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 翌日から、大学の研究室は夏休みに入った。もちろん、研究室の同僚や教官は、ボクが「正義の味方」と大学院生の二重生活をしている事なんて知らない。……多分ね。

 ボクが色々有って暮す事になった日本の風習では、この時期、学生やサラリーマンは故郷に帰るのが一般的らしく、ボクの研究室のメンバーも、帰省している。

 でも、ボクには故郷なんてモノは無い。

 ボクたち「強化兵士」を生み出した民間軍事企業「シルバー・フレイム社」は既に無く、ボクたちが、かつて所属していたアメリカ連合国も、とっくに国のていをなしておらず、2つに分裂したアメリカの片割れである北米連邦に吸収合併される事が決っている。

 そもそも、民族的エスニックアイデンティティは「スコッチ・アイリッシュ系アメリカ人」のつもりなのに、人生の半分以上を日本の関東に有った民間軍事企業の施設で育ったボクにとっての「祖国」ってのが、一体全体、何なのかは、最早、国籍に関する法律上・国際条約上の問題と云うより、「祖国」なるモノの定義から考え直さないといけないような哲学的な問題だ。ここ二〜三〇年、国家機能を失なった「国」が続出したり、マトモな国でも、国の分裂や統廃合が次々と起きたり、小さい国が住民ごとこの世から消えるような事が少なくない時代の場合は特にね。

 ボクの兄弟姉妹である強化兵士の生き残りも散り散りになってしまっている。

 故郷ってヤツが、場所だとしても、共同体コミュニティや、それに属する人々だとしても、どっちに転んでも無いモノは無い。

 そこで、ボクは、大学に入るまで住み込みで働いていた、この新鳥栖駅近くの児童養護施設に「帰省」していた。強化兵士ではなく、一人の人間としてのこのボク、エイミー・エヴァンスは、この場所、ここの人達の中で生まれたんだ……って、ボクにしては気障なセリフだな。変な感傷は、やめとこ。

「お〜い、小坊主‼何やってんの?」

「何って、七夕の後片付けですよ」

 そう答えたのは、この児童養護施設を経営してるお寺の住職の青円だ。

 ボクがアメリカ連合国軍の兵士だった頃に居た関東では、七夕とう行事は7月だったが、同じ日本でも、ここ九州では8月にやる場合が多い。

「4年前にくたばったデカブツが、いつもってたよね。そう云う事をする時はヘルメットをしろ、って」

「こんなに暑いのに?」

「『怪我には気を付けろ』がデカブツの口癖だっただろ〜」

「判りました、ヘルメットをしますよ。でも、小坊主ってのは止めて下さい。一応、もう、ここの理事長なんで」

「威厳の無い理事長だね」

「悪かったですね」

「気にしないで、独り言」

「英語が母国語なのに、日本語で独り言をうんですか?」

「あ〜、それはいいけど、ヘルメットだけじゃなくて、作業着と作業用の革手袋と安全靴もね」

「はいはい、判りました。今、着替えてきますよ」

 ここの副理事長で、以前、行き場が無くなったボクに、ここに来るように声をかけてくれたデカブツの筋肉坊主マッスル・モンクは副業の「正義の味方」の仕事で死亡。理事長だった爺さんも、今年の初めに老衰で死亡。子供達も年々入れ替わり、知った顔は減っていっている。

 施設の本棟の縁側に座り、ぽけ〜っと中庭を眺める。

「手伝ってくれないんですか〜⁉」

「気が向いたらね〜」

「怪我する可能性が少しでも有る作業は、なるべく複数で、ってのも死んだ御上人さんの口癖でしたよね〜」

「こりゃぁ、一本取られたねぇ〜。判ったよ。手伝うけど、その前に一休みさせて……とりあえず、小坊主、麦茶かカルピス」

「やれやれ……ちょっと待って下さい。ついでに持って来ますよ」

 しばらく蝉の声を聞いてる内に、聞き覚えのある足音がした。

「あれ?これ、まだ壊れて無かったんだ」

 てくてく、と建物の内側から、全長五○㎝(尻尾の長さ込み)ぐらいのティラノサウルスっぽい形の恐竜型のロボットが、尻尾を振り振りやって来た。

 ボクとボクの恋人が、昔作った子で、うなれば「ラプ太」たちの原型だ。そう言えば、この子を作った頃、ボクの恋人の妹に「見て、見て、ボクたちの子供ぉ〜。ほら、ガジくん、叔母さんにご挨拶しなさ〜い」とったら、凄ぉ〜く嫌な顔をされたけど、その彼女も、やっぱり「正義の味方」の仕事で死んでしまった。

