(13)

「兄貴よぉ……俺達の仲間になる気は無いか?」

 その「熊男」は、そう言った。

「悪いな」

 そう答えたのはグルリット中佐だった。

「そうか……」

 「熊男」は、どこか寂し気に呟いた。

「なら……ブチのめす……覚悟しやがれ」

 一瞬、「熊男」の目が輝いたように見えた。そして、凄まじい勢いで、「熊男」はグルリット中佐に突進。

「うがぁッ‼」

「おりゃあッ‼」

 両者は激突し……。

「散れッ‼」

 そう叫んだのは、ヴェールマン中尉だった。その一言と共に、私は、「熊男」から距離を取る。

 「熊男」がやったのは獣化能力者であっても有り得ない真似だった。筋力を増幅する機能を持つ「鎧」を着装している筈のグルリット中佐が吹き飛ばされ、逆にグルリット中佐の戦斧が「熊男」の首筋に命中したように見えたのに、「熊男」は無傷だ。

『5分だけ、防戦に徹しろ。それでも奴らに変化が無ければ……撤退だ』

 グルリット中佐から、無線通信。

『どう云う事ですか?』

『俺の予想が正しければ……奴らは、結構、無理をしてる。長時間、あの状態を維持すれば……ヘバる筈だ』

『中佐の予想が外れたら?』

『だから、5分経ったら撤退しろと言ったんだ。数分以内に反撃のチャンスが有るか……さもなくば、逃げるしかねぇかの、2つに1つだ』

「おい、グルリット……ミンジュから連絡だ。赤い『鎧』の女の方は……あいつがカタを付けたいとさ」

 高速移動能力を持つ男が、「兄」とヴェールマン中尉を翻弄しながら、そう叫ぶ。

 その一言で、2つの事が真実だと判った。

 「熊男」の正体が、グルリット中佐が言っていた通り、中佐の弟である事。そして……ミンジュとは……私附きの事務官のコ・チャユの双子の妹の名前。つまり……。

『気を付けろ。3人の上霊ルシファーが一〇m以内に接近して……』

『待て……あの上霊ルシファー……あの顔は……我々の共有記憶に有るぞ……』

『香港基地に連絡‼禁軍・対特異獣人連隊所属「鋼の愛国者2=12・赤き稲妻」ことミリセント・シュミット少尉附きの事務官コ・チャユの所在を確認しろ。確認次第、コ・チャユを拘束……いや、殺害しろ‼』

 無線通信で、神の秩序アーリマン達の声が飛び交う。

『たのむ……何かの……間違いであってくれ……』

 最後の悲痛な声は……私の相棒のテルマのものだった。

 いつの間にか、3人の東洋人が、ほぼ無音のモーター・サイクルと共に姿を現わしていた。

 サイドカー付のモーター・サイクルを運転席に居る「男装の麗人」と呼ぶべき私より少し齢上の女性。……日本で戦った「大禍津日神」の力を持つ者。

 サイドカーに座っている小柄な老人……。おそらく彼が、香港に元から居た「斉天大聖」の力の持ち主なのだろう。

 そして、最後の1人。青いモーター・サイクルを運転していた女性……彼女は、日本で遭遇した時と違い、今は、ヘルメットを取っていた。

「お前は……コ・ミンジュ……、私附きの事務官コ・チャユの……」

「貴方が、そこまで知っているのに、姉は無事だった。少なくとも1時間前に連絡した時点ではな。つまり、答は出たと云う事か?」

「答?」

「選択肢その1。貴方が、貴方の姉を仇を打つ代りに、私の姉が、私の持つ『神』を受け継ぐ。つまり、世界政府軍香港基地の内部に、強大な力を持つ『敵』が出現する。それも、その『敵』に対抗出来る者が出払っている時にな」

「選択肢その2が、私が、ここで貴様に何もしない代りに、香港基地も危険に晒さない、と云う事か」

「香港基地の将兵の安全の代りに、ここに居る『鋼の愛国者』は、私を、うかつに倒せない。万を超える将兵の命と、貴方達5人の命。……貴方が選べ。……失礼、既に1人亡くなっているようだな。お悔やみ申し上げる」

 私の脳裏に魔導大隊のロンベルグ少尉の顔が浮かんだ……。彼女も、まだ香港基地に居る筈だ。

「私としては、貴方が私にも予想が出来ないような第3の答を出してくれる事を期待していたのだがな」

 どうすれば……どうすれば良いのだ?

「私は、他人の心を多少は読む事が出来る。他人の体の『水』の状態を見る事でな。ここまで来て、何を迷っている?」

 確かにそうだ……私は……疑念を持ちながら、その疑念の答を出さないまま、ここに来てしまった。答を出してしまう事で、自分が永遠に変ってしまい、二度と今の自分に戻れなくなる事を恐れて。

「残念だ……。何の答も出さず、何の覚悟も無しに、ここに来たのか……。折角、私達の正体についてのヒントまで出してやったのに……」

「ヒント?」

「前に言った筈だ。私達の最終的な目標は……2つのモノを人民の手に取り戻す事だと」

「それが……どうした?」

「私の姉の名『チャユ』は、私の国の言葉で『自由』、私の名『ミンジュ』は、私の国の言葉で『民主主義』を意味する」

「では……それでは……最初から……」

「私達に名前を付けた実の親の願い。私達に名前を変えさせなかった育ての親の願い。あえて名前を変えなかった私達姉妹の願い。全ての願いは1つだった。姉は……貴方をナチの中ではマシな人間だと言っていたが……姉の買いかぶりだったか……」

 彼女は、モーター・サイクルから降りる。

「行け……『青龍』。目標は前方の赤い『鎧』。突撃」

 その言葉と共に、彼女が乗っていた青いモーターサイクルが、私に向けて突進する。

「うわあああああ‼」

 その声の主は「兄」だった。「兄」は、私を庇うように飛び出し、突撃して来たモーターサイクルを戦斧で撃破。続いて、コ・ミンジュに突進。そして……。

「何をしている⁉それに……何故、ここに……コ事務官が……うわぁっ⁉」

 空に炎の魔鳥が出現した……が、私が日本で戦った時とは違い、炎の魔鳥は「矢」を飛ばす事なく、「兄」の鎧に突撃する。

「最悪だ……。予定通りに事が運んだのに……ここまで最悪の気分になるとはな……。安らかに眠れ……そして……許してくれ……」

 この場における私の記憶は……ある理由で、「大禍津日神」の力を持つ上霊ルシファーの、その一言で途切れている。自分の記憶が一部欠損した理由を知ったのは……約半月後、テルマやコ・チャユと再会した時だった。

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