(14)

 この回想録の著者であるミリセント・シュミットは、ある理由から、この戦闘の際の記憶を一部欠損している。その為に、彼女に代って一部分を私が記す。

 私は、テルマ。この時点で、禁軍において「神の秩序アーリマン2=12」と呼ばれていた者だ。

 だが、水の力を持つ上霊ルシファーが死に、その力を別の者が受け継いだ時点で、まだ、ミリセント・シュミットは意識を失なっている訳ではなかった。

『「青銅の竜騎兵」。神の秩序アーリマン13=1だ。私の相棒である「金色のジークフリート」が死亡した時点で、貴官が彼の権限を引き継いだと見做す。よって、ある事について判断をしていただきたい』

 「姉」の1人が無線通信で、そう言った。

『すまねぇ、もう少し待ってくれ』

 グルリット中佐達と戦っている2人の特異能力者は、中佐の予想通り、急速に体力が低下しているのが素人目にも判る。だが、高速移動能力者は、まだ、「鋼の愛国者」達の攻撃を避けられる程のスピードで、熊型の獣化能力者は、どれほど戦斧による斬撃を加えても、蹴りや拳を浴びせても、ダメージを受けているようには見えない。

『いや、一刻も早い判断を願いたい。世界政府軍香港基地内部または近辺に上霊ルシファーが出現した』

『はぁ?』

『「真紅の騎士」が殺害した上霊ルシファーの力を世界政府軍香港基地内に居る者が受け継いでしまったようだ。だが、対上霊ルシファー要員である我々は、1人残らず、ここに居る。作戦を続行するか、香港基地に戻るかを判断願いたい』

『なら、全ては俺の判断で、その判断が間違っていた場合、全責任は俺に有り、下っ端どもには何の責任も無い、と記録しておけ』

『この通信は、録音されている。香港基地と、神の秩序アーリマンが乗っている5台の車両の無線機のどれかが無事なら、音声記録は残るだろう』

『敵の上霊ルシファーの戦力は、どれ位だ?』

『自分自身の身に危険が及んでも良い、と云う条件の元なら、香港基地を5分以内に水に沈める事も可能だ。対人戦力に関しても……魔導大隊を1人で壊滅させた者の力を受け継いだ、と言えば、想像は出来るだろう』

『なら、今から帰っても、香港基地を救うのは困難だ。作戦を続行する』

『了解した。そして……来るぞ。敵の「鎧」が』

 しかし、ここまで無惨な結果になるとは……。

 多対多の戦い。

 上霊ルシファーでも、その力の不完全な模倣である「魔導」でもない特異能力。

 自分が倒される事も計算の上の罠。

 上霊ルシファーとの1対1の戦いがほとんどである「鋼の愛国者」が慣れていない事ばかりだ。1対1では上霊ルシファーに勝つ事が出来ないどころか戦力を比較する事さえ愚かな程度の特異能力しか無い者であっても、自分達に有利な状況に持ち込みさえすれば、対上霊ルシファー要員である「鋼の愛国者」に対抗する事も可能、と云う事なのか?

 それとも……初戦で死ぬ事も少なくない、一〇年生きられる者など、ほとんど居ない……そんな状況に置かれている「鋼の愛国者」は、我々が思っていた程には十分な実力・経験を培えていなかったのだろうか?

 だが、その時、別の「姉」が無線で警告を出す。

『待て、何かがおかしい』

『おい、今更、どうした?』

 そうだ。私も、今まで神の秩序アーリマンの巫女の共有記憶にすら無い現象が起きているのを感じた。

『同じ上霊ルシファーが……「水」を司る上霊ルシファーの中でも最上位の5体の内の1体……瑠璃色の「宮帝羅クティーラ」が……2箇所に同時に存在している。この付近と……世界政府軍香港基地の近辺または内部だ』

『おい……まさか……』

『何が起きているのか……我々にも判らん……。こんな現象は……歴代の神の秩序アーリマンの巫女の誰1人として経験した事すらない』

『考えるのは後だ。まずは、目の前の問題を片付ける。「漆黒のワルキューレ」、俺と同時に、あの熊公を攻撃しろ。ただし、俺は拳、お前は斧でな』

『どう云う事です?』

『奴は体毛の物理特性を変化させる事が出来る。相手がブン殴ると予想した時には打撃を防ぐのに向いたものに、相手が刃物で来ると予想した時には、刃物を防ぐのに向いたものにな』

『では……』

『イチかバチかだ。ヤツが2種類の攻撃を同時に防げるか試して……待て……来やがったか』

 「鋼の愛国者」の「鎧」のカメラから送られてくる映像には、「鋼の愛国者」のものとは違う奇怪な「鎧」が映っていた。

 無骨な「鎧」だった。

 「鋼の愛国者」の「鎧」の頭部が威嚇効果も考慮して、あえて髑髏の意匠を取り入れているのに対して、敵の「鎧」の頭部は、飾り気の無いのっぺりとした外見だ。

 材質そのものが違うので一概に言えないのは当然だが、その装甲も、私からすると民生用の強化服でも有り得そうな程度の厚みにしか思えず、その「鎧」が「兵器」である事を示唆するのは、妙に太く何かの隠し武器を仕込んでいるらしい手足だけだ。

 細部も「鋼の愛国者」の「鎧」の方が装飾性が高く、敵の「鎧」は、極限まで無駄な装飾を排している。無骨さは感じさせるが、兵器の無骨さではなく、民生用の工業製品めいた無骨さに思える。おそらくだが、敵の「鎧」の方が、着装の手間も少なく、整備や修理は楽だろう。

