(6)
ボクは「タル坊」に、「チャユ」は青いモーターサイクルに乗り、夜の闇の中を走り出した。
水天宮の本殿を出て、参道の途中に有る橋を渡り、鳥居を抜け……。
ボクたちの世界の同じ場所に比べて、明らかに寂れている。
一般道路に出たが、オフロードでも走ってるような感じだ。モーターサイクルのランプに照らされた路面の様子からして……舗装はされてるが、ロクに補修はやってなさそうだ。
そして、夜空の星々は、ボクたちの世界の同じ場所に比べてとっても綺麗だ。別の言い方をすれば、この世界の日本には、ターミナル駅の近くであっても、二四時間営業のコンビニや遅くまでやってる飲み屋は無さそうだ、って事だけど。……いや、一箇所だけ光が見える。どこだ、あそこは?
やがて、大通りに出た頃、後方から、ガソリンエンジンの音がする。
「レッドスカル」がモーターサイクルで追って来ていた。
続いて銃弾の音。「レッドスカル」の右手には大型の拳銃が握られている。
「ねぇ、この世界では電動式のモーターサイクルって、普通は無いんだよね?」
「そうです。でも、彼女達は、私が乗っている『青龍』の存在は知っている筈です」
「でも、こういう事が出来るって事まで知ってると思う?」
「え?ちょっと待って………えええええ⁉バック出来るの⁉聞いてない‼」
「チャユ」の驚きの声は、途中から韓国語に変った。
「一〇分も有れば何とかなると思うから。次の交差点のあたりで待ってて。『ラプ太』『ラプたん』彼女達を護って」
ボクは、前後両方のインホイール・モーターの回転を逆にする。当然、モーターサイクルはバックし始める。理屈の上では、電動式のモーターサイクルに「バック」する機能を搭載する事は、技術的には簡単だ。もちろん、本当に、そんな機能を実装してるのは、特殊な用途のモノだけだ。……例えば「正義の味方」が戦闘に使用するヤツとか。
『モニタの映像を「タル坊」の後部カメラの映像に切り替え』
ボクは「鎧」の制御AIに指示を出す。
モニタの映像が切り替わり、同時に「タル坊」の後部カメラの「視線」の向きがボクの視線と同期する。
モニタに表示される「レッドスカル」との距離が、見る見る縮まる。
そして、ボクは「タル坊」の後輪を跳ね上げる。地面と「タル坊」の「胴体」との間の角度は六〇度弱。しかし、前輪にもインホイール・モーターが搭載されてるので、この状態でもエネルギー効率はクソ悪いが走行は可能だ。
「レッドスカル」もボクの意図を、ようやく察したようだ。慌ててモーターサイクルの向きを変える。
しかし、次の瞬間、「タル坊」の後輪が、「レッドスカル」の頭部に激突。しかも、急に方向転換しようとしたせいで、向こうのモーターサイクルは、グルグル回りながら、あらぬ方向に向って迷走し、やがて転倒した。
しばらくしても、倒れた「レッドスカル」が動き出す様子は無い。
「死んぢゃったりしたら、ちょっと気分悪いかも……」
その時、ボクは、ある事に気付いた。夜とは言え、何で、車両をほとんど見掛けなかったんだ?
そして辺りを見渡す。
看板や交通標識は有った。しかし、交通標識は基本的にドイツ語。ビミョ〜に意味が判らないのも有るけど、それは、ボクのドイツ語の知識が日常会話レベルの為なのか、それとも、第2次世界大戦以降の歴史が違ってるせいで、ボクたちの世界のドイツ語と違う変化をした「ドイツ語」だからなのかは、良く判らない。
待てよ。第2次世界大戦の頃から、この世界とボクたちの世界が違う歴史を辿り始めたとすると、ドイツ名物のカリーヴルストは、この世界には存在しない訳か?
