(16)

「気が付きましたか?マヌケな質問ですが……誰ですか……貴方は?」

 その者は、いくつかの言語で、私に話し掛けてきた。

「貴方が使った言葉の内、日本語と英語なら話せる。もちろん、一番得意なのは世界共通語だが」

 私は英語で、そう答えた。

「世界共通語?」

「イスラム連合では、『ドイツ語』と呼んでいるのか?」

「イスラム連合?」

 その若い女性がヒジャブを付けていたので、私は、彼女がイスラム連合の支配地域の出身者だと判断したのだが……何かおかしい。彼女はイスラム連合の存在そのものを知らないようだ。

「こちらもマヌケな質問をしていいかな?そもそも、ここはどこだ?」

 ここは工場のような場所で、目の前には、巨大な機械が有った。いや、前衛芸術と云う退廃的なモノかも知れない。まるで機械部品を組合せて作ったパリの凱旋門のミニチュアだ。目ぐらいの高さには、メーターが縦に3つ並んでおり、一番上には、5桁の数字が表示されているが、その数値は数秒ごとに増減している。もう真ん中には「295」と云う数値が表示されているが、しばらく見ていても、こちらは、値が変らないようだ。そして、一番下は……どうらや4桁、2桁、2桁に区切られた計8桁の数値が表示されている。

 一番下の数値に何か見覚えが有るような……そうだ、下4桁は、今日の日付を月2桁・日2桁にしたものだ……。だが、だとしても、上の4桁がおかしい……。世界統一戦争の頃まで使われていた「西暦」だとしても大き過ぎる……。いや、今年を西暦年表記した値に、660と云う、キリが良いのか悪いのか判らない値を足したものだ。どう云う事なのだ?

「ここは、韓国の釜山付近。高木研究所と云う企業の実験施設です。元は日本の企業でしたが、人類がほぼ全滅する数年前に、本社機能をこちらに移転しました」

 高木?待て、その名前は聞いた事が有る。

「まさか……百年ほど前の日本陸軍の高木美憲よしのりと云う将校と何か関係が……。あと、人類全滅とは、どう云う事だ?」

「人類全滅を知らないとは、やはり貴方は……。とりあえず、最初の質問に関してですが、この施設の所有者だった高木研究所は、その高木美憲よしのりの子孫が作った企業の子会社です。つまり……貴方の『鎧』の動力源を作った組織の責任者の子孫が……祖先の遺産を保管する為に作ったのが、この場所です。負の遺産も含めてね」

 そう、私は今、「鎧」を着装している。だが、最後の記憶は……私が日本で戦った「大禍津日神」の力を持つ上霊ルシファーの言葉だ。奴の仲間である水の力を持つ上霊ルシファー……私附きの事務官コ・チャユの妹の死を悼む言葉。

「おかしい……変な所で……記憶が途切れている。意識を失なったようだが……意識を失なった記憶そのものが無い」

「では、貴方の世界にも、これは有りますか?この世界に来るのに、貴方の世界に有る、これと似たモノを使った可能性が高いと思っていたのですが、違うのですか?」

 そう言って、ヒジャブ姿の女性は、機械だか前衛芸術だか判らない凱旋門もどきの代物を指差した。

「これは……何だ?仮に私の世界に有るとしても、私は見た事も……待ってくれ、今、私が別の世界から来たような言い方をしなかったか?」

「貴方の世界では、人類は無事ですか?無事なら、貴方は、この世界の人間では無い。この世界では、人間は……人類を裏切った者達を除いて、地球全体で残り千人居れば御の字でしょう。少なくとも、日本と韓国と台湾には、人間が生き残って文明を維持出来ている兆候は有りません」

「そ……そんな……」

 冗談では無い。ここ数日聞かされたように、平行世界とやらが本当に有ったまでは良いが、理由は判らないが、その平行世界の中でも、かなり洒落にならない世界に飛ばされてしまった、と云う事か?

「これは……平行世界への『門』を開ける装置だと高木機関が残した記録には書かれています。しかし、その記録を見た者の中にも信じていた者は居ませんでした。数時間前に……ここから、貴方が現われる時までね」

 だが、その時、何者かの足音がした。

「マズいぞ、マルヤム。とうとう奴らがやって来た。『鎧』を着装してくれ」

了解Affirm

 声の主は……若い女性だった。いや、女性か否かは推測でしか言えない。何故なら、彼女は……。

 彼女が着装しているのは、おそらく民生用の強化服ではなく、「鎧」なのだろう。夜明けの東の空を思わせる鮮かな橙色の「鎧」。

 どうやら、金属装甲の表面が薄いガラス状の物質でコーティングされおり、橙色は、そのガラス状の物質の色のようだ。

 材質そのものが違うので一概に言えないのは当然だが、その装甲も、私からすると民生用の強化服でも有り得そうな程度の厚みにしか思えず、その「鎧」が「兵器」である事を示唆するのは、手首・肘・膝などに有る格闘用と思われる棘と、肩に背負っている日本刀のような刀と、左手に持っている異様な大型の刀だけだ。

