神付き

@madpigs225

第1話 ジジイ

funkyfuakなジジイの誘いに乗ってはいけない。

人生でもっとも大切な教訓なのにその日の俺は自分で言うのもなんだがどうやら頭に藁でも詰まったようにパッパラですっかり忘れていた。

いっそ手にでも入れ墨しておくべきだったんだ。

ビッグシティ東京に友人を訪ねて電車を乗り継ぎ満員電車におのぼりよろしくテンションを上げて無駄にはしゃいでから回って…


そして大正生まれの和洋折衷な洋館を見つけた?

魅入られた?

呼ばれた?


いやあの日の俺はそんなカッコいい形容詞が似合う状態じゃなかった。

藁が詰まった頭がとにかくハッピーだっただけだ。


ハッピーな気分で洋館を見つめる。不思議なモンだ、生き馬の目を抜くを地で行くビッグシティー東京でこんな建物がまだ残ってるなんて。

無論ハイソな東京人はそんなモノに目もくれず足早に去っていく。

田舎育ちの俺はこのスピード感に疲れてその洋館の目の前にあったベンチに何気なく腰を下ろした。

気付け藁頭、そんな建物の前にベンチがある事がもうオカシイんだ。

可笑しいんだ。


「いけないな」


どれくらいたったんだ?

ベンチに座ってボウっと洋館を眺め出してから。

気が付いた時にはそのジジイはまるで最初からそこに座っていたかのように隣にいた。


「あんなモノをいつまで阿呆のように見つめている?ましてこんな所に座って」


ああ、だからあの日の俺は繰り返すようだが頭の中が藁だったんだ。

田舎の案山子といい勝負してる感じ、役割がある分田舎の案山子の勝ち。


「気付かないのか?」


気付かない?

おいおいジイさん、俺はベンチに座ってどれくらい時間が経ったか気付かないほどのボンクラだぜ?

何かに気づけるようにできていないんだ。


ああ、蝉がうるさい。


「早く立て、そして忘れろ。洋館はある、ベンチもある、だがないんだ。アレはあっちゃあイケナイんだ兄ちゃん」


それにしちゃ随分立派じゃないか。

少なくともここ最近手入れされたようには見えないが。


「仕方ない、仕方ないな兄ちゃん。ほれ行くぞ」


そう言うとジイさんはいきなり俺の手を掴んで立ち上がった。

グイグイ引っ張られて俺も立つ。

随分と力が強い。

小柄でアロハシャツを着たインチキ臭いジジイのクセに。

麦藁帽子が印象的だ。

俺の頭には藁、ジイさんの帽子は麦藁帽子。

靴はビーサン。

アジアの人買いだな、こりゃ。

随分と東京も国際的になったもんだ。

銀縁四角いサングラスが日焼けした肌に似合う。

ネックレスは金色、腕には高そうな機械式時計。

おいおい、最近の人買いはネェチャンじゃなくてニィチャンを買うのか?

売主はどこだ?

俺は悪いヤツから借金してないぞ?

臓器か?


そこまで思って気が付けばジイさんに手を引かれたままこれまた古めかしい喫茶店の前に立っていた。

ジイさんに手を引かれるニィチャンはとても異様なハズだ。


だが人の目が気にならない。


そのまま狭い喫茶店に導かれる。

アンヨが上手、アンヨが上手…


カウンターだけの喫茶店、丸椅子が6つ並んでる。

客は他にいない。

カウンターの奥に美人。

美人の後ろの壁に焙煎機やカップ、シンクや棚。

ガラス瓶に入ったコーヒー豆。

美人は髪をアップにまとめかんざしで留めている。

着物を着崩したように羽織って切れ長の目に花魁のようなメイク。

煙管をふかす。


近頃は大名遊びもこじんまりとしたモノだ。


一番奥にジイさんは座る。

その横に俺も座る。


手がようやく離れる。


金属製の四角い灰皿。


胸ポケットから紙巻を取り出し、不釣り合いなZIPPOの金属音を響かせ火を点ける。


紫煙を肺に思い切り吸い込み吐き出すと…


寒くもないのに震えてきた。


嗚呼、俺は何をしていた?


何に魅入られた?


何に魅入った?


「いけないな」


ジイさんの声がまた頭に響く。


いけないのだ、世の中にはいけないモノがたくさんあってそれは仕方ないんだ。


気付いてしまったら…きっと道を踏み外す。


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