青き戦士と赤き稲妻

@HasumiChouji

序章

「あ〜、もしもし、こっちの世界に到着しました〜」

 開いた穴から現れた者は、脳天気な口調でそう言った。声からすると若い女性のようだ。どうやら、向こうの世界に居る誰かに無線通話で状況を連絡しているらしい。

 年齢・性別を推定でしか言えないのは、私が着装しているものとは似て非なる「鎧」を着装していたからだ。

 私の真紅の「鎧」と対になるような鮮やかな青い「鎧」。そう言えば、こちらの世界の十三体─正確には、既に、その内の三体が失なわれてしまっているが─の「鎧」の中には、何故か「青」のものは無かった。

 どうやら、金属装甲の表面が薄いガラス状の物質でコーティングされおり、青い色は、そのガラス状の物質の色のようだ。

 材質そのものが違うので一概に言えないのは当然だが、その装甲も、私からすると民生用の強化服でも有り得そうな程度の厚みにしか思えず、その「鎧」が「兵器」である事を示唆するのは、手首・肘・膝などに有る格闘用と思われる棘だけだ。

 その鎧に似たものを、どこかで見た覚えが有……いや、あれは異常事態の最中に見た幻の筈だ。

 こちらの「鎧」の頭部が、威嚇効果も考慮して、あえて髑髏の意匠を取り入れているのに対して、あちらの「鎧」の頭部は、飾り気の無いのっぺりとした外見だ。

 細部もこちらの「鎧」の方が装飾性が高く、あちらの「鎧」は、胸のシンボルマークを除いては、極限まで無駄な装飾を排している。無骨さは感じさせるが、兵器の無骨さではなく、民生用の作業機械めいた無骨さに思える。おそらくだが、あちらの「鎧」の方が、着装の手間も少なく、整備や修理は楽だろう。

 私の「鎧」の胸に、私が所属する禁軍のシンボルである「2つの稲妻」が描かれているのに対し、その青い「鎧」の胸には銀色の星の意匠が有った。

 まるで、九〇年以上前に滅んだ国の、あの忌しいプロパガンダ漫画の主人公を連想させる「鎧」。ご丁寧に、青い「鎧」の人物と共に出現した支援用 兼 物資運搬用らしき2体の恐竜型のロボットの片方には、あのプロパガンダ漫画に出て来た物を思わせる「盾」まで積んである。

「じゃあ、『らぷた』、大気成分の分析と放射線レベルの測定、お願い」

「ふんぎゃっ♥」

 青い「鎧」の人物がそう言うと、その従者らしい2つの恐竜型のロボットの内の片方が、恐しげな外見に似合わぬ、これまた脳天気で妙に可愛げな声で返事(?)をする。

「ところで、映像は受信出来てる?ここ、どこかに似てない?なんか、見覚え有るんだけど」

 一応しゃべれるとは言え、私にとって日本語はあくまで「外国語」なので断言は出来ないが、少なくとも彼女の使う言葉は日本語で、そして、私よりも流暢なようだ。

 では、彼女は日本人なのか?あちらの世界では真の「人類」ではない「擬似人類」であっても「鎧」を着装する者が居るのか?

 いや、それでも辻褄が合わない点が有る。彼女が日本人だとするなら、何故、アメリカを連想させる意匠の「鎧」を着装しているのだ?

 まさか、忌しい事だが、彼女が来た世界では、九〇年以上前の戦争でアメリカが勝利し、日本はアメリカに併合……いや、それでもおかしい。なら、何故、彼女は日本語を使っている?こちらの世界の日本では、日本語は日常会話では使用されているが、公用語は「世界共通語」になっている。そして、少なくとも「世界政府」が統治している地域内では、電脳上の文字情報としてインド・ヨーロッパ語族に属さない言語を扱う方法が無い以上、日本語は1〜2世代後には消えてしまうだろう。

 向こうの世界で日本がアメリカに併合され、かつ、彼女が向こうの世界の軍隊組織の一員なら、日本語を使う筈が無い。むしろ、こちらと同じく、日本語は「消えゆく言語」になっている可能性が高い。