「ええ、今でも、子供達の遊び相手ですよ」

 着替えて戻って来た青円がそうった。

「あぁ、そうなんだ……えっ?麦茶ってペットボトルの?」

「贅沢言わない」

 ボクを見て、とてとてと近付くときゅいっと首をかしげた、ロボ恐竜は、口に封筒を咥えていた。

「誰だよ、こんな事考えたの?」

 どうやら、誰かが、ボクに何かの情報を渡したいらしいんだけど、安全には程遠い方法だ。

「私です……あんまり面白くなかったですか?」

 建物の奥から青円とは別の声。相変わらず、彼女の「冗談」のセンスは、どこかズレている。

「来てたの?」

「一応、表向きは、ここの非常勤職員なので」

 声の主は、マルヤム・アッラーマン。ボクと同じく、色々有って、福岡・佐賀を中心に活動するヒーローチーム「ストーム・ブレイカーズ」の一員になった中東出身の女の子。コードネームは「緑の護り手ヴァージャー・ウォーデン」。中東とっても、具体的にどこなのかは本人も良く知らない。何故なら、彼女もボクと同じく「兵器」として作られた存在だからだ。

 一九三〇年代に、帝国を名乗っていた頃の日本の陸軍特務機関「大連高木機関」および「哈爾浜高木機関」が常人を超える知能と身体能力を持つ古代種族が存在した証拠と、その子孫と思われる一族を発見し、第2次大戦後にそれに関する資料をソビエト連邦が見付けて回収、更にソビエト連邦崩壊時に流出したその資料を入手した某国が、二〇世紀末になってようやく、その古代種族の再現に成功した。しかし、その国も〇〇ゼロゼロ年代に崩壊し、古代種族を再現した「強化兵士」の製造方法が色んな国や組織に知れ渡る事になった。

 その結果、生まれたのが、ボクや彼女だ。作った組織が違うが、同じ技術で作られた人間兵器の第2世代以降と云う事では共通している。

「ちょっと厄介な事が起きたみたいです。後方支援チームが手助け出来ない可能性が高い任務なので、なるべく、軍事組織の特殊部隊に居た前科が有る人間で、かつ単独での任務の経験者が最適なんですよ。つまり、私か貴方。でも、私は明後日から、別の任務の予定が入ってます」

「軍事組織の特殊部隊に居たのが『前科』って、日本語おかしいよ。英語で話す?お互い、そっちの方が得意だよね。何なら、ボク、一応、アラビア語も出来るし……」

「『前科』でしょう?私の古巣も、貴方の古巣も、ロクな所じゃなかった、と云う点では共通していますし」

「ま、言われてみれば……」

「昔の所属組織を悪く言われるのは嫌ですか?」

「そんな事無い。あんな所、もう思い出したくも無い」

「ともかく、その封筒に入ってるメモリの中身を、明日の朝までに目を通して下さい」

「了解……。大学も『正義の味方』も一休み出来ると思ったのに……」

「問題有りません。私達は、3〜4時間寝れば、普通の人間が丸一日ゆっくり休んだ以上の回復が出来るでしょ」

「そうだけどさぁ……。あ、ところでボクの恋人、どうしてる?絶対、ボクに内緒にしてる事有るよね?」

「貴方からも注意しておいて下さい。例によって、リハビリをサボってばかりです。あと、また、お酒の量が増えてます」

「つくづく、『正義の味方』を引退してから、人生を楽しんでるなぁ……。ねぇ、あの介護用ロボットだけど、お酒とツマミを買いに行かせるって、目的外使用じゃないの?」

「一応、製造元は『一般人の蛮用』に耐えられないモノなら商品化は無理だから、今の内に不具合が有ったら洗い出してくれ、と……」

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