「青き戦士」第1章:闇の支配(ダーク・レイン)

(1)

恐怖に満ちた昼も、不安に満ちた夜も、

強き心有らば、我らが魂は燃え上がる。

光の戦さで全てが失なわれたかに見えならば、

星を見上げよ。

希望はそこに燦然と輝く。

「ブルーランタンの誓い」より


 ボクが平行世界パラレルワールドに行く事になった2日前の夜の事から、話を始めることにしよう。

 その夜に起きた事は、ボクにとっては、ミドルティーンの頃から十年近く繰り返してきた、よくある日常の一コマだった。

 アクション映画で喩えるなら、上映時間が残り四分の一になった頃から起きる最終決戦でも予告トレイラーで使われる見せ場でもなくて、最初のパートで起きるちょっとした小競り合いみたいなモノだ。

『「ソルジャー・ブルー」、目標4人までの距離は約三五〇m。次の交差点で右折して、そのまま直進してくれ』

りょうかぁ〜いAffirm♪』

 後方支援要員サポートメンバーにそう答えながら、ボクは夜の闇の中をモーターサイクルで駆ける。うしろからは、相棒の恐竜型の支援ロボットが付いてきている。

 上空には小型の偵察用ドローン。仲間が使っているヤツだ。

 気温は三〇度を超え(華氏じゃなくて摂氏だ、念のため)、湿度も、いつ雨が降り出してもおかしくないレベルだが、ボクのコードネームの由来になってる青い「鎧」の体温調節機能おかげで快適だ。「敵」の中には廉価版の「鎧」を着装してる奴も居たけど……多分、体温調節機能は省かれてるだろうから、中のヤツは、戦闘による負傷じゃなくて熱中症でブッ倒れる羽目になるかも知れない。

『お〜い、お〜い、お〜い、ボクと挟み撃ちにする予定だって事を忘れてないよな〜。奴等ごと、ボクまでレールガンで銃撃は勘弁してくれよ〜』

 「鎧」の両眼立体視式の小型モニタに「黒地に灰色の縞」の虎のアイコンと、彼のコードネームが表示される。通信してきたのは、仲間のコードネーム「ハヌマン・エボニー」だ。ちなみに、このアイコンを描いたのは、コイツの彼女ガールフレンド

『え〜、でも、キミには再生能力が有るでしょ』

『いや、いや、いや、ミンチにされたら、流石に死ぬよ‼確実に死ぬッ‼』

『でもさぁ、「ウルヴァリンが何度死んでも生き返るのは、再生能力ヒーリング・ファクターのせいじゃなくって、人気のせいだ」って、デッドプールもってた。キミにも人気が有れば、ひょっとしたら……』

『ちょっと待て、ちょっと待て、ちょっと待て。それは、現実じゃなくて、昔のアメコミの話だよ‼だいたい、誰からの人気だよ⁉ここがアニメかコミックの世界で、本当の現実の連中はボク達の事を観たり読んだりして、泣いたり笑ったりしてるとでもうのかい?』

『キミの生死は1つ上の現実の連中のWeb投票で決ったりしてね』

『そんな事を本気で信じてるのは、ビョ〜キのヤツだけだよ‼キミはデッドプールみたいに頭の中で別人格が四六時中しゃべってるのかい?』

『まぁ、キミが死んでも、ボクはちっとも悲しくないけど、キミのキュートな彼女ガールフレンドに怨まれるのは嫌だから、気を付けるよ』

『相変らず酷い言い草だね』

『それはともかく、奴等のピックアップが視界に入った。推定距離二〇〇±プラマイ一〇m……うわっ‼』

 奴等が乗ってるピックアップ・トラックの荷台から銃撃。ガソリン車が主流だった時代の日本の大手自動車メーカ製の輸出用モデルだ。今時、日本国内では、車用のガソリンは大型車用にしか売ってないので、足が付かないように入手するのも、色々と大変だろうに。