 他にも様々な可能性が頭を過ったが、どの説明でも矛盾が生じる。どうやら、向こうの世界は、私の想像を超えた奇妙奇天烈な歴史を辿ったようだ。

「事務官……じゃなかった、チャユ……あなた、一体、どんな世界から何者を呼び出したんですか?」

 今は敵同士になった筈の元仲間にそう質問した。

「いや、私も向こうの世界に助けを求めただけで……」

「『らぷたん』と『たるぼう』は待機。『らぷた』は付いて来て。あと、『らぷた』『らぷたん』『たるぼう』も向こうに映像と音声を送って」

「ふんぎゃっ♥」

「ふんぎゃっ♥」

「ふみゅ〜♥」

 青い「鎧」の人物が、そう言うと、恐竜型のロボットのみならず、彼女(?)が乗っていたモーターサイクルも返事(?)をした。

「乗り物にも、擬似知性電脳が搭載されてるの?」

「さ……さぁ?」

「ぎじちせいでんのう?ボク達の世界で言う人工知能のこと?まぁ、どっちみち、その子たちをったり壊そうとしたら、抵抗するからね」

「人工知能?そっちでは、擬似が付かない知能を人工的に作れるの?」

「ま、知能と言っても、大臣は勤まるけど野党の議員は無理な程度だけどね」

「へっ?」

「つまり、知能は有るけど知性は無い。会話機能が有る場合でも、聞かれた質問には答えられるけど、自分から相手に聞くべき疑問や質問を思い付く事は出来ない。論理的にモノを考えてるフリをするのは得意だけど、本当に論理的にモノを考えてる訳じゃない。その場しのぎの言い訳は出来るけど、1週間前に自分で言った事とのツジツマを合わせるのは無理。相手が言ってる事の論理が無茶苦茶でも、どこがおかしいか指摘出来ない」

 そう言うと、青い「鎧」の人物は「どたどた」と妙に脳天気な足音を立てながら、そして、恐竜型のロボットは滑稽な感じで尻尾を振りながら、川に背を向けて走り出した。

 青い「鎧」の背面には、余剰熱の排出口らしき円形の部品が縦横各2つづつ、計4つ並び、その周囲を円形に囲む金属球が6つ有った。いや、ちょっと待って……あれが私達の「鎧」の動力源である「カーネル」と同じモノだとすると……6つ?私の鎧の倍?

 それに、足音はするが、「鎧」の機関部の駆動音は小さく、しかも、単純に音が小さいだけでなく、こちらの「鎧」の駆動音とは何か異質だ。そして、向こうの「鎧」の動きは、何と言うか……「鎧」を含めた強化服を着装した者の動きではない。生身の人間のような滑らかな動きだ。逆の見方をすれば、向こうの「鎧」に比べると、私達の「鎧」の動きは、はるかにぎこちない。

 ひょっとしたら、あの「鎧」は、こちらの「鎧」の向こうの世界版なんて単純なモノじゃないかも知れない。動力源こそ同じだが、設計思想は全く異なる可能性も有る。良く見れば、間接部にモーターらしきものが見当たらないので、「鎧」を動かす仕組みそのものが根本的に違うのかも知れない。

「ちょっと待ちなさい‼」

 追い掛けながら、そう叫ぶ私。

「そっちも、ちょっと待って。ボクも、こっちの状況が全然判んないから」

「だから、ちょっとこっちの話も聞いて。貴方をこっちに呼んだのは……」

 青い「鎧」の人物は、呼び出した筈のチャユの言葉さえ無視し、神社に向って行った。

「え〜っ?まさか、そんな、ここって……」

 青い「鎧」の人物は驚きの声を上げた。

「ここ久留米だよ‼そして、ここに有る神社は水天宮。で、さっきの川は筑後川。堤防とか橋とかの様子が全然違うんで、すぐに判んなかった」

「あのぅ……私達の……いや私の説明を聞いてれば、ここがどこかなんて事は、すぐに判ったのでは?」

 チャユがボソっとそう言った。

「ああ……それもそうだね。ちょっと待って、こっちの事情を聞く前に、あっちの仲間と話したい事が有るんで。もしもし、分析データは受信出来てるよね?うん、あの2人がこっちに来ても、短時間なら大丈夫だと思う。……あぁ、そう、ハヌマン・シルバーとハヌマン・エボニーの事だよ。じゃ、大気は呼吸可能みたいなんで、マスク取るね。でも……うん、そう、ボクも、その点が、ちょっと気になってた……」

