(15)

『てめぇ、何をした⁉ヤツは……俺の……』

『知った上で殺した。不満が有れば、後でゆっくり話し合う事にしよう』

 敵の熊型の獣化能力者が、敵の「鎧」に食ってかかった。

『あのなぁ、俺の兄貴は……ナチの中ではマシな方だったんだぞ。そんな奴まで殺すのか?』

『だが、ナチだろう?』

『ナチなら皆殺しにする気か?ナチを皆殺しにした次は、誰を皆殺しにする気だ?ナチに従ってる国の連中もか?それとも、全人類皆殺しか?』

『1つ聞く……。この世界では、アドルフ・アイヒマンは有名人か?』

『誰だ、そいつは?それに、何の関係が有る?』

『なるほど……。この世界では「凡庸な悪」と云う概念は生まれなかった訳か……』

『はぁ⁉』

『ナチが力を持つには、お前の兄のような奴が多数居る必要が有る。悪を悪と知りつつ、悪に唯唯諾諾と従う者が居なければ、悪は何の力も持てない。しかし、そのような者が千人居れば、何の異能も無い、その千人が数百万の人間を殺すだろう』

『フザけ……』

 その時、敵の「鎧」の前蹴りが獣化能力者の腹に叩き込まれた。いや、より正確に言えば、私には「いつの間にか、腹に蹴りが叩き込まれていた」ように見えた。

『何?』

『「鋼の愛国者」が傷1つ付けられなかった相手が……』

 熊型の獣化能力者の体毛が抜けていく。その口と腹からは血が流れていた。

『おい……』

『待て……』

『何を……』

 敵達すらも、「鎧」の行為に呆れているようだ。

『この「くまのプーさん」は、誰がリーダーか力で教えてやるしか……』

 その時、敵の「鎧」に突撃した者が居た。

「やめろぉ〜‼」

 私は絶叫した。

 何故だ。

 何故、貴方が、そんな真似をする必要が有る。

 貴方の姉に続いて貴方も失なうのか?

 そして、まただ……。またしても、私の目には、敵の「鎧」が「いつの間にか、構えを取っていた」ように見えた。

 しかし、それは、単なる「構え」では無かった。1つの攻撃を終え、次の攻撃に移る為の「構え」だった。「いつの間にか、構えを取っていた」のでは無い。「いつの間にか、最初の攻撃を終えていた」のだ。

 敵の「鎧」に攻撃しようとしたミリセントは、糸の切れた操り人形のように、力無く両膝を地に付けた。

 一方、敵の「鎧」の右手首には、その太い腕に仕込まれていたらしい「刃」が出現していた。

 その「刃」の先端は……ミリセントの脳天を易々と貫いた……。

 だが、彼女の「鎧」の制御電脳は、まだ生きていて情報を送信している。彼女の心拍数が落ちていく……そして……。

 残り2名の「鋼の愛国者」は撤退を開始した。

『全員、別ルートで香港基地に戻る……。香港基地が残っていなければ……その時は……待て……どう云う事だ?』

 どれほどの時間が経ったのだろう?「姉」の1人の生命活動が停止した。要は死んだと云う事だ。

『何が……起き……何だと?どう云う事……』

 また1人が消えた。敵の攻撃なのか?ならば、私も殺される前にやる事が有る。

『待て、何をし……』

『何と……』

 私が、それを行なった瞬間、残っている姉達は、私が、どれほど無茶苦茶な事をしたか理解したようだ。

 そう、私は、神の秩序アーリマンの力を使い、神の秩序アーリマンの存在意義に最も背く真似をしたのだ。

 もう、私に力を与えてくれていたモノの存在を感じる事は出来ない。あの存在は、私だけでなく、この世界そのものを見捨てたのかも知れない。いや……私と「神の秩序アーリマン」と呼ばれていた霊的存在の意識は、かなり入り混じってる。その状態で、こんな真似をすれば、あるいは……。

 だが、後悔は無い。心配が有るとすれば……私が神の秩序アーリマンの力を使い時間を巻き戻して蘇えらせたミリセントが、今、どう云う状況に置かれているか全く判らないと云う事だ。

『とんでもない事をしたな……。たった1人の人間の命と……世界の運命を天秤にかけたのか……』

 まだ生き残っているらしい姉の1人から無線通信が入る。

『最後に忠告だ……。我々を、今、殺して回っているのは……「真紅の騎士」ことヘルムート・シュミット大尉。貴方の相棒の兄だ』

 どう云う事だ?一体、何が起きている……。いや、待て……まさか……そんな……そんな……そんな、みみっちい理由で、我々は殺されているのか?

 私のやった事は愚行の極みだろう。しかし……私以上の愚か者が、よりにもよって……私が世界で最も愛する者……そして、私に人の心を与えてくれた者の、実の兄だと云うのか?

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