「『ラプ太』、マシンガンの弾種を非致死性弾に変更。威嚇銃撃。連射モードで最大一分三〇秒間」

「ふんぎゃっ♥」

 ボクは銃撃を避けながら、相棒に命じる。

「拡声器ON。お〜い、素直に投降して、法の裁きに服しろ〜‼」

 自分でってて「今の日本に『法の裁き』なんて残ってたっけ?」なんて気はするが、そこは慣用句ってヤツだ。

「そっちだって、犯罪者には変りね〜だろ〜がッ‼ボケェ‼拡声器OFF」

 何度も聞いたセリフだ。「正義の味方」になってから1年で気の効いた反論のセリフのネタは尽きて、1年半経った頃には、反論するのも面倒になった。

『拡声器OFF。お〜い「ハヌマン・エボニー」。敵は投降勧告に応じなかった。実力行使だ』

了解Affirm了解Affirm了解Affirm。サポートチーム、こっちのATVの遠隔操縦を頼む』

 そして、前方を走っていたピックアップは「何か」を避けようとしてハンドルを切り損なったらしく、突然、進行方向がほぼ九〇度変り、反対車線に突入し急停車。

 続いて、激突音とガラスが割れる音。運転席のドアが吹き飛び、普通のオッサンにしか見えない誰かと、二足歩行の黒地に灰色の縞模様の「虎人間ワータイガー」が車内から飛び出す。

「視覚センサ、望遠モード。距離は初期値一〇〇m±プラマイ一五m。……なんだよ、アイツ⁉」

 どうやら運転手を助けに行く為に、いかにもヤクザ系のチンピラって感じのガラの悪そうな顔付きだけど、何故か赤く染めたドレッドヘアに丸くて赤いレンズのサングラスに和服の中年男がピックアップの荷台から飛び降り、いきなり諸肌脱ぎになる。

 そいつは、中ぐらいよりやや低めの背丈だが、結構マッチョな体付きで、肌が露出してる部分のあっちこっちから光が放たれており、その光が背中と上腕と胸に彫られている刺青を照らしている。多分、違法な強化手術を受けた「改造人間」だ。

 ちなみに、そいつの刺青は、何かで見た覚えが有る〇〇ゼロゼロ年代の萌え系アニメの(エロゲーだったかも知れない)、今となっては、古臭くてイケてない感じの絵柄(まぁ、「萌え」文化の愛好者の大半が四〇台後半以降って御時世だから、そう見えるのは仕方ない)の女の子たちだ。ただし、何故か、おっそろしく手がかかってるフルカラー。この刺青に関する限り法律違反は著作権関係ぐらいだと思うけど、法律や本人の健康とは別の観点から、色々と考え物だ。

 そして、その改造ヤクザが手にしてるのは、白鞘の日本刀……とっても多分、最近、裏市場で流行りの「実戦でも使える高分子素材製の『白木の柄と鞘』の刀」だ。

 刀身の方は、ボクたちのスポンサーが昔作った特殊鋼材の製法が流出して生まれたコピー品が原料みたいだけど、裏市場に出回り始めて、まだ、そんなに経っていない「鍛え過ぎると、逆に優れた特性が失なわれてしまう」事がイマイチ知られてなかった時期に作られてものらしく、独特の構造色は、かろうじてしか残っていない。

「このドラ猫が〜ッ‼ブッ殺すぞ‼」

 聴覚センサが改造ヤクザ人間の罵声を拾った。

「拡声器ON。お〜い、それ、変身能力者への差別発言だぞ〜‼お前だってミカドロイドの出来損ないの萌えオタのクセして‼」

『おい、おい、おい、おい、おい。「ミカドロイド」ってのが何なのか知らないけど、キミが言ってるのも改造人間サイボーグへの差別発言みたいな気が……』

 その瞬間、ピックアップの向こう側で閃光と爆音。

「……えっ⁉」

『……えっ⁉えっ⁉えっ⁉』

 続いて、ピックアップの上を四輪バギーATVが飛び越えた。

 そして、空飛ぶATVが、「改造人間」の頭上に差し掛かった時……ATVから地面に向けて、轟音と爆炎が放たれた。改造ヤクザ人間にとっては残念な事に、刺青に注ぎ込んだお金は、一瞬にして炭化したようだ。部分的には、灰や炭じゃなくて、熱変性したタンパク質で済んでる箇所も有ると思うけど、本人にとっては、何の慰めにもならないだろう。