 ガシュッと言う音と共に、その人物はヘルメットを外した。続いて、ヘルメットの下に付けていたゴーグル状の装置と、鼻と口元を覆っていた防毒マスクらしき器具をずらし、顔をあらわにした。

「えっ?白人?」

「まぁ、一応」

 「鎧」を着装していたのは、私にどことなく似た若い白人女性だった。

 目は私と同じ、青みを帯びた灰色。髪の色は、私達が「鎧」を着装する時に付けるものに似た「帽子」を付けているので不明だが、眉毛と同じだとしたら、やはり私と同じ銀色だろう。

 身長は、おそらく一七〇㎝台前半。女性としては高めだが、顔立ちは、どことなくあどけない。

 もし、向こうが本当に「この世界」と似て非なる「平行世界」なのだとしたら、彼女は、向こうの世界版の私なのだろうか?

「うげっ……やっぱり、空気悪い。関東に居た頃みたいだよ……。こっちじゃEVは普及してないの?」

「EV?」

「電気自動車」

「いや、自動車って、えっと…日本語で何って言うんだっけ…そうだ、普通は内燃機関で動くモノじゃないの?」

「あ〜、聞こえましたぁ?こっちの科学技術レベルだけどさ、断言は出来ないけど、ハード・ソフト両方とも、ボク達の世界の方が多少は上みたい」

 どうやら、「敵」かも知れない相手に余計な情報を与えてしまったようだ。

「ふんぎゃっ‼ふんぎゃっ‼ふんぎゃっ‼」

 その時、恐竜型のロボットが、慌てたような声を上げた。

「どうしたの?まさか、通信リンクが切れた?えええええ⁉あっちとの出入口閉じちゃったの?」

 彼女は困ったような顔をした。

「何とかして、大学の休みが終るまでに向こうに戻んなきゃ……論文も予定より遅れてるし……」

「論文?」

「大学?」

 私とチャユは同時に聞いた。

「うん、ボク、本業は大学院生。飛び級で工学修士号持ってて、うまく行ったら、あと1年ぐらいで博士号も取れる」

 そして、彼女は恐竜型のロボットを指差した。

「この子たちの制御AIの原形もボクが作った……と言っても大学入る前の事だけど。ちなみにハードの原形を作ったのはボクの恋人」

 AI?一体、何を意味しているのだろう?ハードと云う言葉は、さっきも出て来たが、これも意味不明だ。ソフトと云う呼び名の別の何かと対になっているようだが……。

 少なくとも、このロボットは、彼女が、昔、その一部を作ったものを発展させたものらしい。

「恋人って、どう云う男性なの?」

 こんな事に何を聞いているのか?と自分でも思うが、頭が混乱して何を聞いて良いか判らない。

「ボクの恋人、女の子だよ」

「あの……まさか、ひょっとして……」

「聞きたい事は何となく判った。キミの質問がボクの予想通りなら、その答は『ボクも女の子』だ。念の為に言っておくと、生物学的にも、性自認も」

 その「せいじにん」と云う日本語が何を意味するか判らないが、どうやら、あちらは、こちらの価値観からすると退廃的・反道徳的と云う言葉さえ生易しい事が普通らしい。

 とりあえず、何度か深呼吸をして、気を落ち着ける。

「ちょっと待って、話を元に戻すけど、貴方、軍人なんかじゃなくて……」

「いやぁ、ボクたちの世界の政府や軍や警察は、色々と問題が有ってね。それも、ほぼ全ての国で。特に日本は、ボクが3つか4つの頃に富士山が大噴火したせいで中央政府が無くなっちゃってさ……ボクたちみたいなのが、匿名の慈善活動をやってるおかげで、何とか社会が維持出来てる」

「何の慈善活動なの?」

「そりゃ決ってる、って言いたいとこだけど、こっちには、こんな言葉有る?」

「何?」

「英語だと『Hero』。日本語だと『正義の味方』」

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