 私の「鎧」の頭部が、威嚇効果も考慮して、あえて髑髏の意匠を取り入れているのに対して、この「鎧」の頭部は、飾り気の無いのっぺりとした外見だ。

 細部も私の「鎧」の方が装飾性が高く、この「鎧」は、極限まで無駄な装飾を排している。無骨さは感じさせるが、兵器の無骨さではなく、民生用の工業製品めいた無骨さに思える。おそらくだが、この「鎧」の方が、着装の手間も少なく、整備や修理は楽だろう。

 そして、彼女が持っている2つの武器の内、背中の刀は、柄の素材以外は、ほぼ日本刀に近い外見だが、左手に持っている武器は、日本刀に似て非なるモノ……言うなれば、日本刀と、同じく近代以前の日本の武器である「薙刀」のどちらにも見える代物だ。鞘に入っている部分が刀身だとすると、刀身の長さは1m以上、柄の長さも1m弱と言った所だろう。

「で、この不穏極まりないマークが付いた『鎧』の中身は何者なんだ?」

 そう言って、彼女(多分)は、私の胸を指差した。正確には、私の「鎧」の胸に有る禁軍Waffen-SSのシンボル「2つの稲妻」だろう。

「ここが、この人の世界では無い所までは理解してもらえたようです。どこの誰かは、まだ」

 ヒジャブの女性は、我々が「鎧」を着装する際に着るものに似たアンダースーツに着替えていた。そして……2体の恐竜のような姿の機械人形ロボットが、彼女に「鎧」の着装作業を行なっていた。もう1人が着装しているのとは違う、より兵器めいた姿の緑色の鎧。

「悪いが、あんたのせいで、私達の敵に、この場所がバレてしまった。まぁ、そのせいで、数少ない人間の生き残りと数ヶ月ぶりに会えた訳だが……」

「どう云う事?」

「あんたの世界でも多分同じだろうが、この世界には『神』を名乗る化物どもが居る。私にも、その化物が2匹取り憑いてる。死んだ姉から受け継いだ『太陽の神』と、同じく死んだ友から受け継いだ『水の神』だ。そして、この『鎧』は……『水の神』の前の持ち主の双子の妹から受け継いだ。彼女も死んだ」

「え……ええっと……人類全滅とか言ってるだけ有って……死人がやたら多いな……」

「ここは……細菌兵器で人類の大半が死んだ世界だ。私達は、免疫が出来た百人に一人だか千人に一人だかの……運の無い連中の中の更に生き残りだ」

「えっ?」

「なので、もし、元の世界に戻れたら、その『鎧』は入念に殺菌した方がいい。そして……この世界の人間を細菌兵器で虐殺したのは……『神』を名乗る化物の内の1匹……『カーラ・チャクラ』と名乗るヤツだ」

「カーラ・チャクラ?」

「あんたが、この装置から現われた時……カーラ・チャクラの力を感じたが……この世界のカーラ・チャクラは別の場所に居る筈だ……。どうやら、あんたは、あんたの世界のカーラ・チャクラがやった何かのせいで、この世界に飛ばされたらしいな。そして、当然、カーラ・チャクラも自分でない自分の力を感知した筈だ」

 そこまで聞いた時、建物の天井に次々と穴が開いた。

「何なの……あれは?」

 穴から降りて来たのは……無数の人型の機械人形ロボット達。

「人間を裏切りカーラ・チャクラに味方する者達が生み出した……この世界を管理する新たな知性体の第一世代、って所かな。第二世代以上が続くか判らんが」

 何故か機械人形ロボット達の手には、飛び道具ではなく、刃物が握られている。

「どうやら『神』を名乗る化物は、人間が居ないと、この世界に力を及ぼせないらしい。だが、カーラ・チャクラは、他の『神』を危険な存在と見做している。他の『神』が、この世界に力を及ぼす度に世界そのものが崩壊する危険が有る、と。そして……ヤツが辿り着いた結論は……『自分の同類を滅ぼす必要は無い。人間を滅ぼせば、自分の同類は世界に力を及ぼせなくなる』。それと並行して、カーラ・チャクラに味方する人類の裏切り者どもが、奴らを作った。人類の文明を受け継ぐが……脳に相当するモノの仕組みが人間とはまるで違う……『神』を名乗る化物どもに取り憑かれる心配の無い知性体としてな」

 どこかで似たような話を聞いた……まさか、この世界でカーラ・チャクラと名乗っている者は……私達の世界では……。そんな……何かの間違いだ……。きっと、私が、何かを見落しているか、勘違いしているだけだ。

「マルヤム。その装置で、こいつの世界と、この世界を繋いでくれ。そして、こいつを元の世界に返せ」

了解Affirm

「待って……私も……」

「共に戦うつもりなら……多分、貴方は役に立ちません。その『鎧』は……我々の世界より二〜三〇年は遅れた技術で作られたものです」

「で……でも……」

「もう、繋りました……貴方の世界に……」

「それに飛び込め‼」

「えっ⁉」

 凱旋門モドキの「穴」の部分の先に、ここでは無い光景が広がっていた。そして、その光景は……。

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