 このATVの下部と後方部には、跳躍や加速に使う液体ロケット燃料が装備されているんだけど……。

『誰だよ⁉あれ、遠隔操縦してるヤツは⁉』

『俺だけど。悪い。機関銃を狙ったつもりが、2度目の噴射のタイミングが遅かった。でも、敵は1人減ったんで結果オーライだろ』

 久留米チームの後方支援要員サポートメンバーの1人であるコードネーム「ファットマン」だ。いや、本人はガリガリだけど、何故かコードネームが「太った男ファットマン」。もちろん、長崎に応援に行くと、この無神経極まりないコードネームを口にする度に、向こうのヒーローチームの連中から凄く嫌な顔をされる。あ、普通、ボクらの同業は、頭部まで変形するタイプの変身能力者なんかを除いて、顔バレ防止と頭部の防御の為に、センサ・通信機・情報端末・防毒マスクを兼ねたヘルメットをしてるので、「凄く嫌な顔をされる」ってのは、あくまで比喩。つまり、「凄く嫌な顔」なんて生易しいモノじゃ済まない表情をされている可能性が有ると云う意味だ。

『また、キミかッ‼無茶苦茶やり過ぎだよッ‼』

『君の彼女から受けた教育と影響の賜物たまもんだ。アイツや俺がまだ駆け出しの頃、あのクソ野郎、俺に何てったと思う?「ATVを遠隔操縦でドリフト走行させろ」だぞ』

 なるほど、それが後方支援要員サポートメンバーが使う車両類ヴィークルの遠隔操作機能に「やろうと思えば大作映画のカーアクションシーンの撮影も出来そうな謎の操作コマンドやマニュアル操作モード」が有る理由か。

 彼は、二十年近く前の富士山の噴火の被災地から避難して来た、いわゆる「関東難民」だが、小学校に入る前から、福岡県こっちで暮してるせいで、アクセントやイントネーションは完全に九州弁だ。日本政府に教育関係のお役所にTVやラジオのキー局に全国紙の東京本社に日本国内向けのケーブルTVや衛星放送サービスの本社に大手ネットメディアの大半に大手出版社の多くと、日本において「標準語」を維持するのに役立ってた組織・企業が仲良く火山灰の下に埋まって以降、日本国内の「標準語」はビミョ〜に失なわれつつある。ひょっとしたら、ボクたちの世代がお爺ちゃん・お婆ちゃんになる頃には、同じ位の齢の「関東難民」でも、九州に避難した人達と東北や北海道に避難した人達とでは音声会話による意思疎通は困難になってたり、同じ日本の中でも同じ単語を地域によって違う読み方をするようになっているかも知れない。

 何はともあれ、とりあえず、これで敵は残り3人だ。いや、既に「ハヌマン・エボニー」がピックアップの運転手をボコボコにしてたので2人だ。

 支援用の恐竜型ロボット「ラプ太」は、呆れたような感じで空飛ぶATVを見ていた。より即物的な言い方をすれば、視覚センサが付いている頭部が、ATVの動きを追った後、「ええっと……」と云う感じで天を仰いだ。

 とっても、この子に「呆れる」「困惑」その他の感情は無い。人間っぽい振る舞いを学習するようにプログラムした結果に過ぎず、早い話が、周囲の人間のやってる事を真似た、ちょっと複雑な条件反射だ。

 まぁ、人間のやってる事も、ひょっとしたら「ちょっと複雑な条件反射」に過ぎないかも知れないが、とは言え、今のAIでは、人間が勘や経験でやる事を再現するのは得意だけど、人間の持つ理性や論理性を再現するのは困難だ……ボクより頭が良い誰かが巧い手を思い付いてくれない限りは。

