息を吐くセージ。
名乗る当たり、本当に居座る気でいるのだろうか。
鍵のかかっていないロッジの扉を開けると、セージはテーブルの下のトラップドアを開き、床下に降りる梯子を下り、地面に生えるように作られた高さ一・二メートルの扉の留め金を弾くように外すと、扉を開けて地下へと続く階段を降りようとする。
エルフ娘、フラニーはトラップドアから覗き込んでその様子を伺って言った。
「食糧庫?」
苛立たし気に振り返るセージ。
「やかましい、適当に寛いでろ」
「はーい」
セージは苛立ちが収まらない様子でかぶりを振って扉の内側に駆けられたランプの油コックを開くとガラスカバーを持ち上げ、隣の釘に引っ掛けて置いた回転式火打石(手のひらサイズの銅製のカバーがされた、引き金を引くと内蔵した歯車が回って先端の火打石を打ち鳴らし、火花を上げる道具だ)で着火すると、回転式火打石を釘に引っ掛けて戻し、ガラスカバーを下ろしてランプの吊具を左手で持って持ち上げ、暗闇に支配された階段を照らしながら地下に降りていく。
地下は貯蔵庫になっており、八畳程度の広さに自家製のワインを入れた酒樽が若い順に左から三つ並べられており、野菜・豆・芋がそれぞれ単一で纏められた笊が無造作に折り重ねておかれた一角、コーンと米の中間のような穀物がびっしりと敷き詰められた一メートル真っ角の木のコンテナ、森でとれた天然の果物がいくつか入れられた小さめのコンテナが置かれている。
セージはランプを真ん中の樽の上に置くと一番右の酒樽の上に置かれた銀製のポットの取っ手を握り、樽の下辺りに据え付けられた蛇口にポットを近付けて蛇口を捻って中を8分目まで満たした。
ポットを樽の上に一度戻すと、果物のコンテナから小ぶりな野生のリンゴを一つ取り出して噛り付き、何も入っていない適当な笊を掴むと半分かじったリンゴとキュウリを四本、芋を三つ入れ、穀物のコンテナの中に無造作に入れられた木製の丼を掴んでひと掬い取ると笊の上に丼を置き、一番左の樽の上に笊を置く。
真ん中の樽からランプを掴み上げると階段を上って階段の中程の壁に設えられたフックにランプを掛け、再び階段を下りてワインの満たされた銀のポットと食料を乗せた笊を両手に取り、階段を上がっていく。
階段の外に出ると、地面から生えた入口の扉の枠の上にポットと笊を置き、再び階段の中程まで下りてランプを掴み上げる。
階段を上がって扉の内側のフックにランプを掛けると、油コックを閉めてガラスカバーを上げる摘みを押し下げてカバーを半ば持ち上げ、勢いよく息を吹きかけてランプの灯を消す。
セージは地下へと続く階段の扉を閉めると、扉のノブから伸びた留め具を柱枠に打ち付けられたフックに引っ掛けて簡易的な施錠をすると、一・五メートルの高さの梯子を半分登り、右手で身体を支えると扉枠の上に置いた笊を左手で掴んでロッジの中の床に無造作に置き、次にワインのポットを左手で掴んで床にそっと置いてロッジの中に戻った。
笊とポットを床からテーブルの上に置いてその場に屈み、トラップドアを閉める。
立ち上がって両手の埃を落とすように二度叩くと、部屋の片隅、壁際に置かれた鉄鍋を見てため息を吐いた。
視線をテーブルに戻す。
テーブルには来客用にと余分に用意された四つの簡易的な木の椅子が並べられており、丁度セージの位置に向かい合う椅子にフラニーは腰かけて不思議そうに彼の事を眺めていた。
「何だ」
「ううん。別に。主夫してるなぁって」
セージは大きくため息を吐くと、暖炉に薪をくべて、暖炉の左脇に置かれた小さな鉄の籠の中から木の葉ほどの大きさの木チップを摘み上げると、籠に一緒に入れられた回転式火打石を掴み上げて引き金を引く。三回ほど火打石を打つと木チップの端に火が灯り、回転式火打石を無造作に籠に放り込んで重ねられた薪の下の空間に火の点いた木チップをかざす。