 顔には複数のカメラらしきものが有るが、そのカメラは「鋼の愛国者」の「鎧」よりも遥かに小さい。

 そして、その「鎧」の身長も……小さくは無いが、大きくも無い。おそらく、着装者の身長は一七〇㎝台前半。ミリセントより少し高いぐらいだ。ひょっとしたら……着装者は女性かも知れない。

 その鎧は小型の屋根無しの車両に搭乗しており、二体の奇怪な「獣」を従えていた。車両は「乗用車」と云うより、「八輪の不整地用モーターサイクル」と呼ぶべき形をしている。

 従えている「獣」は金属製の「8本足の豹」と呼ぶべき姿だ。体高は1m弱。全長は2m弱。「背」や「脇腹」には荷物が積まれており、「肩」には奇環砲らしきものが装着されている。

『すまねぇな。そろそろ、俺達もヘバって来た……おい……待てよ』

 熊型の獣化能力者が、その「鎧」に声をかけるが、「鎧」は無視する。

 その「鎧」が、車両から降りると、姿の奇怪さが、よりあらわになった。「鎧」の装甲には、明るい色の部分と、暗い色の部分が有り、しかも、一見、出鱈目に配置されているように見える……。

 少なくとも、明るい色の部分と暗い色の部分は、左右対称の配色では無い。例えば、同じ腕でも、右腕は、ほぼ明るい色だが、左腕には暗い部分がいくつか有る。そして、足は逆に、左足がほぼ明い色なのに対し、右足には暗い色の部分が目立つ。

 いや……何かのパターンが有るように思えるが……少なくとも、この時の私には、そのパターンの正体や、そして、そのパターンが何を示唆しているかは読み取れなかった。

 言うならば「斑の鎧」。……いや、「継ぎ接ぎの鎧」。そうか……ひょっとしたらだが……元は単色だったのだが、後から何かの理由で、装甲の一部を交換し、その箇所が元とは違う色になったのかも知れない。

『全員でかかって来い。そうしなければ、私には勝てんぞ』

 女性の声だった。

『俺がやられたら……撤退しろ』

 グルリット中佐が敵に聞かれないように無線通信でそう言った。

『ですが……』

『悪いな……冗談抜きで……生きた心地がしねぇ。歩く姿だけで判る……。ありゃ、とんでもねぇ達人だ。粘ってみるんで、戦闘記録だけでも持ち帰って分析しろ』

 グルリット中佐の口調が、ここまで真剣だった事は、神の秩序アーリマンの共有記憶の中にも無かった。

『おい、どこの姐さんか知らねぇが、いくら何でも、俺達を舐め過ぎじゃないのか?』

『お前が、どの程度の腕前かは、推測が付く。お前では、私に敵わない事は、お前自身が判っている筈だ。望み通り、仲間に戦闘映像ぐらいは撮らせてやろう。お前から来い』

『ふざけやがって』

 叫びと共にグルリット中佐は戦斧を叩き込もうとしたが……。

『何をした?』

『わからん……。純粋な近接戦闘術である事は推測が付くが……』

 「姉」達がざわめいた。グルリット中佐は、熊型の獣化能力者とぶつかり合った時より、遥かに派手に回転しながら宙を舞い地面に激突した。

『中佐……馬鹿な質問だが……何をされたか想像が付くか?』

『し……知るか……』

 「姉」の1人の問いに答えるグルリット中佐の口調も、我々の共有記憶には1度も無いほど苦しげだった。

『我々は近接戦闘においては素人だが、忠告させてもらう。全員でかかるか……撤退したまえ』

『じゃあ、近接戦闘の玄人として言わせてもらう。全員でかかるのは論外だ……世界中に散ってる残り……あぁ、3分以内に更に1人減って一〇名になってるだろう「鋼の愛国者」全員なら、何とかなるかも知れんが……ここに居る4人では……確実に殺される』

『ならば……』

『話は後だ』

『聞け‼ ようやく、もう1人の瑠璃色の「宮帝羅クティーラ」がどこに居るか判った』

『その話と、この「鎧」と何の関係が有るんだ?』

『だから、その「鎧」の着装者こそ、瑠璃色の「宮帝羅クティーラ」の力を持つ上霊ルシファーだ。そいつは、君すら手玉に取る戦闘術と、上霊ルシファーの力、そして……我々のものよりも高性能な鎧……。その3つを合わせ持つ本物の怪物だ‼「鋼の愛国者」の歴史上……おそらく最強最悪の敵だ‼』

『嘘だろ……おい、若造ども……すぐに撤退……』

 グルリット中佐の「鎧」のカメラから送られて来た映像からすると、中佐は何とか立ち上がったらしいが……目の前に敵の「鎧」が居た。

『クソっ‼』

 だが、グルリット中佐が繰り出した拳は……。

『何だ……あの技は?』

 敵の「鎧」はグルリット中佐の腕に飛び付いていた。中佐の肘は素人目にも折れる寸前にしか見えない角度に曲り、敵の「鎧」の両足は、グルリット中佐の首を締め付けていた。

『や……やめろ‼』

 敵の獣化能力者が悲鳴を上げた瞬間……敵の「鎧」の背面から「何か」が吹き出し……そして……。

 中佐の腕は千切れ……喉は潰された。少なくとも、彼の「鎧」の頸部は、着装者が無事で済まない事が判るほどに無惨に変形していた。

『「真紅の騎士」‼ 君が、まだ、生存していて、意識が有る事は判っている‼ 君が生き残っている中で、最も階級が高い‼ すぐに指揮を取り、君を含めた生き残り3名を……』

『よりにもよって、奴が指揮官か……』

『待て、貴方の相棒だろう』

『そうだ。私が彼の事を一番良く知っている。だから絶望しているのだ』

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