「ラプ太、何、ぼ〜っとしてんの?」

「ふんぎゃっ♥」

 ラプ太が「ところで、ちょっとアレを見て」と云う感じでピックアップの方を指差しながら返事したと同時に、再び、ピックアップの荷台から銃撃。

「なんで、ボクばっかり⁉」

『ごめん、ごめん、ごめん。悪いけど、ボク、動けないんで、自分で何とかして』

 「ハヌマン・エボニー」が見えない何かに動きを拘束されている一方で、残り2人の片方が、短剣みたいなモノを振りながら、何か呪文を唱えてるようだ。どうも、「オカルティック・テクロノジー」…要は「魔法」か「心霊術」の使い手らしい。幸か不幸か、「ハヌマン・エボニー」はピックアップのすぐ近くに居るので、荷台の機関銃で狙いたくても、射線が通らず、結果的に、まだ距離が有るボクやラプ太が狙われる羽目になる。

「ラプ太、盾貸して。あと、ラプ太とタル坊は、ボクから指示が有るか戦闘が終るまで、適当な所に退避してて。ついでに、万が一、ボクが死んでも自決する必要は無いから」

「ふんぎゃっ?」

「ふみゅ〜♥」

『「ロボットの自決」なんて概念、生まれて初めて聞いたよ。自爆ならともかく』

 ボクは、「ファットマン」のツッコミを無視し、モーターサイクル「タル坊」から降りる。ラプ太は背負っていた盾を、いつの間にか、ちゃっかり手に持って自分の身だけを防御していた。ボクは、ラプ太から、その大型の盾を受け取る。と云うより奪う。

「ふんぎゃっ‼ふんぎゃっ‼ふんぎゃっ‼」

 盾を取られたラプ太は、ボクに抗議する。

「だから、一旦逃げろ、ってってるよね?」

「ふんぎゃぁ……」

 ラプ太は、不満そうな声を出して逃げ出していった。ラプ太たちの細かい仕草や行動パターンが、日に日にボクのカリカチュアと化してるので、時々、妙な気分に…場合によっては嫌な気分になる。人間臭い振る舞いを学習する機能なんて付けない方が良かったかも知れない。

「うおおおりゃああああ〜ッ‼」

 ラプ太たちが距離を取ったのを見計らうと、ボクは、右手に持った盾で銃弾を弾きながら突撃。そして、左太股に着装した短剣を抜く。

 やがて銃弾が止む。「鎧」を着装したヤツが、大型ハンマを持って、荷台から飛び降りる。

 防弾・防刃に関しては、軍用装甲車級の防御力を持つボク達の「鎧」の装甲に対抗する方法の中には、「鎧そのものを歪めて、中の機関部や着装者を傷付ける」ってのが有る。相手が使うのはセオリー通りの良い手だ。

 ボクは相手に向って盾をブン投げる。

 相手は、ハンマで盾の方向を逸らす。

『余剰エネルギー放出‼背面・左右脚部後面』

 背中とふくらはぎ後面のスラスターが火を吹く。いや、正確には火じゃないけど。

 その勢いを利用して、相手との距離を一気に詰める。

 もし、相手が霊感のたぐいを持っていれば、ボクの後方に向けて放たれる「炎に焼かれる死霊たち」の姿が見えた事だろう。

「うおっ‼」

 相手は、大型ハンマを持ち上げて、ボクを迎撃しようとするが、あわててるせいで、十分なパワーとスピードを出せるような構えじゃない。

 ボクは、振り下されたハンマの柄を左手のナイフで切断。ハンマをハンマたらしめてる一番重要なモノは地面に激突し、大型ハンマは単なる棒へと変った。

 次の瞬間、「鎧」の制御AIが、ボクの構え・筋電位・予備動作・周囲の状況などから、ボクが次に繰り出す技を予想し、準備を開始する。この機能が無い場合は、または、有ってもAIの学習データの蓄積が不十分な場合では、一瞬より遥かに短かい……ただし、自分と同等かそれ以上の技量の敵との戦いでは致命的になりかねない時間だけ、動き出すのが遅れてしまう。もっとも、この機能は、良い事ばかりじゃなくて、短期間で腕前・技量が上がったり(見方を変えれば短期間で動きのパターンが変るって事だ)、しばらく「鎧」を使ってない内に変な動きの癖が付いてしまうと、実際の動きとAIの学習データの間に不整合が生じ、色々とエラい事になってしまう。