店の看板には日本語のヤツも有るけど、第2次世界大戦以降は、ボクたちの世界とは違う歴史を辿ってたせいか、その「日本語」はボクたちの世界の日本語とは、結構、違っていた。多分、「旧仮名づかい」ってヤツだろう。それに、ボクたちの世界では、平仮名で書くような単語も、片仮名で書かれてる場合が少なくないみたいだ。
しかし、どの看板にも使われていないモノが有った。……「漢字」だ。そして、日本語の看板は、見た限りでは1つ残らず手書き……それも素人が作ったようなモノばかりだ。
それに、ここまでで、この季節の日本には有る筈のモノを一度も見掛けなかった。
とりあえず、チャユと合流し、目的の場所まで案内してもらった。もちろん、ボクたちの世界と、この世界の歴史が違う以上、目的地の外観は全然違う。
その建物の位置は、ボクたちの世界とは微妙に違っていた。そう、位置が違っていると今のボクに判る事にこそ、大きな謎が有る。
そして、その建物を見ながら、ボクは、チャユに聞いた。
「ところでさ、車が全然無いみたいなのに、何で、こんなに空気が悪いの?」
チャユは、一瞬、えっ?と
どうやら、この世界の人間にとっては、「あまりに当り前過ぎて、逆にすぐに答えられない」ような質問だったみたいだ。
「あと、車が無いわりに、何で、筑後川にかかってた橋は、あんなに頑丈そうな作りなの?」
これこそが、ボクがここに来た時に、ここがどこか、すぐに気付かなかった理由の1つだ。この世界の「日本」または世界全体の技術レベルや経済状況はボクたちの世界の「日本」より下っぽいのに、これまで見た中では、何故か、筑後川にかかってる橋だけが、ボクたちの世界のほぼ同じ位置にある橋よりも頑丈そうなのだ。土木や建築はそれほど詳しい訳じゃないけど、パッと見ただけでも、負荷を巧く分散させる事で、より重いモノを通せそうな構造になっているのが推測出来た。
「戦車が通るからだと思います。育ての親の転勤で、昔、この辺りに住んでいたんですが、軍事パレードで戦車隊が筑後川にかかっている橋を渡るのを見た事が有ります」
「ああ、なるほど……え⁉戦車⁉なんで戦車⁉」
「だって、久留米の最大の『産業』は『日本陸軍の久留米師団』ですよね。そっちの世界では違うんですか?」
「えっ⁉何⁉下手すると戦車と戦う羽目になるの?」
「と言っても、久留米師団の戦車隊と、
そうだよなぁ……この世界が、ボクの予想に近い歴史を辿っていれば、戦前・戦中の日本軍の拠点が今でも機能してても不思議はない。
「じゃ、待って、あの辺りの夜なのに灯りが見えてる場所は、ひょっとして、その陸軍の久留米師団なの?」
「いえ、久留米師団の将兵向けの歓楽街の通称『桃町遊廓』です。久留米師団が有るのは、西鉄の線路の更に向こうです」
「あ、そ……。それと……何でこの時期に桜の花が全然無いの?」
「この世界の日本では、桜は、あるテロ組織のシンボルなんですよ。だから、日本の市民が桜の木を自発的に伐採していった」
「その『テロ組織』って、いいヤツ?それとも悪いヤツ?」
「私としては、複雑な感情を抱いてますけどね」
「そっか……。キミ、韓国系だよね?この世界の韓国は、どうなってるの?」
「私が生まれる何年か前に、日本で起きたゴタゴタのせいで半独立状態になりました。でも、中国とソ連、イスラム連合と中央アフリカ連邦を除いて、どこも「世界政府」の事実上の属国ですよ。日本も韓国もね。そっちの世界の朝鮮半島はどうなってるんですか?」
「第2次世界大戦が終ってから独立して、今は、日本より豊かな国になってる。ただ、独立してから色々と有った……聞いたら嫌な気分になる事もね」
「なるほど……どこの世界も簡単じゃないみたいですね。それはともかく、何で、市役所に来る必要が有るんですか?」
「いや、あの3本の旗が何かについて聞きたいんだよ。ここなら、この手の旗が有ると思ったんで」
「両側のが、この世界の日本の国旗と、久留米の市の旗。真ん中のが『世界政府』の旗です」
「ねぇ……変な事聞くけど……この世界のユダヤ人って無事なの?」
やっぱり、嫌な予感が当たった。
この世界の久留米の市役所の前には、旗がひらめく3つの高いポールが有った。
久留米市の旗は、ボクの世界と同じモノだった。ここまでは問題ない。
最大の問題は……真ん中のポールに掲げられた……あまりと言えば、あまりな旗だ。
そして「日本の国旗」とやらも同じ位問題だった。……確かに「白地に太陽」だが、「太陽」は「太陽」でもナチのSSが使っていたシンボル「黒い太陽」だったのだ。
「ヨーロッパのユダヤ人の事でしたら……『世界統一戦争』中にマダガスカルに移民したけど、その後、伝染病でほぼ全滅した事になってます。あくまで『世界政府』の公式見解ではね」
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