(12)
日本での修理を終えた私の「鎧」は、ついに香港に届けられた。
金色のジークフリート。
青銅の竜騎兵。
真紅の騎士。
漆黒のワルキューレ。
赤き稲妻。
香港に集結した5人の「鋼の愛国者」の
ひょっとしたら、我々のこの作戦で、世界政府と中国の間の「見解の相違」をわざと温存し続けた事による「平和」は終るかも知れない。
そう、ランダ大佐が言った通り、世界政府と中国の間には「停戦合意や和平条約を結んだ記録は、どこにも存在しない」。しかし、不思議な事に、何十年も「平和」としか呼べない状態が続いてきたのだ。いつ終ってもおかしくない「かりそめの平和」に過ぎなかったとしても。
私は「鎧」を着装した状態でトラックに乗っていた。しかし、水の力を使う
「今更ですが、大丈夫なんですか、こんな所に居て?」
「
同じトラックに乗っているテルマは、妙に呑気そうにそう言った。
「ところで飲むかね?」
そう言って、テルマは瓶入りの飲料を差し出す。
「どうも……」
すぐに体のエネルギーとなるブドウ糖。精神の覚醒を促すカフェイン。飲みやすくする為のわずかな酸味。……要は、炭酸抜きのコーラだ。
「そう言えば、一度、聞きたい事が有ったんですが……」
「何かね?」
「何故、『
「何故、もっと早く聞かなかったのかね、ミリセント少尉?」
「えっ?」
私はあやうく、飲料を吹き出しかけた。
「驚いているようだが、聞かれれば、素直に答えるような質問だった。本当に、何故、今まで聞かなかった?」
……そうだ……何故、私は……今まで聞く勇気を持てなかったのか……? いや、薄々「聞くのに勇気が必要となる質問」である事を察していたが故か……。
「そ……そうだったんですか?」
「そうだ。そもそも、
「……つまり……」
「彼等は、この『世界』と云う物語を好き勝手に作り変え続けている。例えば、地震を起す事が出来る
「では……『
「従来科学も
水の力を使う
「では……その、仮にですが……、この世界以外にも『世界』が存在したとしたら、今この時に
「その『与太話』をしたのが誰かは聞くまい。どこの禿の大男かは、想像は付くのでな。だが、どこまで聞いたのかね?」
「全てでは無いです。……ほんの触り程度です」
「うむ。その答は『その通り』だ。逆に、世界が辻褄を合せる為……そうだな、先程の『物語』の喩えで云うなら、辻褄が合わなくなった1つの『物語』が2つ以上に分岐したり、逆に複数の『物語』が1つになってしまう事で、無理矢理、辻褄合せをやる場合も……有り得る……かも知れん」
では、
「じゃあ、与太話ついでに……もう1つ聞いていいですか? 『辻褄が合わなく』なって消えてしまった世界からの『亡命者』が、この世界に侵略者として入り込む可能性は有ると思いますか?」
「少し、想像力が足りんな、ミリセント少尉」
「えっ?」
「その侵略者達が、仮に1つの集団だとしても、複数の世界の出身者から構成されている可能性は検討したかね?」
「ま……まさか……どう云う意味……」
『そろそろ目的地です』
その時、運転手からのアナウンスが有った。
その頃には、私は「鎧」のヘルメットの着装を終えていた。
「詳しい事は後で話すとしよう『赤い稲妻』」
テルマは、私を本名ではなく、作戦中のコードネームで呼んだ。
私は、トラックから降りる。そして、トラックは、ある程度離れた……しかし、
そこは、倉庫街だった。他の4人の「鋼の愛国者」もすぐ近くに居る。
「0時の方向に人影が……2名です。距離は、およそ……三〇m」
『その2名は、
「鎧」のカメラが暗視モードになっているせいで、服その他の正確な色までは判らない。しかし、両者ともに暗い色の動き易そうな服装をしている。……いや、片方の右腕の色がおかしい。腕の付け根より先が金属製の義手だ。
そして、その義手の方の人物が、腕をのばし、義手の掌を我々に向けた。
次の瞬間、轟音がした。それも、私達のすぐそばで……。
「えっ⁉」
指揮官であるランダ大佐が地に伏した……。そして、ランダ大佐の頭部は……消滅していた。ランダ大佐の血が地面に広がっていく。
だが、その人物の義手も、一度の攻撃で破損したようだ。煙と火花を上げている。そして、その人物の体から、義手と背中に背負っていた正体不明の何かが落ちる。
いや、待て、もう1人は?
「ぐわっ⁉」
私の「兄」であるヘルムート・シュミット大尉が苦鳴を上げる。
もう1人の人物は、私達のすぐ近くに居た。そして……男の手にしていた刀が、「兄」の「鎧」の腕の装甲を……深手では無いにせよ、血が吹き出る程度には斬り裂いていた。
待て、何かの辻褄が合わない。ここまで速く動ける者など、変身後の獣化能力者でも聞いた事が無い。
「アーリマン2=12‼」
私は相棒を、私が付けた名前ではなく、コードネームで呼んだ。
「
今度は、その男は私を攻撃して来た。凄まじいまでの勢いの斬撃が何度も放たれる。手にしていた戦斧の柄どころか刃の部分までも削られていく。
『状況は把握している。
そう、単に異常に身体能力が高いだけだろう。問題は、ここまで異常な身体能力の持ち主など、どんな記録でも見た事が無い、と云う事だ。純粋な力なら、「鎧」の方が遥かに上だろうが、スピードは余りにも無茶苦茶だ。
「うおおおおッ‼」
グルリット中佐が雄叫びと共に男に背後から戦斧で斬り付ける。だが、男は一瞬で横方向に移動し、距離を取った。
「あんたが『青銅の竜騎兵』……『鋼の愛国者』最強の男か。あんたの首を取って名を上げるのも悪くないが……それをやると仲間の機嫌が悪くなりそうなんで、やめておこう」
「何者だ⁉
「親類だよ。あんた達『人造純血種』と呼ばれてる連中の」
「何ぃ?」
「日本陸軍の『高木機関』の研究成果の1つ……『
「どう云う事だ?」
「満洲国が崩壊した時、『高木機関』の膨大な研究資料は4つの勢力に渡ったんだよ。後に『世界政府』を名乗るナチス・ドイツ。中国。ソ連。そして、当時の満洲で朝鮮独立が目的のゲリラ活動を行なっていた義烈団」
そう言ったのは別の人物だった。いや……その姿は……。
「久し振りだな……兄貴。もう一度ぐらいは、兄弟3人で酒でも飲みたかったが……もう叶わなくなったらしいな……」
声の主は、2m以上の身長の……全身を明るめの色の毛に覆われた……人とも熊ともつかぬ姿をしていた。
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