 そして、ボクの動きに合せて、「鎧」の各部のスラスターから余剰エネルギーが放出される。ボクの体と「鎧」の人工筋肉、そしてスラスターが生み出した3つの運動エネルギーは1つになり、ボクの右掌底から相手の腹に叩き込まれた。

「⁉」

 相手は派手に吹き飛……んだりしなかった。そして、まず、ボクの攻撃が当たったあたりを見て、次に、こっちに顔を向け、続いて、そのまま、その場に崩れ落る。

 鎧の装甲や機関部へのダメージは最小限にする事で、中の人間に打撃の運動エネルギーの大部分を送り込む「細波さざなみ」と呼ばれる技だ。

 不思議なモノで、人間ってのは、同じ部位に同じ威力の打撃を受けても、「ダメージを受ける」と判っている時と、予想や覚悟をしていない場合とでは、打撃による影響が大幅に違う。

 鎧で威力の大半を防げる、と思ってる所に、体に直接、大きな衝撃が叩き込まれれば、不意打ちの一撃サッカーパンチを食らったも同じだ。

 残る1人、悪魔教会チャーチ・オブ・サタンのシンボルが印刷された黒いTシャツ(って、あそこ「馬鹿は入信お断り」じゃなかったっけ?)にブラックデニム・ジーンズに黒いスニーカー……に加えて、いかにも魔法使いでございって感じのフード付のケープを着た、多分、「ハリー・ポッター」で育った世代のチンピラ風の男が、到底実用的には見えない妙にアートっぽい外見のナイフをボクに向けて、何かのを呪文を唱える。

 そして……何も起きない。

 こいつの仲間が使ってた廉価版の鎧とは違い、この鎧の動力源は、実は、心霊的なモノ……それも、かなり強力かつ特殊なヤツなので、着装者の心身に直接影響を及ぼしたり、実体を持たない純粋に霊的な「使役霊使い魔」や「気」を使った魔法や心霊術の効果は、ほぼ無効化される。魔法や心霊術の類でも、物理的な効果を伴うモノなら、理屈の上ではダメージを与えられるけど、俗に「神の力」と呼ばれる特殊な能力を持つ者は別にして、「魔法」「心霊術」の多くは、純粋に物理的な効果については、かなりお寒い有様で、ボクが関東に居た頃に知り合った炎を操る「魔法使い」も実際には火薬や導爆線を併用していた。

「どうしたの?イマイチ、調子が良くないみたいだね、ヴォルデモート卿」

 自分の術が何故効かないか把握していないらしい残る1人に近付き、そいつの肩にポンっと手を置いて、ボクは、そう呟いた。

 その瞬間、鎧の掌の端子から、相手の体に高圧電流が走り、男は地に伏した。

「ねぇ、お守りの効果は無かったの? やっぱ、効力は小坊主のより死んだ爺さんが作ったヤツの方が上?」

 ボクは、術が解けて、動けるようになったハヌマン・エボニーにそうった。

 一応、魔法使いや魔物・悪霊なんか対抗する為に、ボクたちの仲間も、その手のお守りは装備してるけど、最近は、ある日突然、特定の系統の「魔法」の効力が消えてしまうなど良く有る事で、結構、信頼性は低い。半年ほど前にも、ヨス=トラゴンとか云うマイナーだけど一応は「旧支配者」に分類されてるエロ触手の出来損ないと、クートフーミとか云う神智学系の「霊界の大師マハトマ」(早い話がチンピラの中ではデカい顔してるヤツ)が消滅したらしく、そいつらを「力」の源にしてる魔法が全世界でほぼ同時に効力を失なってしまった。どうやら、本物の「神」クラスの化物に対抗するのに、こいつらの力を借りてしまった馬鹿な「魔法使い」が居て、あっさり返り討ちにされてしまったらしい。これだから、少しばかり強力だったり、魔法使い的には使い勝手が良くても、本物の「神」には程遠い、ぽっと出の神様気取りの連中霊的存在は頼りにならない。