息を吹きかけながら薪に火が移るのを待つが、薪に火が移る前にチップが半分ほど燃え落ちて指を軽く焼き、不機嫌そうに顔をしかめながら燃えるチップを薪の下に放り込む。
さらに息を吹きかける事数回。火は薪に燃え移ってゆっくりと勢いを上げて行った。
それなりの勢いになって、放っておいても簡単には消えないことを確認すると、セージは反対側の壁に造られたキッチンへと足を運び、壁に引っ掛けられた鉄鍋を掴むとロッジの扉を開いて外へ。
一連の動作をじっと眺めていたフラニーが、不思議そうに声を掛けて来る。
「どこいくの?」
「はぁ・・・全く・・・。水を汲むんだよ、飯を食わないのか?」
「ああ! 料理するのね!?」
セージは深々とため息を吐いてかぶりを振ると、井戸に向かっていった。
桶を井戸の中に放り込んで縄をゆする。
井戸の中で桶が傾き、水を汲み取ったことを確認すると、滑車を使って縄を引き、桶を半分ほど満たした水を鉄鍋に移す。
水は半分も使わなかったが、残った水は井戸の中に戻す。
半分ほど水を湛えた鉄鍋を両手で持ってロッジに戻ると、暖炉の上の鉄の天板を外して、下から出てきたコンロの上に鉄鍋を置く。
食材を取りにテーブルに戻ると、フラニーが再び話しかけてきた。
「スープ作るの? 手伝おうか?」
「いらん。座ってろ」
「宿代代わりに料理位するわよ?」
「いらん、座ってろ!」
セージは無下に断ると、キッチンで黙々と食材を簡単に切り分け、鍋の湯が煮えるのを待って中に放り込んだ。
キッチンに戻り、木製のコップを二つ戸棚から出すとテーブルへ。
自家製ワインを銀製のポットからコップに注ぐと、一つは自分の前に、一つはフラニーの前に置いてやった。
「ありがと」
可愛らしい笑顔で応えて、フラニーがワインを一口、口に含む。
「うぇ、にが。赤ワイン?」
「飲めなければ井戸から水を汲んで来い」
「飲めるけどさ・・・。もうちょっとこう、彩とか気にしないわけ? ワインの作り方少し変えるだけで全然飲みやすくなるよ?」
「黙って飲め。食ったら寝ろ。起きたら出ていけ」
「うう・・・、身も蓋もないわね・・・」
「外とかかわるつもりはない。朝には出ていくんだぞ」
「・・・しつこいなぁ・・・、ケチだね貴方」
「貴様は自分の身の危険を感じないのか」
「貴方ならいいって言ってるじゃない」
「・・・・・・・・・・・・はぁ・・・」
どうして怖がるどころか懐いているんだろうと、セージは呆れながらも暖炉に向かい、鍋の中身を木のお玉でかき混ぜながらかぶりを振った。
一日だけ泊めてやると言ったが、身体を売ればいつまでも居させてもらえると思っているのだろうか。
それとも、これまでも身体を売って旅をしていたんだろうか?
(いや、そんなに擦れているようには見えないしな。そんな事はないだろう)
ともかく、荒くれ者で通しているのだ。ここで甘い顔をする必要もない。
明日の朝になって聞き分けがないようなら、問答無用で追い出そう。押しかけ女房的に居座られても、正直邪魔なだけだ。第一、一人の方が気が楽でいい。
大体において、どう考えてもこのエルフ娘は冒険者なのだから、冒険者らしくギルドの宿舎で寝泊まりすればいいのだ。
文句は言わせない。
そうしよう。
フラニーの方を伺うと、部屋中を見て回っており、まるでどこに何があるかを記憶しようとしているかの様子だった。
(二つの記憶のせいで、ただでさえ頭の中がごった返しているのに。小娘の面倒など見ていられるか。絶対に追い出す)
セージは鍋の具合を確かめながらかぶりを振って、決意を新たに左手を腰に当てて大きく頷いた。
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