「そうでも無いかな? お守りの効果で、動けなくなる程度で済んだみたい」

「おい、ちょっと待て、ここで変身解くな。男の裸なんか見たくないよ。そもそも、キミ、露出狂だったっけ?」

「疲れると、人間の姿の方が楽なんだよ」

「だからさぁ、男の裸は、男同士で見せ合うモノで、男が女に裸を見せていいのはセックスの時だけってのが『九州男児』ってヤツの伝統だろ?」

「そんな変な伝統、聞いた事も無いし、百の百乗歩譲って、仮にそんな伝統が有ったとしても、ボクは九州出身じゃない。更に、百の百乗の百乗歩譲って、本当にそんな伝統が有って、ボクが『九州男児』だとしても、自分が納得出来ない伝統に従う義務なんて無い。股間には防具を付けてるんで、ボクの貧相な玉と竿は見えないから、我慢してくれ」

「貧相なの?」

「残念ながら、ボクの彼女の兄貴の方がデカかった。玉も竿も」

「やっぱり、男同士で裸見せ合ってるじゃないか」

「違うよ。家族旅行にボクも誘われて一緒に温泉に行った時に、偶然、見ちゃっただけだよ」

『こちら、ハヌマン・シルバー。保護対象は既に安全圏』

 その「彼女の兄貴」から連絡。モニタには、彼からの通信である事を示す「白い狼の顔」のアイコンが表示される。

 今夜の任務は、複数居る「保護対象」(どうやら、まだ刑事裁判ってヤツがマトモに行なわれてるどこかの外国の組織犯罪絡みの裁判の重要な証人らしい)を複数のチームで護衛しつつ、「保護対象」を追っている連中を撃退する事だったんだけど、当然ながら、その「保護対象」の内、どれが囮を兼ねた偽物で、どれが本物かは、ボク達には知らされてない。ひょっとしたら、全員、偽物で、本物の「保護対象」は、ボクたちと奴等が鬼ごっこをしている間に、思いもよらない方法で、国外に移動済みなのかも知れない。

『あと、馬鹿話をするなら無線をOFFにしてくんない?俺には妹の彼氏と裸を見せ合うなんて訳が判んない趣味は無いんだけど』

『そりゃ残念』

『何が残念なんだよ⁉』

「そうだよ、そうだよ、そうだよ‼」

『ところで、他のチームの応援に行く必要は有る?』

『大丈夫だ。そいつらを拘束したら、任務は終了』

 「ファットマン」から通信。

『後は警察に任せるの?でも、検察や裁判所は勾留許可は出してくれる?』

 ボクが九州こっちに引っ越した頃から、警察が組織犯罪の関係者を勾留しようとしても、検察や裁判所が認めてくれにくくなった。理由は簡単で、警察上層部や検事や裁判官の個人情報が「裏」で出回るようになったのだ。一歩間違うと、検事や裁判官の家族が……まぁ、「変死体で発見」さえ、まだ最悪の事態じゃないような目に遭う羽目になる。特に、「外科医」「モツ鍋屋」などの隠語で呼ばれる医療知識が必要な犯罪をやってる連中の「一応は生きている状態で、誘拐した相手を返す」方法の数々の独創性については、胸糞悪くなるどころの騷ぎじゃなくて、「人体の神秘展」の展示物みたいな状態になってるのに、まだ生かされてて、「生命を維持する事は、最先端の病院ですんごい額のお金をかければ可能でも、元の体に戻すのは絶望的」な状態の人間や、かつて「正統日本政府」を名乗っていたテロ組織が生み出した「従民Subject」と呼ばれる「安価な使い捨ての改造人間」の製造技術を元した方法で、不可逆的に自由意志を剥奪された状態に変えられた人達を目撃する羽目になったら、1週間は安眠を諦めなきゃいけない。

 っとくけど、これでも、二〇年ほど前の富士山の噴火で壊滅した関東・甲信・中部の一部地域よりはマシだ。こっちは刑事司法は有るけど機能してない。向こうは刑事司法そのものが無い。どっちみち、日本で警察・検察・裁判所の間にそれなりの信頼関係が有って、刑事司法が問題だらけとは言え多少は機能していたなんてのは、今のこの日本に住んでるボクたちには何の関係もない、喩えるなら遥か太古の神話の時代の物語だ。

 少なくとも、あと一〇年二〇年は、この世界のほぼ全ての人間が、かつて存在したらしい楽園エデンに戻る事が出来ない状況で生きてくしか無い以上、ボクたちみたいな連中が社会から必要とされている。……正体を隠して治安を護る者達、そして他の犯罪者を狩る風変わりな犯罪者が。それが本当に正しい事かは別にして。

『一応、背後に大物が居るみたいなんで、九州7県合同軍と国連軍の治安部門に手を回してある』

 こっちの方は、警察とは別枠の勾留権限が有るし、一応は軍隊と名の付くモノに喧嘩を売ろとする面白い奴等が出るのは、九州全体でも、せいぜい月に4〜5回程度だ。……たまに軍事施設を自分から攻撃した挙句、壊滅させちゃう奴等が居るから洒落にならないけど(しかも、そんな真似をやった理由が「凄い事をやって、仲間内でデカいツラをしたいから」だったり)。

 どっちみち、警察が頼りにならないから軍隊の治安部門と手を組むなんて安易な手が使えるのは、せいぜい、あと1〜2年だ。既に、軍関係のお偉方の子供の写真や通学路に関する情報なんかも「裏」で出回り始めている。

 もちろん、ボクたちみたいな正体を隠した連中マスクド・ヴィジランテによって治安や平和が維持されている、って状態は健全とは言えない……と言いたい所だけど、一〇年後、二〇年後には、この状態が「普通」になってるかも知れない。

 アメリカでうならディック・B・チェイニー大統領の時代、つまり当時の先進国・準先進国の多くで国家機能が麻痺し始めた頃、国がマトモになるまでの繋ぎのつもりで、ある人たちは「正義の味方」を始め、別の人たちは社会保障や行政サービスの代りになる企業・NGOを作り、それらが着々と成果を上げる一方、国家機能の方はどんどんマトモでなくなっていき、挙句の果てに、この日本では中央政府そのものが消失してしまった。他の国も、そこまで酷いのは少ないにせよ、喩えるなら、完全に死体になってるか、手足を2〜3本失なうだけで済んで、まだかろうじて生きてるかぐらいの違いでしかない。

 その結果、ボクたちの世代は、二〇世紀には当り前だった様々なモノ……例えば「国がマトモに機能している状態」や「国がマトモな状況の方が、今みたいな国が滅んでも世界は何となく続いてる状態に比べて、一体全体、当のボクらに何のメリットが有るのか?」を知識としては知っていても、実感としてはイマイチ理解出来なくなってしまった。

 それと同じで、今の子供たちが大人になる頃には、他ならぬボクたちがやっている事のせいで、ボクたちにとっての「当り前」が「当り前」ではなくなっているだろう。

 そして、二〇〇一年九月十一日、全世界が「この世界には普通では無い『異能力』を持つ者が存在し、しかも、その『異能力者』たちの人口は、かなりの数に上る」「我々が住んでいる、この世界は3つの世界『神々の戦いが続く神話の世界』『魔法使いや天使や悪魔や妖精が跳梁する中世』『科学と人間中心主義ヒューマニズムの時代である近代』の複合体だ」と云う事を知ってしまったあの日から続く「変化と混乱の時代」が終らなければ、更にその次の世代は、また別の「常識」を持つようになるだろう。

 いや、既に、正義の味方ヒーロー悪モンヴィラン・一般人の垣根は曖昧になりつつ有り、一〇年後には正義の味方ヒーローコミュニティの在り方も今とは全然違うものになっているだろう。かつて、ボクの恋人が、彼女の伯父が作った正義の味方ヒーローネットワークの在り方を変えてしまったように。

『ついでに、2人ほど治療が必要なのが居て、その内、最低1名は改造人間だと伝えといて。キミが大火傷を負わせたヤツが居るだろ。ボクが倒した鎧のヤツも、手当をすれば助かるけど、ほっとけば死ぬ。あとさ、「魔法使い」は本人には大した能力ちからはなくて、ナイフの方が変な力を持ってるっぽいから、保管の手続をしといて』

 ボクは「ファットマン」に後始末に関する細かい情報を伝える。

『了解。千葉の房総の例のお寺に保管を依頼しとく』

「ホント、嫌な臭いだな……」

 「ハヌマン・エボニー」が、改造人間の丸焼きの方を見ながらった。幸か不幸か、鎧の防毒機能のせいで、どんだけ酷い臭いがしてるか、ボクには判らない。

「でも、肉が焼けた匂いだろ」

「それこそが苦手なんだよ。ベジタリアンから足を洗った訳じゃないんで」

「とりあえず、ラプ太、こっち来て〜、そして、これ始末しといて」

 ボクは「ハヌマン・エボニー」が変身を解いた時に抜けて地面に落ちたモフモフを指差す。

「ふんぎゃっ♥」

 てくてくと歩いて来たラプ太の口の中から、バーナーの火が出る。

「駄目。この毛、結構燃えにくいから、掃除機モードで吸引」

「ふんぎゃぁ〜〜……」

「好き嫌いは駄目。さっさとやる」

「ふんぎゃぁ〜〜……」

「まぁ、さっさと片付けて、雨が降り出す前に帰ろうよ」

 ハヌマン・エボニーが疲れたような声で、そうった。

「何?もしかして、これから彼女と……」

「いや、優しいお兄様から『あいつが大人になる前にやったら、オマエのチ○コを切り落す。大人になった後でも、結婚前にゴム付けずにやったら、やっぱりオマエのチ○コを切り落す』と言われてるんで、お兄様公認でやれるのは、もう少し先だよ……」

「へぇ、あいつ、男のチ○コを切り落すなんて猟奇的な趣味が……」

『あ〜、もしもし、こちら「優しいお兄様」。馬鹿話をするなら無線をOFFにしろと何度言えば……あと、トラ公、もし、お前が本当に俺の義理の弟になったとしても、俺の事は「お兄様」なんて呼ぶんじゃねぇ‼』

「了解。緊急以外の無線通話OFF」

 そうって「ハヌマン・エボニー」は通信を一旦切る。

「緊急以外の無線通話OFF」

 続いてボクも切る。

「ところで、アイツ、彼女出来てから随分経つのに、いつになったらシスコンから卒業するの?」

「知らないよ。ボクに聞かれても困るよ。本人に直接聞いてよ。ただし、喧嘩にならなくて、ボクにとばっちりが無いような状況で」

「ホントにアレと義理の兄弟になるの?」

「アレさえ無ければ良いヤツだって、キミも知ってるよね?あとさ……前から聞こうと思ってたけど、結局、キミはいつも、ボクと彼のどっちをおちょくってるつもりなの?」

「両方……ところでさ……」

「あのさ、前に、『ところで、日本語の兄弟には別の意味が有って……』って下品なだけで面白くない冗談を口走ったらセクハラと見做す、って言った事、忘れてないよね?」

「……えっと……」

「やれやれ……」

「……まぁ、今後は気を付けるよ『兄弟』」

「それもやめてくれ。頭では冗談だと判ってるけど、どう云う訳か、一抹の不安が拭い去れない」

 かくして、ボクの「よくある一日」は終った。

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